EP13 天空の玉座
重厚な黄金の扉がゆっくりと左右へ滑り、一行の視界を眩い光が満たした。 だが――扉を完全に潜り抜けた瞬間、全身の皮膚を刺したのは、不気味なほどの「無音」だった。
戦いの激しい響きはもちろん、風の鳴る音も、ここまで塔のあちこちで絶え間なく響いていた魔導機関の重低音すらも、綺麗に削ぎ落とされている。空気の振動そのものが殺されたかのような空間。
「……静かすぎる」
ユウナが短銃剣を胸元に引き寄せ、息をのむように呟いた。声が反響すら体現せず、空間にそのまま吸い込まれて消えていく。
「嫌な予感しか提示しねぇ場所だな……」
ドラゴが焼けた右腕をかばうように肩をすくめ、警戒露わに周囲を見回す。
「これ……塔の演算が、止まってる……?」
アラがフードの奥から目を丸くし、細い指先をかざした。いつもなら空間のいたるところに視認できる魔力の脈動や波長が、ここでは不気味なほど完璧に整列し、静止していた。
広大な空間の全貌が、四人の目の前に広がる。 そこは、これまでの「建築」という概念を遥かに逸脱した領域だった。
足元に広がるのは、透明な水晶板の内部を何億もの幾何学模様と青白い光の回線が駆け巡る、巨大な底なしの床。空間の壁面を成すのは、幾千もの青い光のノードを点滅させる無数の巨柱――まるで巨大な記憶素子の群れだ。 そして天空を見上げれば、そこには星空でも天井でもなく、天を埋め尽くすほどの魔法文字と数字、未知の演算式が、滔々と流れる光の河となって循環していた。
「これ……部屋じゃないわ」
アラの声が微かに震える。
「空間そのものが……塔全体の演算核(CPU)……!」
世界の理そのものを書き換えるための、狂気の心臓部。 そのあまりに巨大な「知」の構造物に圧倒され、ユウナたちが息を凝らした、その時だった。
不意に、空間の中央――光の回路が集中する無の空間が、波紋を描くように歪んだ。
敵意も、威圧感すらない。 ただ、冷徹で静かな光の粒子が集い、一筋の影を形成していく。
そこに浮かび上がったのは、白銀と黄金の装甲を纏い、太陽のごとき神秘を放つ人型機体――ホスト『光の城主・ソラリス』だった。
だが、現れた怪物は一行を即座に排除しようとはしなかった。仮面のような冷酷な単眼が、ゆっくりと四人を順に撫でていく。空間全体に直接響くような、透明で無機質な音声が静寂を破った。
『――個体識別、開始』
『監査員、一名』
『帝国軍将校、一名』
『旧第七技術部少佐、一名』
『演算技師、一名』
光の回路が瞬き、不気味な走査線が四人の身体を巡る。
『……全対象、認証完了』
「な……なに……?」
身構えるユウナたちに対し、ホストは感情の欠片もない動作で、その単眼の焦点を「たった一人」へと絞り込んだ。
『――カイエン』
しんと静まり返った空間に、その名がはっきりと刻まれた。
一瞬、すべての空気が凍りつく。
「……っ!?」
ユウナは弾かれたようにカイエンの横顔を見上げた。
「カイエン……? いま、この怪物は、あなたの名前を……知っているの……?」
カイエンは何も言わず、黒閃を秘めた魔剣の柄に手 lをかけたまま、ただ鋭い視線で正面のホストを見据え続けていた。
その沈黙を破るように、ホストの無機質で静謐な声が、再び広大な演算空間へ朗々と響き渡る。
『監査官コード No.07』
『――生存ヲ、確認』
◇
静寂の中、ホストの無機質な単眼がカイエンを映し出し、光の交信音が微かに鳴った。
『監査官カイエン。1026日ぶりの管理者確認』
ホストは緩やかに両腕を胸の前で交差させ、恭しく頭を垂れた。敵意ではなく、まるで任務を完了させた忠実な兵士のような動作だった。
『……報告します。私は命令通り、この塔を守り続けました。一日も欠かさず。一人も通さず。命令を遂行しました』
透明な機械音声の中に、どこか歪んだ「期待」のような響きが混ざり込む。
『どうか……評価を』
その光景に、ユウナとドラゴは息を飲んだ。 帝国は「塔を守れ」という命令だけを残して去り、誰もこのホストを止めに来なかった。1026日もの間、たった一人で狂気に満ちた演算を繰り返し、誰もいない空洞を守り続けていたのだ。
だが、アラだけは全く別の熱量でその光景を見つめていた。
「これが……ホスト……」
アラの瞳が怪しいほど爛々と輝き、華奢な身体が歓喜で震える。フードを払い落とし、空間を駆け巡る何億ものデータ・ストリームを見上げながら、叫ぶように声を漏らした。
「世界最大の、魔導演算装置……! すごい……美しい……! 先生……これが、貴方の見たかった景色なの……!?」
失われた師の背中、夢の到達点がここにある。アラはその圧倒的な構造美と知恵の集積に、恐怖すら忘れて酔い痴れていた。
『……質問。なぜ、私の評価が提示されないのですか』
ホストの単眼が明滅し、静かにカイエンへと歩を進める。
『なぜ、私を停止しようとするのですか。私は命じられた役割を完璧に果たしています』
カイエンは静かに魔剣を引き抜いた。黒い鞘から解き放たれた刃が、重厚な冷気を放つ。 カイエンの瞳には、かつて己が関わった「組織」の無責任な遺産に対する、暗い哀傷と冷徹な決意が宿っていた。
「……守る対象が、すでに滅んだからだ」
カイエンの一言が、空間に重く落とされた。
「貴様が守っていた帝国も、命じた者たちも、もうどこにも存在しない。……貴様の忠義は、とうに意味を失っている」
一瞬の静寂。 ホストの内部で、数千億の演算が衝突し、不協和音のような電子高音が鳴り響いた。
『理解、不能』
ホストの声から、わずかに残っていた人間的な恭しさが消え去る。
『守る対象の消失……非論理的。定義されていません』
『管理者は……既に存在しない』
ホストの全身の装甲が展開し、内部から青白い光が溢れ出す。
『――ならば』
幾何学模様の走査線が真っ赤に染まり、やがて全域を覆う絶対的な無の「白」へと塗り替えられていく。
『私が、管理者となる』
ズズズズズズ……ッ!!
広大なCPU空間全体が地鳴りを上げた。 壁面を埋め尽くしていた巨柱が一斉に起動し、赤から目も眩むような白金の光へと変色していく。床の水晶回路に無制限の魔力が充填され、天井の演算式が狂ったように高速回転を始めた。
祭壇全体が巨大な熱源と化し、重力を歪め、黄金の光の奔流が四人を呑み込むように吹き荒れる。
「来るぞ……ッ!」
ドラゴが叫び、巨大レンチを構え直して全員の前に立ちふさがる。
「……解体する。それが、お前への最後の評価だ」
カイエンは魔眼を全開にし、圧倒的な光の圧力を放つ『光の城主・ソラリス』へ向けて魔剣をかざした。
世界の理を巡る、最後の演算(戦い)が幕を開ける。
本日も『灰の監視員』をお読みいただき、ありがとうございます!
塔の最上階で待っていたのは、カイエンの因縁そのものと言える存在『ホスト:ソラリス』でした。彼を巡る組織の過去、そしてカイエンが背負ってきた罪と矜持。すべての伏線が、この最後の演算(戦い)に収束していきます。
塔という閉鎖空間で生まれた神にも等しい存在に、四人はどう立ち向かうのか。
ここから先は、一瞬の隙も許されないクライマックスの連続です。
物語はいよいよ佳境に入ります。ここまで彼らの旅を見守ってくださった皆様、ぜひこの結末を最後まで見届けていただければ幸いです。
ブックマークや評価での応援が、この最終決戦を書き切るための最強の魔力になります!
次回、最後の決戦の幕が開きます。お見逃しなく!
ストックが溜まってますので、一挙放出します!




