EP135 鉄と肉体の対話
「よしっ! 2番シリンダーの圧着完了! 親方、これで文句ないでしょ!」
『ガレージ・クラフツ』の奥から、汗を拭いながらモエが戻ってきた。 スパナを腰の工具ベルトにカチャンと乱暴に放り込み、彼女は満足そうに息を吐く。
その視線の先で、カイエンは工房の一角に置かれた練習用のパワードスーツ――胸部装甲が剥がされ、シリンダーや油圧配線が剥き出しになった機体フレームを、食い入るように見つめていた。
赤く静かに光る魔眼が、微小な魔石の配列、高圧蒸気パイプのバイパス構造、そして関節部に仕込まれた可動軸の噛み合わせを「解析」していく。
「――ん? あんた、さっきからパワードスーツばかり見てるわね」
モエは作業用ゴーグルを額に押し上げ、エメラルドグリーンの瞳を丸くした。
「もしかして……パワードスーツに興味あるの!?」
「……あぁ、少しな」
カイエンは視線を巡らせたまま、静かに答えた。
「これほど重厚な鋼鉄の塊を、どうやって人の身で自分の手足のように動かしているのか……その構造に興味があっただけだ。帝国の魔導鎧とは、根本的な設計思想が違う」
「ふふん! 当たり前でしょ、帝国の装甲服なんてガチガチの魔力駆動じゃない。この国の機体は、魔石の出力と蒸気機関の馬力、それに人間の解剖学を融合させた『究極の機械』なのよ!」
モエは嬉しそうにニッと笑うと、カイエンの背中や肩口、立ち姿をじろじろと品定めするように見回した。
「ふーん……でもあんた、姿勢の軸が全然ブレないわね。筋肉のつき方も無駄がないし、体幹の締め方がタダモノじゃないわ。……もしかして、案外筋がいいかも!」
「何の話だ?」
「何って、乗ってみなきゃ分からないでしょ! ほら、そこにある練習用の標準型機体! ちょうどテスト稼働用に調整が終わったところなのよ」
モエは強引にカイエンの腕を引っ張ると、ドックに設置された搭乗用のステップへと彼を案内した。
「いや、俺は別に操縦したいわけでは――」
「いいからいいから! レース観戦するにしても、一度操縦席の感覚を知っておいた方が百倍楽しめるんだからっ!」
押しの強いモエの熱意に押され、カイエンは苦笑しながら金属のステップを上った。
◇
「よし、背中のハッチを閉めるわよ。息を止めて――」
プシューッ!!
重厚な排気音とともにハッチが閉じ、カイエンの視界は一時的に暗転した。 直後、目の前のバイザーに魔導投影の簡易情報が青く浮かび上がる。
ズシン、と身体を包み込むのは、総重量数百キロを超える鋼鉄と油の圧迫感だ。手足のサポーターを通じ、関節部に仕込まれたアクチュエーターの振動が全身に伝わってくる。
(なるほど……魔力を流し込むことで、油圧バルブが開閉し、関節のアクチュエーターが筋肉の代わりに伸縮する仕組みか……)
魔眼の解析により、システムの概念自体は瞬時に理解できた。 要するに、自分の身体を巨大化させ、その出力を増幅する補助具に過ぎない。
「声、聞こえてるー? カイエン!」
機体外部のスピーカーから、モエの明るい声が響く。
「まずは一歩、前に踏み出してみて! 怖がらなくていいからね!」
「……了解した」
カイエンは精神を研ぎ澄ませた。 剣術の基本は足さばきだ。体幹を締め、床を蹴り、滑らかに前足へ重心を移動させる――カイエンにとって、歩行など呼吸と同じほど無意識に制御できる動作のはずだった。
右脚を持ち上げ、一歩を踏み出そうとする。
(――ッ!?)
その瞬間、カイエンの予想を遥かに超える現象が起きた。
脚をわずかに持ち上げた瞬間、可変バルブが一気に開放され、背部と膝裏の蒸気シリンダーが跳ね上がるような過剰な推進力を生み出したのだ。
「ぐっ――!?」
己の筋力と、機械の爆発的な出力のタイミングが微妙にズレる。 カイエンはとっさに体幹を絞って体勢を立て直そうとした。普段の素手や剣なら、どれほど姿勢が崩れても驚異的な筋力と柔軟性で復元できる。
しかし、ここはパワードスーツの中だ。 カイエンが強引に力を込めたことで、センサーが「追加の入力」と誤認。補正モーターが逆方向に過剰駆動を起こした。
ドカァァンッ!!!
「うわっ!?」
重厚な打撃音とともに、練習用機体は前傾姿勢のまま豪快にドックの床へ倒れ込んだ。 激しい金属音と排気音が響き渡り、大量の白煙が吐き出される。
「痛っ……」
鉄の装甲越しに伝わる鈍い衝撃。 力で制御しようとすればするほど、機械は暴走し、己の動作と噛み合わなくなる。かつて数々の死闘をくぐり抜けてきた元・最高監査員が、ただの「一歩」で無残に転ぶことになるとは。
「あはははははっ! 最高! 期待通りのすっごいコケ方!」
ハッチが外部から開けられ、煙の中から腹を抱えて大爆笑するモエの顔が現れた。
「ちょっ……あはは! あんた、剣とか体の使い方はすごそうなのに、パワードスーツに乗った途端、生まれたての小鹿みたいになってるじゃない!」
「……笑うな」
カイエンは顔をしかめ、装甲の肘をついて起き上がろうとした。だが、腕に力を入れた途端、今度は肩のアクチュエーターが跳ね上がり、ガシャンと再び態勢を崩す。
「はいはい、無理に動かないの! 出力をニュートラルに戻して!」
モエは笑い涙を指で拭いながら、機体の脇に設置された手動レバーを引いた。シュウウゥと蒸気が抜け、カイエンを締め付けていた機械の緊張が解ける。
モエは倒れた機体の前屈みになった装甲に腰掛け、上からカイエンの顔を覗き込んだ。
「ねえ、カイエン。あんた、自分の『筋力』と『反応速度』に頼りすぎてるでしょ」
「……どういう意味だ?」
「パワードスーツの操縦はね、筋力比べじゃないの」
モエはエメラルドグリーンの瞳を真剣な光にさせ、自分の華奢な胸を指さした。
「どんなに強い筋肉を持ってたって、鉄の塊を力任せにねじ伏せることはできない。操縦に必要なのは『重心』の預け方と――『機体との対話』よ」
「機体との対話……?」
「そう。この子は人間と違って、意志を持って勝手に動いたりはしない。でも、入力された命令(魔力と力加減)には絶対に嘘をつかないの。あんたが『倒れまい』として力むと、機体はその強烈な力みに反応して過剰に反発する。だからコケるの」
モエはカイエンの機械の手に自分の小さな素手を重ねた。
「自分の身体を拡張するんじゃない。機体という『別の身体』に自分の意識を溶け込ませるの。力を抜いて、シリンダーが動くワンテンポ遅いリズムに、自分の重心を『乗せてあげる』イメージ」
「……重心を、乗せる」
カイエンは目を閉じ、言葉の意味を噛みしめた。
剣術における「力み」の排除と同じだ。 剣を強く握りすぎれば刃は振れない。相手の力を受け流し、己の軸を保つように、機械の出力という「潮流」に逆らうのではなく、その流れに身を任せる。
「もう一度やってみる?」
「……あぁ。このまま倒れたようでは、格好がつかんからな」
「ふふ、負けず嫌いね! よし、再起動するわよ!」
ハッチが再び閉じられる。 暗闇の中、カイエンは魔眼の解析に頼るのを一度やめた。数値や構造の理解ではなく、肌に伝わる油の温もり、ピストンの振動、そして重心の微かな揺らぎに全神経を集中させる。
(力を抜く。機械の脈動を……聴く)
ゴォォ……という重低音とともに、アクチュエーターが駆動する。
カイエンは右足の力を極限まで抜いた。 機械が足を持ち上げる出力を感知し、その瞬間の慣性に自分の体重をそっと預ける。
スッ――。
金属の足が、滑らかに、静かに床を踏みしめた。
「――ほう」
「すごーい! 一回でコツを掴んだ!?」
ハッチの外から、モエの驚きと歓喜が混ざった声が聞こえる。
カイエンは続いて左足を繰り出した。 ガシャン、ガシャン。 まだぎこちなさは残るものの、先ほどのような暴走や転倒の気配はない。巨大な鉄の身体が、カイエンの微細な意識の揺らぎと同調し、確実な足取りで工房の床を進んでいく。
(これが……この国の「技術」か)
人の限界を超えるための道具でありながら、どこまでも人に寄り添う機械。 剣を振るうのとは異なるが、己の存在を拡張していくような不思議な感覚がカイエンの胸を満たしていった。
「やるじゃない、カイエン! あんた、やっぱり素質あるわよ!」
機体を停止させ、ハッチを開けると、モエが目を輝かせて拍手を送っていた。
「これなら……グランプリの最速の領域(領域)にも、追いつけるかもしれないわね」
油汚れのついた顔で満足そうに笑うモエを見つめながら、カイエンは静かに己の拳を握りしめた。 鋼鉄と蒸気の都で繰り広げられる狂騒のレース。 その渦中へと飛び込む準備が、今、着実に整いつつあった。
ロボのことは一切知らないですが、コード⚪︎アスをみてなんとなく程度です。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。
また次話でお会いしましょう!




