EP127 約束の旅立ち
消えゆくエドガルド王の身体から零れ落ちる光の粒が、崩落した大空間の暗がりを優しく照らしていた。
すべてが終わろうとしていた。数百年に及ぶ王国の呪いも、世界を破滅へと追いやろうとした終焉のバグも、今や静かな灰となって消え失せようとしている。
その時だった。
キィィン……ッ。
澄み渡る金属音が、静寂の支配する『王墓』の跡地に響き渡った。
音の発振源は、カイエンの全身だった。 カイエンが胸に抱いていた第三騎士ヴァルドの『王国軍師の徽章』が、まるで鼓動するかのように温かな青い光を放ち始める。
続いて、ヒナの第四騎士アルディウスの黄金の聖剣の残滓が、共鳴するように溢れんばかりの金色の輝きを放った。
さらに、カイエンの左手に嵌められた第五騎士の『誓いの指輪』が指先を包み込み、黒い宝石の奥から漆黒を塗り替える純白の光が溢れ出す。
「これは……!?」
アイフェリスが息を呑む。
共鳴はそれだけにとどまらなかった。 崩れ去った終焉の甲殻の残滓から、かつてカイエンたちが死闘を繰り広げた第一騎士の堅牢なる『盾』の残光と、第二騎士が振るった猛烈なる『炎剣』の火花が舞い上がり、ひとつの円を描くように集束していく。
第一騎士の盾。 第二騎士の炎。 第三騎士の徽章。 第四騎士の聖剣の光。 第五騎士の指輪。
かつて王国を護り、最後は王を救うために己の全てを捧げた「五騎士」の遺志と武器が、今やひとつとなり、まばゆい一筋の救済の光へと姿を変えた。
温かく、どこまでも優しい光の帯が、消滅の縁に立つエドガルド王の身体をそっと包み込んでいく。
「な……んだ……これは……」
王の青い瞳が、驚愕に大きく見開かれた。
光が王の皮膚を撫でるたび、王の胸の奥に、かつて共に駆け抜け、共に笑い、そして最期まで自分を信じて戦い抜いてくれた忠義の臣下たちの温もりが流れ込んでくる。
王を責める者は、誰一人としていなかった。 呪いに呑まれ、異形となってもなお、己の全てを賭して世界を護り抜こうとした主君の誇りを、彼らは片時も疑ってなどいなかったのだ。
王の瞳から、大粒の涙が溢れ出た。
「皆……。」
震える声で、王は胸を押さえる。
「まだ……。」
「私を……受け入れてくれるというのか……」
重い王冠を戴き、国を背負い、世界の崩壊をひとりで食い止め続けてきた男。 だれにも弱音を吐けず、ただ耐え忍ぶことしか許されなかった孤独な王の心に、数百年ぶりの救いが染み渡っていく。
カイエンは静かに立ち尽くし、光に包まれる王を見つめていた。 そして、傷ついた魔剣を背の鞘に収めると、柔らかく、だが確かな確信を込めて王へ言葉をかけた。
「みんな。」
「待ってます。」
長すぎる夜は明けたのだ。 忠義の騎士たちは、暗闇の果てで、ずっと彼らの王が重荷を下ろして還ってくるのを待ち続けている。
カイエンの言葉を聞いたエドガルド王は、溢れる涙をぬぐうことも忘れて呆然とした。 そして――。
王の唇が、穏やかに重なり合う。
それは、歴史のどこにも記録されていない表情だった。 王国の絶対者として威厳を保つ「王」の顔ではない。 重責を完全に降ろし、ただひとりの人間「エドガルド」として見せた、純粋で、美しく、晴れやかな笑みだった。
「……そうか。」
一人の男として、彼は優しく微笑んだ。
「ありがとう。」
光が弾けた。
五つの輝きとともに、エドガルドの肉体は眩い光の粒子となって解き放たれ、崩落した天井の隙間から見えた地上の空へ向かって、ゆるやかに昇っていった。
あとに残されたのは、冷たい灰と、澄み渡る静けさだけ。
世界を脅かした終焉のバグは、完全に『整理』されたのだった。
あと2話で王墓編が終了です!
書いてる時にうるうるしながら書いております。
ブックマーク、コメント、評価をしていただけると喜びます!




