EP119 剣の対話
エドガルド王が手にする儀礼剣――一見すれば、装飾過多な儀式用の長剣に過ぎない。 魔力の発露も、アゼルが放っていたような圧倒的な黒焔の圧もない。
だが、カイエンの紅い魔眼は、その剣を構えた王の姿に戦慄を覚えていた。
(……隙がない)
足の踏み込み、重心の置き方、刃の角度。 何一つとして無駄がない。
かつて王国を興し、地底へと沈むその日まで先頭に立ち続けた男。アゼルやアルディウスといった怪物じみた騎士たちを従えていたのは、他でもない――エドガルド王自身が、かつて誰よりも最前線で血を流し、戦場を支配した絶対的な強者だったからだ。
「――来るぞ」
カイエンが警告を発すると同時に、エドガルド王が一歩を踏み出した。
速くはない。残像を残すような神速でも、空間を歪めるような跳躍でもない。 ただ、地を這う大口の蛇のように、確実かつ重厚に間合いを詰めてくる。
――ッ!
エドガルド王が、上段からただ愚直に剣を振り下ろした。
カイエンは魔剣を交差し、受け流す体勢をとる。 だが、刃が触れ合った瞬間、カイエンの足元の石畳が爆発するように砕け散った。
「ぐっ……!?」
重い。あまりにも重い。 鉄の塊を叩きつけられたような質量。それでいて、打撃の衝撃が魔剣の隙間を縫ってカイエンの全身の骨へと響いていく。 アゼルのような鋭利な剣技でも、アルディウスのような神聖な剛剣でもない。数百万人を背負い続けてきた「重み」そのものが、刃となって押し潰してくる。
「問おう」
王の声音は、剣を交えながらも一切乱れない。 呼吸は静まり返り、瞳には狂気も焦りもなく、ただ冷たい透明さだけが宿っている。
「――守るとは、何だ」
踏み込みとともに、二撃目が横一文字に走る。 カイエンは間一髪で体を割り込ませ、刃の側面を弾いて軌道をそらした。 衝撃波が背後の大理石の柱を粉砕し、瓦礫が激しく飛び散る。
「……ッ!」
カイエンは返しの刃で王の首元を狙うが、王は最小限の首の傾きだけでそれをかわし、柄頭でカイエンの胸元を突き穿った。
「がはっ……!」
吹き飛ぶカイエン。受身を取りながら床を滑り、即座に魔眼で王の事象の糸を捉えようとする。 だが、見えない。 王の剣技にはバグも、不自然な魔力の乱れもない。ただ純粋に磨き抜かれた「人間の剣術の至高」がそこにある。
「答えよ」
王は追撃の手を緩めない。静かな足取りで死角へと回り込み、滑らかに三撃目を繰り出す。
「――救うとは、何だ」
キンッ、と甲高い金属音が聖堂に響き渡る。 カイエンは体勢を崩しながらも魔剣を打ちつけ、王の剣を跳ね返した。
「答えるまでもない……!」
カイエンの紅い魔眼が怪しく光る。
「救いとは……自己満足だ! 溢れ落ちる命の破片を、ただ拾い集めるだけの……無悪悪徳のあがきに過ぎない!」
「ならば」
王の剣が、一切の感情を排したまま四撃目を繰り出す。 それはカイエンの防御の「完璧な隙」を突く、逃げ場のない一閃。
「――王とは、何だ」
ドゴォンッ!
カイエンの魔剣と王剣が正面から衝突し、二人の間に生じた圧力が全方位へと暴風となって吹き荒れた。
「王とは……!」
カイエンは歯を喰いしばり、左手の黒い指輪から溢れ出る冷たい魔力を魔剣へと流し込む。 王の無慈悲な瞳と、カイエンの紅い魔眼が、至近距離で交錯した。
「すべてを背負い……誰にも理解されず、ただ一人で決断し続ける……『呪い』の名だ!」
ドゴォンッ!
魔剣と王剣の衝突によって生じた暴風が、大広間の大理石を削り取り、天井の結晶を激しく揺らした。
◇
「王とは……すべてを背負い、ただ一人で決断し続ける……『呪い』の名だ!」
カイエンの絞り出すような叫びに対し、エドガルド王の表情は一切崩れない。 感情を殺した透明な双眸が、至近距離でカイエンを見つめている。
「……見事な答えだ、灰の監視員」
王は低く呟くと、剣身に一切のタメを作ることなく、ただ体幹の軸を僅かにずらした。 それだけで、カイエンの魔剣から伝わっていた威力が空を切る。
「――だが」
王の左拳が、吸い込まれるような速度でカイエンの胸腔へと打ち込まれた。
「ガハッ……!?」
衝撃波が背中にまで突き抜け、カイエンの身体が弾かれたように吹き飛ぶ。床を何重にも転がり、魔剣を石畳に突き立てて強引に制動をかけたが、肺の中の空気が吐き出され、視界が歪んだ。
「カイエン!!」
ヒナの叫びが響く。 即座に前に躍り出たのは、背中のデバイスを駆動させたマキマだった。
「理屈や呪いなんて関係ないであります! どんなシステムだって、わたすたちの技術と知恵で書き換えてみせるであります!」
マキマの周囲に展開された三機のファンネルが青白い魔力を帯び、超高圧の電子レーザーを束ねて王へと解き放つ。同時に、彼女自身も大型電子砲の引き金を引いた。 空間を焼き切る閃光の奔流。
しかし、エドガルド王は動じない。 右手の王剣を優雅に一閃。ただそれだけの動作で、集束された高圧レーザーの波形を完璧に『切り分け』、左右の壁へと受け流した。
「なに……!?」
驚愕するマキマの懐へ、王は静かに一歩を踏み出す。 残像すら残さぬ無音の足取り。マキマがファンネルを防御陣形に組み直すより疾く、王剣の腹がマキマの電子砲を叩き潰した。
バシィンッ!
「ひゃうっ!?」
「創る者よ、問おう」
兵器を弾き飛ばされ、尻餅をついたマキマを見下ろし、王は感情のない声で問いかける。
「お前のその鉄の理は、死に逝く民の涙を拭えるのか? 破滅を先延ばしにするだけの機械の温もりに、人の魂の救いがあると思うのか?」
「それは……っ!」
マキマが息を詰まらせる。自身が帝国で創り出してきた兵器の無力さ、命を救えなかった過去が、王の言葉となって胸に突き刺さった。
「甘いな」
王は容赦なく剣の柄頭をマキマの肩口に打ち下ろし、彼女の意識を刈り取るように床へと崩れ落とさせた。
「マキマ! ……クソっ!」
マキマの沈黙と同時に、影の中から躍り出たのはヒナだった。 一瞬で王の背後、完全な死角へと潜り込み、黒塗りの短剣を王の首筋と脇腹へと同時に突き穿つ。
「アタシは難しいことなんて知らない! 居場所をくれたこの仲間を守る、それだけだ!」
ヒナの刃が王の皮膚に届く――そう確信した瞬間。
王は振り向きもせず、ただ左手の甲でヒナの短剣の側面を弾いた。 キィンと甲高い金属音が鳴り、ヒナの体勢が大きく崩れる。
「影に生きる者よ」
王の足が、流れるような円運動を描き、ヒナの腹部へと叩きつけられた。
「グハッ……!」
「誰かのために刃を振るうのは容易い。だが――お前が救おうとするその『仲間』が、世界を滅ぼす毒だと知っても、お前はその影に留まり続ける覚悟があるのか?」
「が……ぁ……っ」
壁まで吹き飛んだヒナは、短剣を取り落とし、床に伏して呼吸を詰まらせた。王の問いは、彼女が半エルフとして、そして異端として抱え続けてきた「帰属」への恐れを正確に抉り出していた。
「精霊の御名において……これ以上はさせません!」
二人が倒される刹那の時間稼ぎを突いて、アイフェリスが詠唱を完了させていた。 彼女の掲げた杖から、幾重ものエメラルド色の多重結界と、空間を押し潰すほどの巨大な魔力の槍が放たれる。エルフの誇りと、国の運命を背負う大使としての渾身の一撃。
「王よ! あなたの犠牲は尊い! だが、過去の亡霊に今を生きる者を拒む権利はない!」
アイフェリスの叫びに対し、エドガルド王は静かに剣を上段に構えた。
「国を背負う者よ」
王の一撃が振り下ろされる。 魔術の槍も、絶対に破られぬはずの多重結界も、王剣の「重み」の前にガラスのようにあっけなく粉砕された。
「――っ!?」
衝撃波がアイフェリスを襲い、彼女の繊細な体を激しく吹き飛ばす。 床に膝をつき、血を吐くアイフェリスへ、王は冷徹な視線を投げかけた。
「お前は民のために毒を飲めるか? 誇りを捨て、歴史の泥を被り、ただ一人悪となれるか? 正義を叫ぶだけの大使に、国を背負う重みなど分からぬ」
「くっ……あ……」
アイフェリスの膝が折りたたまれ、彼女もまた立ち上がることができなくなる。
ほんの数十秒。 マキマ、ヒナ、アイフェリス。カイエンの背中を支えてきた仲間たちが、王の圧倒的な強さと、その根底にある「覚悟の差」によって、ことごとく叩きのめされていた。
エドガルド王は一切の息の乱れもなく、ゆっくりとカイエンへと向き直る。 剣先は静かに、血を吐きながら立ち上がろうとするカイエンの喉元へと突きつけられていた。
「見ただろう。言葉だけでは何も守れん。理想だけでは誰も救えん」
王の声には、絶望的なまでの静寂が宿っていた。
「全員の覚悟を呑み込んだ上で、カイエン――お前はなお、この『棺』を開け、世界を整理すると言うのか?」
長く見てくださってる方はわかると思うのですが、この作品一方的な悪などは書きたくないな〜と考えてプロットを書いております
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