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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
天の柱編

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EP12 閑話休題:休息と傷跡

最上階へと続く黄金の巨大扉が開かれ、眩い光の回廊が広がっていた。だが、一行はすぐには踏み込まず、扉の手前に残された安全区画の広場で束の間の休息を取ることにした。 死線をくぐり抜けた代償は大きく、全身の疲労と負傷は限界に達していた。


「あー……腹減った。死にそうだぜ」


胸から右腕にかけて痛々しい火傷を負ったドラゴが、壁に背を預けて大の字になりながら、下品に口を開けて呟いた。 アラが差し出す青い気化薬を傷口に吹き付けられ、皮膚が『ジジッ』と音を立てるたびに巨躯を歪ませている。


「重傷を負って最初に言う言葉がそれなわけ!?」


ユウナがあきれ果てた声を上げ、保存食の干し肉と水筒をそれぞれの前に配っていく。


「ふん……その桁外れの生命力だけは羨ましいわね。普通ならショック死してる部位よ」


アラは淡々と医療用魔導具のノズルを動かしながら、呆れたようにため息をついた。 少し離れた場所で、カイエンは一人静かに座り込み、魔剣の刃を布で拭い、ユウナの短銃剣の機構を点検していた。


「……騒ぐな。最上階の気流に集中が乱れる」


「へいへい、相変わらず冷たいねぇ監査員様は」


ドラゴはユウナから受け取った水を一気に飲み干すと、ふっと遠い目をして天井を見上げた。


「……なぁ、ユウナちゃん。お前、俺が『鉄の処刑場』って呼ばれてた理由、聞いたことあったな?」


「……ええ。帝国軍の実験兵器を何百体も造って、たくさんの人を犠牲にした……って」


「ハッ、おおむね事実だ」


ドラゴは自嘲気味に鼻を鳴らした。


「昔……まだ俺が本気で帝国の未来を信じてた頃、ある領地に出向した。そこには『カズ』っていう優秀な領主と、『マヤ』っていう天才的なメカニックがいた。領主は領地に『空の柱』を建て、領民のために産業を興そうとしてたんだ。俺もその熱意に心打たれて、技術協力をしてたのさ」


ドラゴの目が、かつての惨劇を思い出すように暗く沈む。


「だが……いつからか、奴らは狂い始めた。領主は『人間を超越した人ならざる存在』になることに取り憑かれ、マヤの技術を使って、空の柱で領民たちを片っ端から人体実験の材料にし始めたんだ。肉体と機械を融合させる、悪夢みたいな禁忌の研究にな……。俺はその異常さに気づくのが遅すぎた。気づいた時には……俺が整備した機械や設計した回路で、無数の領民や俺の部下たちが非道な実験の犠牲になってた」


ユウナは息をのんだ。


「俺は激怒してそこを飛び出し、帝国軍の異端児として逃げ回るハメになった。……だが、どれだけ逃げても過去は消えねぇ。『守れなかった』っていう後悔と、自分が兵器を作ったという罪悪感が、ずっとこの胸にこびりついて離れねぇんだ」


ドラゴは焼けた自分の手を見つめ、力なく苦笑した。


「だからさ……さっきはお前が前に出ようとした時、頭で考えるより先に体が勝手に動いてたんだよ。二度と、自分の目の前で若い奴が犠牲になるのを見たくなかっただけさ」


「ドラゴ少佐……」


ユウナは胸を締め付けられる思いで、ドラゴの焦げた右腕を見つめた。 ただの豪快で大雑把な男だと思っていたドラゴの背中に、カイエンとはまた異なる重い「贖罪」の影が刻まれていることを、二人は知るのだった。


◇


「……バカね」


ドラゴの傷口に包帯を巻き終えたアラが、ぽつりと冷たい声を漏らした。 彼女はフードを深く被り直し、膝を抱え込むようにして小さくなった。


「過去に縛られて自分を投げ出すなんて、計算として一番愚かよ」


「ハッ、違和感のない正論をどうもね、お嬢ちゃん」


ドラゴが軽口で返すが、ユウナはアラの寂しげな側顔を見逃さなかった。


「……アラは、自分のことを『翼を奪われた鳥』って言っていたわね。魔導工学の学位を捨ててまでこの塔に執着するのには、何か理由があるの?」


アラはしばらく無言を保っていたが、ゆっくりと視線を落とし、空間に描いた小さな魔法陣の光を指先で弄んだ。


「……昔、私にも『翼』があったの」


「翼……?」


「そう。研究者として、世界の仕組みを書き換え、より良い未来を作るという『夢』のことよ」


アラの声音には、いつもの冷淡さの裏に深い哀愁が混ざり込んでいた。


「私の幼少期、ある素晴らしいメカニックがいたの。『魔術は人を救うためにある。科学は人を便利にするためにある。なら、両方を合わせれば世界はもっと良くなる』……彼は本気でそう信じて、情熱のすべてを注ぎ込んでいたわ。私はその言葉に救われ、憧れ、彼の背中を追って魔導工学の道に進んだ」


カイエンの手が、魔剣を研ぐ音をふと止めた。


「けれど……『空の柱』の実験施設で、巨大な事故が起きた。空間の歪みが暴走し、研究所は一夜にして崩壊したわ。彼の研究はすべて危険思想として抹消され、事故の真相は帝国軍によって完全に隠蔽された。そして……彼は消息を絶った」


アラの手の中で、幾何学模様の魔法陣がパリンと儚く弾け飛ぶ。


「帝国は事故の成果だけを奪い取り、彼の存在も、私たちが信じた『魔術と科学の理想』も、すべてを闇に葬り去ったのよ。あの日……私の翼は折れた。世界を良くするための夢なんて、最初から存在しなかったの」


「アラ……」


「学位なんて、ただの血塗られた紙切れよ」


アラは自虐的に小さく笑った。


「だから私は誓ったの。もう自分の力で空を飛ぼうなんて思わない。飛べないなら……この狂った世界の『システム』そのものをハックして、書き換えて飛んでやるってね。この最上階にいる『管理者』の元へ行けば、彼の残した研究の真実と、世界の歪みの答えがあるはず……。私はそれを確かめに来たのよ」


静寂が広場を包み込む。 ドラゴの贖罪、アラの失われた夢。重い過去を明かした二人の呼吸だけが、静かに響いていた。


ユウナは膝の上で拳を強く握りしめると、一人離れた場所で魔剣の柄に触れているカイエンへと視線を向けた。


「……カイエン」


ユウナの声に、カイエンは視線すら上げない。 だがユウナは引き下がらず、彼の横顔をまっすぐに見つめたまま、一歩踏み込んで問いかけた。


「……あなたも、誰かを守れなかったの?」


その言葉が空気に触れた瞬間、場の空気が凍りついた。


カイエンは何も答えなかった。 口を固く結び、影を落とした瞳は何も語らない。


だが――ほんの一瞬だけ。 彼の眉根が僅かに寄り、冷徹を装っていた瞳の奥が、胸を刺すような痛みに激しく揺れたのを、ユウナは見逃さなかった。


(……やっぱり、この人も……)


問いただすことはしなかった。それ以上踏み込むべきではないと、ユウナは静かに口をつぐんだ。 言葉はなくとも、カイエンの背負う闇の深さが、伝わってきたからだった。


ズズズ……ッ!!


その時、安全区画の最奥に佇む巨大な扉が、重厚な地鳴りを立てて蠢き始めた。 解錠されたシステムが作動し、古代の防壁がゆっくりと左右へ滑り出していく。扉の隙間から、眩いほどの青白い光と、空間そのものを震わせる高密度の魔力が溢れ出してきた。


「……動き出したか」


ドラゴが痛む身体を押して立ち上がり、肩に巨大レンチを担ぎ直した。 アラもまたフードを深く被り直し、指先に幾何学模様の魔法陣を輝かせる。


ユウナは短銃剣の残弾を確認し、凛とした表情で正面を見据えた。


カイエンは静かに立ち上がると、黒閃を纏う魔剣を引き抜き、光溢れる扉の先へと視線を向けた。


「行くぞ」


短く発せられた一言。 それぞれの過去と傷を抱えた四人は、互いの背中を感じ合いながら、世界の命運が待つ「最上階」へと一歩を踏み出した。

本日もお読みいただきありがとうございます。


激戦の後の、少し穏やかな時間をお届けしました。四人の距離感が少しずつ変わっていく様子を、楽しんでいただけていれば幸いです。


次回からは、いよいよ塔の最上階へ至る最終局面へ突入します。

閑話で英気を養った彼らが、最後の大仕事にどう挑むのか……。ぜひお見逃しなく!ストックが溜まってるので一挙放出します!


この物語を応援してくださる皆様のブックマークや評価が、何よりの活力です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

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