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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
工都ギアフォージ・レース編

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EP134 ピンクの整備士

スリの盗人をあっけなく縛り上げたピンクのパワードスーツの少女――モエは、吊るされた男を警備隊へと引き渡すと、カイエンに向かって「ついてきて!」と手招きした。


案内されたのは、メインストリートから少し外れた、巨大な煙突が立ち並ぶ工業区の一角にある大型整備工房『ガレージ・クラフツ』だった。


観音開きの重厚な鉄扉をくぐり抜けた瞬間、カイエンの視界に広がり、肌を刺したのは――圧倒的な熱気と、油と排気ガス、そして叩きつけられる金属の轟音だった。


「ほら、そこ! 3番ラインの油圧シリンダー、圧力が下がってるぞ! 締め直せ!」 「親方! クロムヴェル製の新型アクチュエーター、納入が遅れてます!」 「クソッ、グランプリ開幕まで時間がないんだ、ハンダ付け急げ!」


広いドーム状の天井の下、無数の蒸気パイプが縦横無尽に走り、白煙を吹き上げている。 そこら中で、頑丈な体躯をしたドワーフの職人たちが腕まくりをし、スパナや溶接バーナーを手に忙しく動き回っていた。


床やラックには、整備途中や大破した数々のパワードスーツがずらりと並べられている。 軍用の無骨な重装甲型から、流線型の民間用、果ては怪しげなカスタムパーツで固められた異形のものまで、この街の技術の粋が集結しているかのようだった。


「すっごいでしょ? ここが私のホームグラウンド、『ガレージ・クラフツ』よ!」


ヘルメットを脱ぎ、パワードスーツの着脱アームから滑り出た少女が、得意げに胸を張った。


鮮やかなピンクのショートボブに、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳。前髪を作業用のヘアピンで留めた彼女は、機体から降りると手際よく「仕事モード」へと着替えていく。


パワードスーツを脱いだ彼女の装いは、あまりにもサバサバしていた。 袖を腰のあたりで雑に結んだ作業用のつなぎに、白いタンクトップ。細い腰には工具がギッシリ詰まったレザーベルトを巻き、額には作業用のゴーグルを乗せている。手の甲には指ぬき手袋。 頬や白い肌には薄っすらと黒い機械油の汚れがついているが、本人は気にした風すらない。


「改めまして! 私はモエ。普段の昼間はここで働くイチ整備士で、休日はあのパワードスーツでコースを爆走する専業レーサーよ!」


「モエ、か。俺はカイエンだ」


「カイエンね。さっきは怪我なくてよかったわ。……って言っても、あんたの身ごなし見る限り、私が手を出さなくても余裕そうだったけどね」


モエはニヤッと笑うと、作業台の上に置いてあった甘そうなドーナツをかじり、淹れたてのコーヒーをコップからあおった。


「で? あんた、あのパワードスーツに見惚れてたでしょ。あれが私の相棒、《カーピー》よ!」


モエが指さしたのは、工房の奥、専用の調整用ドックに収められた一機の機体だった。


白とピンクを基調とし、関節部には頑丈な漆黒のチタンフレームが露出している。男性的な無骨さが目立つドワーフ製の機体群の中で、ひと際目立つ、細身で洗練された女性専用のフレームだ。


「……あれは、ずいぶんと装甲が薄いな。事故を起こせば一たまりもないぞ」


事象を解析するカイエンの魔眼が見抜いた通り、その機体には防護用の厚い装甲プレートがほとんど存在しなかった。


モエはドーナツをモグモグと噛み砕くと、エメラルドグリーンの瞳をギラリと輝かせた。


「ふふん、分かってないわね! 《カーピー》のコンセプトは『超軽量・超加速・最高速度特化』! このグランプリは速いヤツが勝つレースなのよ。重い装甲なんて飾りに過ぎないわ。『当たらなければ壊れない』、それが私の設計思想!」


語り始めた瞬間、モエの雰囲気が一変した。 先ほどまでのサバサバした少女から、技術への狂熱を宿した「職人」の顔になる。


「普通の機体は出力と耐久性のバランスをとるでしょ? でも《カーピー》は発掘された古代アーティファクト『微空の結晶』をメインエンジンに直結させて、瞬間的な排気圧力を極限まで高めてるの! だから武装なんて一切なし! 緊急用のグラップリングワイヤーが一本ついてるだけ。全部の重量を『速さ』だけに削ぎ落とした、最高の機体なんだから!」


モエは身乗り出しで、息もつかずにマシンガンたたきのように熱弁を振るう。


「あのね! この出力軸のボルト一つとっても普通のスチールじゃ耐えられないから、私が廃品置きジャンクから拾ってきた高密度クロム合金を削り出して――」


「おい、モエ!」


「ひやっ!?」


熱狂するモエの背後から、作業用ハンマーを担いだ巨大なドワーフの親方が雷のような声を張り上げた。


「また客捕まえてマニアックな機械談義してんのか! 自分の機体のオイル交換が終わってねぇぞ! 2番シリンダーの締め付けも甘ぇ!」


「あっ、嘘!? やだやだ! ちょっと待って、そのボルトの締め方じゃ高圧力に耐えきれずに途中で壊れるって言ったでしょーっ! 私がやるから触らないで!」


さっきまでの自信満々な態度はどこへやら、モエは「その締め方はダメーっ!」と叫びながら、工具箱を抱えてドックへと走っていく。


ドレスや社交界、メイクといった年相応のオシャレには目もくれず、「そんな時間があったら1秒でも多く整備したい」と言わんばかりに、油塗れの工具を握りしめる少女。


だが、その狂熱と妥協のない姿勢こそが、この過酷な工都で彼女を第一線のレーサー兼整備士たらしめているのだと、カイエンは悟った。


(『当たらなければ壊れない』、か……)


荒削りだが、極限まで研ぎ澄まされた彼女の機体カーピー。 そして、この工房に満ちる膨大な熱量。


カイエンは静かに腕を組み、ドワーフたちと怒号を飛ばし合いながら嬉々としてエンジン音に耳をすませるモエの背中を見つめた。 この少女と彼女の機体が、狂騒のグランプリを突破するための鍵になるかもしれない――そんな予感を抱きながら。

今回のヒロインですね、一緒に戦うというコンセプトですが、戦闘ではないというのが醍醐味です。


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