EP126 十分な報い
マキマが撃ち抜いた一本の「光の道」を駆け抜け、カイエンの魔剣はまっすぐに終焉王の右胸――赤黒く脈打つバグの核へと肉薄した。
アイフェリスの全魔力がカイエンの全身を押し上げ、魔剣の刃先が収束された光を放つ。
「おおおおおっ!!」
渾身の突き。 だが――
ガギイィィィンッ……!!
核の数センチ手前で、あまりにも強烈な反作用の衝撃がカイエンの腕を襲った。 暴走する終焉の力が凝縮し、不可視の超高密度結晶の壁となって剣先を阻む。ミリ単位で刃を押し込もうとするが、削れかけた魔剣は悲鳴を上げ、それ以上進まない。
あと一歩。 ほんのあと数センチが、届かない。
「そんな……!?」
アイフェリスが蒼白な顔で絶叫する。
「全魔力を注ぎ込んで……マキマの貫通砲でも破れないなんて……っ!」
「嘘であります……そんな……! カイエン!!」
マキマも、ヒナも、息を呑んで戦慄した。 押し戻されそうになるカイエンの腕。このまま一瞬でも停滞すれば、核から溢れ出る『ラスト・キングダム』の侵食にカイエンごと呑み込まれて消滅する。
(くそっ……! 届か……ないのか……!?)
カイエンの歯が砕けんばかりに噛み締められる。
その時だった。
ドクンッ……!!
カイエンの左手――その薬指に嵌められていた黒い指輪が、狂おしいほどの熱を放って脈動した。
かつて退けた最後の騎士――五騎士の遺志を受け継ぐ者から託された、誓いの指輪。 終焉の奔流に呑み込まれ、消え去ったと思われていた五騎士たちの残滓。だが、彼らの誇りは消えてなどいなかった。
『――王を。』 『――我が主を……救い給え……!』
カイエンの脳裏に、己を縛りつけてまで王国と世界を守り抜こうとした五騎士たちの無念と、最後の誓いが直接響き渡る。
指輪から解き放たれたのは、暗黒の呪術ではない。王に捧げられた純粋なる「忠誠の光」。 五つの光の糸がカイエンの左手から溢れ出し、削れかけた魔剣の刃身を包み込んだ。
「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」
光を纏った魔剣が、不可視の壁を叩き割る。
パリィィィィンッ!!
刃先が吸い込まれるように、赤黒い核の真ん中を深く、深く貫いた。
「ッ…………!!」
終焉王の動きが、ピタリと止まる。
時間が静止したかのような一瞬の静寂ののち――。
バリバリバリバリッ!!
王の胸元から、空間全体へ向けて無数の亀裂が走った。 世界を覆い尽くそうとしていた黒い結晶の津波が、末端からガラガラと崩れ落ち、さらさらとした灰となって風に消えていく。
天を穿っていた漆黒の柱が砕け散り、不吉なバグのノイズが完全に消失した。
『ラスト・キングダム』の完全瓦解。
「ガっ……は……っ」
王の右半身を覆っていた禍々しい黒い甲殻が、剥がれ落ちるように削げ破れていく。 背中の武器の翼も、頭に刺さっていた王冠の破片も、すべてが光の粒となって霧散していった。
幾重もの爆砕音とともに異形が削ぎ落とされ、跡に残されたのは――。
ドサリ、と灰色の瓦礫の上に横たわる、一人の男の姿だった。
重厚な白銀の鎧はもうない。 王としての威厳を誇示する装飾品も何一つない。 ただ、質素で柔らかい白い服だけを纏った、あまりにも小さく、疲れ切った一人の男。
エドガルド王は、天を仰ぎながら力なく息を吐き出した。
「……ようやく。」
「終われる。」
その声には、先ほどまでの荒々しいノイズも、狂気も、重圧もなかった。ただ静かで、底なしの安らぎを孕んだ人間の声。
カイエンは静かに歩み寄り、男を見下ろした。 左目だけでなく、右目も澄み切った穏やかな青色に戻っている。
王は、カイエンの表情を見て、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。
「気付いたか。」
「私は。」
「最後まで。」
「王だからな。」
世界を滅ぼそうとしたのはバグの呪いであり、彼は最後まで「王」として、命をかけて世界を守り抜くために戦っていた。カイエンたちが自分を倒しに来たのではなく、救いに来たのだと、王は最初から悟っていたのだ。
カイエンはゆっくりと、手にした魔剣を男の胸元へ向けた。 世界の歪みの核を完全に絶ち、彼の魂をその重荷から解放するために。
王は逃げようとも、抵抗しようともしなかった。ただ静かに目を閉じ、受け入れる準備をする。
「終わりにしてくれ。」
だが。
ピタリと、カイエンの手が止まった。
カイエンは息をひとつ吐くと、静かに魔剣を収め、その刃を下ろした。
「あなたは。」
「もう十分だ。」
王を討ち取る「監査員」としてでもなく、世界を壊す「魔剣の主」としてでもなく。 ただ一人、数百年の孤独と苦痛を耐え抜いた男に対する、最大限の敬意と慈悲を込めて。
王の閉ざされていた瞼が、ゆっくりと開いた。
カイエンの言葉の意味を噛み締めるように、彼は青い瞳を揺らし――そして、生まれて初めて、子供のように胸を撫で下ろしたような、小さく穏やかな笑みを浮かべた。
「……それを。」
「誰かに言ってほしかった。」
男の身体が、足元から静かに温かな光の粒となって解け始めていく。 王国という重荷を降ろし、一人の人間として、彼はようやく長すぎる夜から解放されようとしていた。
戦闘が終わり、余韻が残ります、ここからの余韻をぜひ楽しんでいただければと思います!
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