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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
王墓編

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EP122 終焉の器

黒い瘴気の柱が天井を穿ち、圧倒的な圧力が大広間を埋め尽くした。


光が歪み、空間に残っていた燃えさかる焔が一瞬で鎮火していく。 空気が鉛のように重く沈み込み、息を吸い込むことすら苦しい。ただそこに存在するだけで、全身の魔力が体表から削り取られていくのが分かった。


瘴気が収まった中心に立っていたのは――すでに人間でも、王でもない存在だった。


『終焉王 エドガルド』。


身長およそ一九五センチメートル。 黒銀色の長髪が重力を無視してゆらゆらと宙に浮かんでいる。 かつて輝いていた王冠は半分に砕け、刃のように頭部へ痛々しく突き刺さっていた。ひび割れた白銀の鎧の隙間からは、脈打つ心臓と動脈のように赤黒い結晶が脈動している。


左半身はかろうじて穏やかな中年男の面影を残していたが、右半身は禍々しい黒い甲殻に呑み込まれていた。右腕は巨大な甲殻の塊と化し、その先端はかつての王剣とグチャグチャに融合している。 背中から生え出ているのは、五本の黒い結晶でできた翼のような歪な突起――よく見ればそれは、カイエンたちが退けた第一から第五までの騎士たちの武器が、呪いとともに変質した惨劇の痕跡だった。


そして、顔。 右目は狂気とバグの混じった血のような紅に発光しているが、左目だけは――どこまでも澄んだ、青い人間の瞳のままだった。


彼の一歩を踏み出す足音に伴い、足元の石畳がみるみるうちに黒く結晶化していく。


「王……様……?」


ヒナがかすれた声を漏らす。


エドガルド王――いや、終焉王の左目がゆっくりと歪んだ。 空間が、再び重層的に塗り替えられていく。


能力『王墓』。


先ほどまでの熱気を孕んだ燃える王都の幻影は、跡形もなく消え去った。 現れたのは――すべてが灰に覆われた、完全なる『死の国』。


空は重い灰色の雲に閉ざされ、見渡す限り一面に無数の墓標が立っている。破れ、折れた王国の旗が、風もないのに寒々と垂れ下がっていた。 生者の喘ぎ声すら存在しない。ただひたすらに冷たく、哀しい静寂。


崩壊した王国の果てに広がる、終わりそのものの光景。


「これが……」


終焉王の左半身、穏やかな男の声が、絶望的なほどの寂しさを伴って響いた。


「これが――私が守った未来だ」


その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、王の意向とは無関係に、右半身の黒い甲殻が凶暴に脈打った。


ギギギ……ッ!


「……っ!? 避けろ、マキマ!」


カイエンの魔眼が警告を発し、叫ぶ。 融合した右腕の黒い大剣が、狂暴な速度で横一文字に振るわれた。攻撃というよりは、肉体に寄生した獣が牙を剥くような荒々しい挙動。


「ひ……っ!」


マキマが咄嗟にファンネルを前面に展開し、自動防御障壁を張る。 だが、黒い大剣の先が障壁に触れた瞬間――


メリメリメリッ!


「なっ……電子障壁が……黒い結晶に……!?」


『終焉侵食』。 王の攻撃が触れたあらゆる事象――武器、皮膚、魔法、果ては概念すらも、瞬く間に黒い毒々しい結晶へと書き換わっていく。 マキマのファンネルから広がる青白い魔力光が、一瞬で黒く染まり、カチカチと音を立てて結晶化した。


「破棄しろマキマ! 爆発するぞ!!」


カイエンの叫びに、マキマは弾かれたようにファンネルとの接続を緊急遮断した。 直後――結晶化した障壁とファンネルが、轟音とともに赤黒く爆散した。


ドカァァンッ!!


「きゃああっ!?」


爆風で吹き飛ばされるマキマを、ヒナが間一髪で受け止める。 侵食された部分は、放置すれば内部の爆発を引き起こす。攻撃を受けることすら死に直結する恐怖。


しかし、その惨状を引き起こした当の本人は――悲鳴を上げていた。


「やめろ……ッ!!」


終焉王の左手が、暴走する自らの右腕を必死に抑え込もうと掴みかかる。 青い左目から流れるのは、血と涙。


「やめろ……! 触れるな……民には……誰にも触れるな……ぁぁぁッ!!」


王は戦おうとしていない。 王は一度たりとも、彼らへ自らの意思で刃を向けてはいなかった。 背中の五本の結晶の翼が狂い咲くように黒い棘を乱射し、それに対して王は己の体幹を捩じって軌道を逸らそうと血を吐きながら抗っている。


ラスボスとして目の前に立ちふさがる最強の存在。 だが、その内側で「敵」と死闘を繰り広げ、侵食を食い止めようと一番傷ついているのは――他ならぬエドガルド王自身だった。


「この人は……ずっと戦ってる……」


アイフェリスの胸が激しく締め付けられる。 数百年間、孤独に封印を抱え続け、最後は己の肉体を器にしてまで、この世界に歪みを撒き散らさせまいと戦い続けている。


「カイエン……私、この人を……」


「わかっている!」


カイエンは絶望的な『王墓』の空間の中、自らの魔剣を強く強く握り直した。 紅い魔眼が、異形となった王の姿を透視する。 暴走する右半身の黒い結晶と、最後まで誇りを捨てずに抗い続ける左半身の境界線。そこに、儚く明滅する命の糸。


「王として死なせるわけにはいかない……。一人の人間として、その呪いから解放クリアしてやる……!」


灰色の墓標が立ち並ぶ世界で、カイエンは凄絶な覚悟とともに、悲しき終焉の王へ向かって踏み出した。

王墓編はいつでもクライマックスをテーマとしておりますので、楽しんでいただけるととても嬉しいです。


ぜひ、一言でも感想、評価、ブクマいただけると助かります!

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