EP128 王国の旅路
崩れ去った地底の最奥、『王墓』の天空へと溶けていく温かな光の粒。 カイエン、アイフェリス、マキマ、ヒナの四人は、息を呑んでそれを見上げつづけていた。
崩落した天井の破れ目から射し込むひとすじの光。その光の渦の向こうに、幻影のような光景がゆっくりと広がっていく。
それは、数百年の絶望と死の灰に埋もれ、歴史の闇に消え去った――かつて美しかった王国の真実の姿だった。
陽光に輝く白亜の街並み。 賑やかな市場で行き交う民たちの穏やかな笑い声。 石畳を駆け抜け、花冠を掲げて無邪気に笑う幼い子供たち。
そして、宮殿の庭園の木漏れ日の中で、優しく微笑みながら佇む王妃の姿があった。
「……あぁ……」
アイフェリスの胸から、かすかな溜息が漏れた。 そこに惨劇の影はなく、呪いもバグも存在しない。ただ民を愛し、民に愛された一つの美しい国が、そこにあった。
光の広場の中央へ、地上から昇っていったエドガルドの魂が静かに降り立つ。
彼を待っていたのは、王妃や民たちだけではなかった。
第一騎士の巨大な盾を背負った男。 第二騎士レオナ。 第三騎士ヴァルド。 第四騎士アルディウス。 そして、王の影として共に闇を歩み続けたアゼル。
「五騎士」のすべてが、かつての若々しく誇り高い姿でそこに集まっていた。
だが――彼らは誇示するような敬礼もしなければ、固く身を構えもしなかった。
「陛下……お帰りなさい。」
ヴァルドが歩み寄り、柔らかく微笑んで声をかける。 すると、第二騎士レオナが口元を綻ばせ、悪戯っぽく笑った。
「さあ、今日はお説教ですよ。」
「長く待たせすぎです。」
第四騎士アルディウスが呆れたように肩をすくめ、その横からアゼルが静かに告げる。
「今回は逃がしません。」
「……おいおい。」
エドガルドは困ったように苦笑いを浮かべた。 そこにあったのは、冷徹な王と忠実な部下という排他的な関係ではない。長すぎる過酷な旅を終え、ようやく一つ屋根の下に集まった「家族」の姿だった。
王妃が静かに歩み寄り、そんな彼らを見てくすりと笑いながら、エドガルドの手にそっと自分の手を重ねる。
「……行こうか。」
エドガルドの言葉に、全員が心からの笑顔で頷いた。
王妃と手を繋ぎ、気置けない仲間たちに囲まれながら、彼らは光の彼方へと歩みを進める。
だが――。
数歩ほど歩いたところで、エドガルドはふっと足を止めた。
静かに、振り返る。
光の境界線の向こうで佇むカイエンたちを、その青い瞳で見つめた。
王冠もない。 鎧もない。 重圧も、呪いも、王国という名の背負い続けた重荷も、もう何一つとしてない。
ただ一人の男として。
エドガルドは、カイエンたちに向かって、深く、深く頭を下げた。
「ありがとう。」
その一言だけを温かな風に乗せて残すと、彼は再び前を向き、仲間たちと共に光の中へ歩み去っていった。
光が、ゆっくりと収束していく。
子どもたちの笑い声が、風に溶けるように遠ざかっていった。
王国の幻影は、まるで奇跡の余韻だけを残すように、まばゆい輝きとなって天空へ消えていった。
あとに残されたのは、静まり返った『王墓』の跡地。
パキッ……。
静寂の中、小さな砕裂音が響いた。
カイエンの左手。 アゼルから受け継ぎ、五騎士の誇りを繋いできた『黒い指輪』の表面に、筋状の亀裂が走っていた。
粉々になって砕け散ることはない。 ただ、漆黒の禍々しい光沢が嘘のように抜け落ち、黒い宝石はどこにでもある、ただのシンプルな『銀色の指輪』へと姿を変えた。
指輪から溢れていた魔力が静かに霧散していく。 数百年の使命を果たし、それは本来の「ただの思い出の品」へと戻ったのだった。
カイエンは……。
数秒の間、言葉を発することなく黙っていた。
静けさの中で自分の左手を持ち上げ、光を失った銀色の指輪をじっと見つめる。 そして、フッと胸を撫で下ろすように、小さく笑った。
「……帰れたな。」
その言葉は、カイエンたちの勝利を誇るものでも、世界の崩壊を防いだ自負でもない。 ただ、数百年もの間、闇の中で苦しみ続けていたあの一人の男と仲間たちへ捧げられた、何よりの手向けだった。
アイフェリスも、マキマも、ヒナも、誰も言葉を返さなかった。 ただカイエンの横顔を見つめ、互いの無事を噛み締めながら、黙って深く頷いた。
やり遂げたのだ。 世界の歪みをひとつ正し、救われるべき魂を、あるべき場所へ還した。
カイエンは背の魔剣の柄を一度だけ確かめるように触れると、前を見据えて歩き出した。
王国は滅びた。
だが、彼らの想いだけは、誰にも滅ぼせなかった。
数百年止まり続けていた王国の時間は、その日ようやく、静かに終わりを迎えた。
王墓編次回で最後ですが、ほのぼの会となっております!
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