EP121 崩壊の王冠
迫り来る無数の騎士の英霊たち。 燃え盛る王都の幻影が放つ圧倒的な熱量と、空間を押し潰す『王命』の重力魔法。
「ぐっ……あぁぁぁっ!」
叩きつけるような重圧に全身の骨が悲鳴をあげる。 視界が赤く染まり、思考が激しい怒りと熱量に塗り潰されそうになる。だが、カイエンは歯を喰いしばり、左手の黒い指輪を握り締めながら必死に己の意識を叩き起こした。
(熱くなるな……! 熱に呑まれるな……冷静になれ! 冷静に内心の状況を整理しろ……っ!)
カイエンは強引に深く息を吐き出し、紅い魔眼を限界まで見開いた。
事象の糸を解析する視界が切り替わる。 目の前の英霊軍、押し寄せる重力、そして王の周囲を舞う四つの『王権』。それらは単なる物理的な攻撃ではない。エドガルド王が数百年にわたり背負い続けてきた「王国」という概念の具現化だ。
(英霊の個々を斬ってもキリがない。根源は王権――歴代の王が遺した四つの国宝だ! 王権が「法」を維持している。ならば……!)
「アイフェリス! ヒナ! マキマ! 足を止めろ! 狙うは『王権』だ!」
「了解であります……っ!」
立ち上がったマキマが残された電子砲の最大出力を騎士の足元へ叩きつけ、ヒナが影を走らせて英霊の槍の軌道を逸らす。アイフェリスが絞り出すような魔法で重力の波形に割り込み、ほんの一瞬の隙を作り出した。
「うおぉぉぉっ!」
その一瞬を逃さず、カイエンは跳躍した。 魔眼で捉えた『事象の糸』の結び目――第一の王権『王冠』へ、魔剣を一閃させる。
パリィンッ!
甲高い破砕音が響き、宙に浮く輝く王冠が木端微塵に砕け散った。 途端に、カイエンたちを叩きつけていた重力が目に見えて減衰する。
「ひとつ……!」
間髪入れず、回転の勢いを乗せて左手で展開された『王家の盾』の概念の繋ぎ目を穿つ。絶対に破られぬはずの盾に亀裂が走り、爆発的な光とともに弾け飛んだ。
「ふたつ……!」
突き押し寄せる『神聖なる槍』を間一髪で殺し、魔剣の柄頭でその軸を打ち砕く。折りたたまれるように折れ曲がる聖槍。
「みっつ……!」
残るは最後――エドガルド王が手に握る歴代王の『宝剣』。
カイエンの渾身の一撃が、王家の最後の宝剣を砕いた。
甲高い破砕音が燃え盛る王都に響き渡る。 エドガルド王の身体が大きく揺らぐ。
「……見事だ」
王は静かに剣を下ろした。
砕け散る王冠の破片。 光となって消える王家の盾。 折れた槍と砕けた宝剣――歴代王の宝具がひとつ、またひとつと灰になっていく。
それと同時に、王国という「概念」そのものがガラガラと崩れ去っていった。 燃え盛っていた王都の幻影も、ゆっくりと色を失い始めた。
民の姿。 騎士たちの行軍。 崩れ落ちる城。 すべてが静かに霧散していく。
燃える熱気も、煙の匂いも消え去り、あとに残ったのは無造作な瓦礫が転がる、冷たく灰色の世界だった。
エドガルド王は力なく手から離れた剣を、地面へ刺す。 彼は生まれて初めて、苦悩を削ぎ落とした穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか……。ついに、お前達は……王国を越えたか」
王は静かに目を閉じる。
「ならば……最後は、王ではない。一人の罪人として……」
「……これでいい」
王の姿から威圧感が完全に削ぎ落とされ、疲れ切った一人の男としての姿が露わになる。
「ようやく……王である私を越えた」
カイエンは魔剣を構えたまま動かない。息を荒げながら、真っ直ぐに王を見つめた。
「もう終わりだ」
カイエンの言葉に、しかし王は首を横に振る。
「……いや」
「終わっていない」
その声は、先ほどまでの冷徹な王のものではなく、あまりに小さく、疲れ切った一人の男の声だった。
王は自らの胸へ静かに手を当てる。 その胸元から、嫌な音とともに黒い亀裂が走った。
パキッ……
王の胸元の飾られていた輝く紋章が、残酷な音を立てて割れる。
その瞬間――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!
星柩の間全体が、これまでとは比較にならない悲鳴のような重低音で揺れ始めた。
「違う……!」
アイフェリスが血の気の引いた顔で絶叫する。
「これは王の魔力じゃない……! 何かが……底から湧き上がってくる……!」
床一面に刻まれていた巨大な古代の封印陣が、毒々しい赤黒い光を放ち、狂ったように逆回転を始めた。何百年もの間、静寂の中で沈黙を守っていた魔法陣が、理を拒絶するように暴走を開始する。
「ガっ……は……っ!」
エドガルド王が苦しそうにその場に膝をついた。
「……抑え……込めなくなったか……」
「王……!?」
カイエンが咄嗟に手を伸ばし、駆け寄ろうとする。 だが、その瞬間――
「来るな!!」
エドガルド王が、この戦いの中で初めて、剥き出しの感情を露わにして叫んだ。
ドバァッ!
玉座の地下深くから、膨大な黒い瘴気が噴き上がった。 それは王の体内から漏れ出たものではない。地下に封印されていた「何か」が、王の肉体を鎖のように絡め取り、貪り食うように巻きついていく。
まるで封印そのものが、守り手であった王を新たなる『器』として取り戻そうとしているかのように。
王は全身の筋肉を激しく収縮させ、必死に抗う。
「まだだ……! 私は……! 私はまだ……王だ!!」
黒い爪が王の身体を侵食し、その肉体を書き換えていく。 それでも王は、その黒い泥を押し返そうと必死に死力を尽くしていた。
その光景の中、カイエンの魔眼は恐ろしい真実を捉えていた。
第一騎士の鉄壁の防壁。 第二騎士の黒赤の猛火。 第三騎士の絶対の氷雪。 第四騎士の神聖なる光。 第五騎士の底なしの闇。
今までカイエンたちが破ってきた五騎士の遺志と残滓までもが、地下から溢れ出る黒い奔流に飲み込まれ、ドロドロとした混沌へと変質していく。
暴走しているのではない。 王が狂ったのではない。
カイエンの魔眼には、はっきりと見えていた。
王は――エドガルド王は、数百年間もの間ただ一人で、この世界を滅ぼしかねない極大のバグと封印の負荷を、たった一人の肉体で受け止め、抑え込み続けていたのだ。 そして今、王としての力が潰えたことで、抑え込みが利かなくなった「世界の歪み」が溢れ出し――王は最後の最後まで、己を犠牲にしてそれを止めようと抗っているのだ。
「まさか……」
アイフェリスが膝を震わせ、呆然と呟く。
「数百年間……ずっと……この人一人で……この巨大な封印を支えていたの……?」
だが、一人の人間の意志が耐えられる限界を超えた。
メリ……と嫌な音が響き、エドガルド王の瞳から、人間としての最後の光が消えた。
ドギャァァァンッ!!
王の身体を中心に、凝縮された黒い魔力が天を突き破り、聖堂の天井を完全に粉砕して漆黒の柱となって立ち昇る。
黒煙の渦のただ中、異形へと変貌を遂げていく王が、ゆっくりと顔を上げた。
そこにはもう、穏やかな中年男の面影も、愛した民を想う王の瞳も存在しない。 ただ世界を拒絶し、すべてを呑み込もうとする悲痛な暴虐の気配だけが満ちていた。
真の試練――『終焉王 エドガルド』が、そこに現臨した。
色々なゲームをすると、第二形態というのが出てきますよね!そういうの大好きです。
是非是非、ブクマコメント評価お願いいたします!
次回お会いしましょう!




