EP132 熱狂の工都
中央駅のホームを抜けたカイエンを出迎えたのは、鼓膜を揺らす金属の打撃音と、街全体を包み込む圧倒的な熱気だった。
工都のメインストリート――通称『スチーム・アベニュー』。 見上げるほど巨大な黒鉄のビル群の間には、幾重にも張り巡らされた横断幕や、魔石の光で彩られた動く巨大広告看板がひしめき合っていた。
『第50回 ギアフォージ・グランドグランプリ開幕まで、あと7日!』 『史上最高額! 優勝賞金 5,000万ゴールド!』 『協賛:クローバー重工業、クロムヴェル製鋼、ZTJ、他50社!』
壁という壁には、煌びやかな専用スーツを纏った「人気選手」たちのポスターが隙間なく貼られている。 熱狂しているのは大人たちだけではない。路地裏では、子供たちが精巧に作られたパワードスーツのミニチュア模型を手に持ち、「行けっ、俺の機体!」「負けるか、ダッシュパーツ稼働だ!」と声を上げてレースごっこに興じていた。
通り沿いに立ち並ぶパーツショップの店先には、流線型の魔導エンジンやチタン製の脚部フレーム、高出力のブースターパーツが所狭しと並べられ、技師と客が身乗り出しでチューニングについて議論を戦わせている。
あらゆる場所が、一つの「イベント」を中心に回っている。
(単なる娯楽にしては、街全体の熱量が異様だな……)
カイエンは群衆の喧騒をすり抜けながら、ふと息を吐いた。 帝国のような軍事的な統一感とも、エルフの聖域のような静謐さとも違う。ここは純粋な「技術」と「欲望」、そして「熱狂」が交錯する街だった。
◇
長旅の疲労と腹を満たすため、カイエンは路地裏で見つけた一軒の大衆食堂へと足を踏み入れた。
店内は、作業着姿のドワーフ技師や商人たちでごった返しており、油と焼肉の香ばしい匂いが充満していた。空いているカウンターの端に腰を下ろし、日替わりの肉料理とパンを注文する。
料理が運ばれてくる間も、周囲の客たちの怒号に近い話し声が嫌でも耳に入ってきた。
「おい聞いたか!? 今年の第3セクター、連続S字カーブに『水圧トラップ』が追加されたらしいぞ!」 「マジかよ! スピード特化の軽量型機体じゃ、一発で吹き飛ばされて終わりじゃねぇか!」 「だから言ったろ! 今年は重装甲の『鋼鉄の鬼神』ジャックが本命だって!」 「ハッ、甘いな! クラン・ガザルが投入する新型のアーティファクトエンジンなら、トラップごと力押しで突破できるさ!」
右を見ても左を見ても、誰もがレースの勝敗や機体のスペック、コースのトラップについて熱弁を振るっている。新聞を広げている男の紙面も、一面から裏表紙までグランプリの特集記事で埋め尽くされていた。
注文した肉料理が運ばれてくると、カイエンはフォークを手に取りつつ、皿を置いた頑丈な体格のドワーフ店主に声をかけた。
「……街中、どこもかしこもあのレースの話題ばかりだな。あれはそこまで大事なのか?」
店主は手ぬぐいで額の汗を拭うと、豪快にハハッと笑った。
「なんだいお兄さん、遠くから来た観光客かい? ギアフォージのグランプリを知らんとは珍しい」
店主はカウンターに肘をつき、得意げに胸を張ってみせた。
「いいか? この国じゃあな、発掘された『古代アーティファクト』を組み込んだパワードスーツで着順を競い合うレースってのが、最大の娯楽であり、同時に『一大産業』なんだよ」
「産業……?」
「そうだ。一回レースが開催されりゃ、何百億って金が動く。専業のプロ選手もいれば、そこに自社の最新技術を注ぎ込んで売り込む巨大企業もごまんといる。果てはレース専門の技術者を育てる国家級の育成学校まであるんだからな」
店主はチラリと壁のポスターを見上げ、ニヤリと笑った。
「トッププレイヤーになれば、一夜にして巨万の富と名声が手に入る。企業は技術力を証明して株価を爆上げできる。……要するに、国民総出で楽しむ『国公認の巨大ギャンブル兼、技術の見本市』ってわけさ」
「なるほど……」
カイエンは短く頷き、冷めたスープを口に含んだ。
パワードスーツとアーティファクトを組み合わせた極限のモータースポーツ。 だからこそ、この街では技術者が尊ばれ、パーツショップがひしめき、誰もがグランプリに夢を賭けているのだ。
(優勝賞品は――公認工房への無制限の立ち入り権、国家級ライセンス、そして『古代資料の閲覧権』)
エルフの女王から受け取った情報を脳内で整理する。 カイエンが求める魔剣の真実、そして身体の侵食を止める手がかりを得るには、この狂騒の頂点に立つ以外に道はない。
だが――。
(この華やかな熱狂の裏で、魔導機関の暴走やアーティファクトの盗難、さらには人の行方不明事件が多発している……)
事象を解析するカイエンの直感が、街のあちこちで微かに蠢く「歪み」を捉えていた。 盛り上がる熱気の影で、着実に侵食を進める帝国の影、あるいは世界のバグ。
「おい、お兄さん。メシが冷めちまうぞ」
店主に声をかけられ、カイエンは思考を打ち切った。
「……いや、美味いよ」
パンをちぎり、肉とともに口へ運ぶ。
開幕まであと7日。 世界の歪みを正すため、そして自らの宿命の答えを得るため。カイエンは静かに、鉄と煙が織りなす狂騒の渦へと足を踏み入れていくのだった。
このような、情報収集というのはワクワクしますよね!
次回、レース編が本格的に動き出します!お楽しみに
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