EP131話 鋼鉄と煙の都
ガタン、ゴトン――。
重厚な鉄の軋みと、規則的な振動が全身を揺らす。 エルフの聖域を後にして数日。カイエンは、ドワーフ王国へと続く国境沿いの山岳地帯を貫く寝台列車の一室にいた。
貸し切られた客室の窓の外には、鬱蒼とした深い森と荒々しい岩肌が交互に通り過ぎていく。 薄暗い室内に横たわり、浅い眠りに落ちていたカイエンの意識は、ふと冷たく無機質な「闇」へと引きずり込まれた。
――『……転移で……使徒を……』
頭響くのは、鈴の音のように澄んでいながら、どこか機械的な冷徹さを孕んだ女性の声。 かつて見た悪夢と同じ、あの「構築者」を名乗る声だった。
――『世界の理を……修正しなさい……』 ――『……最後の……人になるまで……』
ノイズが混じり、声は次第に歪んでいく。 世界が、解体され、再構築されていくような恐ろしい浮遊感。カイエンは己の腕が、足が、心臓が、概念ごとに世界の一部へ溶けていく感覚に襲われた。
「――っ!?」
カイエンは弾かれたように跳ね起き、荒い呼吸を整えた。 額には冷や汗がびっしりと浮かび、左胸を強く押さえる。心臓が早鐘のように脈打っていた。
「……ハッ……ハッ……」
右手で顔を覆い、荒い息を吐き出す。 左手の指輪――かつて黒く輝き、今やその役割を終えてただの「銀色の指輪」となったそれをひと撫でし、視線を窓の外へと向けた。
「なんなんだ……コイツは……」
使徒との戦いを重ねるたびに、そして魔剣の力を使うたびに、あの声は頭の中で鮮明になっていく。 「最後の…人になるまで」とはどういう意味なのか。世界を壊す「バグ」と、自分の中に根を張る「解体」の力。その答えは、未だ霧の向こう側にあった。
「ふぅ……」
息を深く吐き出し、乱れた髪をかき上げる。 その時、列車の汽笛が長々と山あいに響き渡り、列車は暗い山腹のトンネルへと突入した。
数分間の暗闇と轟音の後――眩い光とともに視界が一気に開ける。
山脈を越えた目の前に広がっていたのは、カイエンの想像を遥かに超えた光景だった。
「これは……」
カイエンは思わず窓辺に寄り、息を呑んだ。
眼下に広がる大盆地にひしめき合っているのは、黒く鈍い光沢を放つ鋼鉄の建造物群。 幾重にも重なる巨大な煙突からは真っ白な蒸気と煙が力強く立ち上り、雲海のように街の上空を覆っている。
街の各所には、まるで生き物のようにゆっくりと回転する無数の「巨大な歯車」が組み込まれ、都市そのものが一つの巨大な精密機械として呼吸しているかのようだ。
ガンッ、ガンッ――。
遠くの鍛冶工房から響く金床を叩く音。
シュゥゥゥッ、と蒸気が噴き上がり、巨大な安全弁が白煙を吐き出す。
汽笛が都市全体へ反響し、幾重もの歯車が低い唸りをあげて回転していた。
眼下の線路には、カイエンたちが乗っている列車以外にも、大量の鉱石や資材を積み込んだ武骨な「魔導機関車」が何台も行き交い、漆黒の煙を吐き出している。
さらに視線を落とせば、建設中の巨大高層建築には見たこともない大型クレーンが何基も聳え立ち、重厚な鉄骨を軽々と吊り上げていた。
そして、街の通りを見下ろせば――。 全身を機械骨格と厚い装甲で覆った蒸気駆動の「パワードスーツ」を纏った技術者たちが、人間では持ち上がらないほどの巨大な資材や工具を運んで悠然と歩いている姿が見えた。
一機のパワードスーツが屋上から飛び降りる。
地面へ着地する寸前、
背部ブースターから白い蒸気を噴射。
ドンッ!
衝撃を殺して軽やかに着地する。
冷徹な軍事力と統制によって整えられた帝国の帝都とは違う。 ここは、熱気と蒸気、そして純粋な技術の欲望が脈動する――活気に満ちあふれた「鋼鉄の都」。
「これが……ドワーフ王国、工都か」
カイエンは窓ガラスに手を当て、呟いた。
「帝国とは……全然違うな」
魔導工学の粋を集めた冷たい帝国都市に対し、ここは泥臭くも圧倒的なエネルギーに満ちた「技術の国」。
マキマが「メカニックの聖地」と目を輝かせていた理由が、今ならよく分かった。 この熱気の中に、求める手がかり――魔剣の真実と、この街で蠢く不穏な事件の影が潜んでいる。
列車が速度を落とし、ギアフォージの中央駅へと滑り込む。
カイエンが魔剣を携え、喧騒に包まれた駅からホームへと降り立った瞬間、五感を打つ圧倒的な光と音が彼を迎え入れた。
眼前にそびえる巨大立体スクリーンでは、昨年のグランプリの映像が生々しい迫力で再生されている。
『王者・ゼノス、驚異の最終ラップ!』という実況の声が響き渡り、
空中に浮かぶ電光掲示板は
『今年のチャンピオンシップまであと七日!』と無慈悲なまでのカウントダウンを告げている。轟く歓声、休む間なく流れるスポンサー広告の音声が駅の構内を震わせ、街全体が異様な熱気に包まれていた。
そんな熱狂の只中、ふと横切った親子の姿が視界に入る。
父親は目を輝かせる小さな子供に、今年のチャンピオンの機体を模した玩具のパワードスーツを買い与えたところだった。
「今年は誰が優勝するかな!」
父親が楽しげに問いかけると、子供は迷いなく答える。
「ゼノス!」
「いや、ナナだ!」
父と子の弾むような声が、いまや世界中の注目を集める大祭典の幕開けを告げるように、駅の喧騒の中へと溶けていった。
こういう、工業都市を書くのはとても楽しいなと思いました。
王墓編を書いたときにこれ以上の作品はかけないな〜と思ったんですけど、自分で蓋をしてたのですねと思いつつ
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