EP111 常闇に溶ける光
マキマが倒れ、アイフェリスが凍てつく石床に伏した。 無音の静寂が支配する聖堂の奥で、立っているのはカイエンと、息を切らすヒナ、そして悠然と佇むアゼルの三人だけだった。
アゼルは、氷の魔力を纏わせた魔剣を、ゆっくりと胸の前に掲げた。 その右の黄金の瞳が、かつてないほどに強く、神々しい輝きを放ち始める。
アゼルの唇が、静かに動いた。 その声は、絶望の鐘の音のように、二人の脳裏に直接響き渡る。
『――そして』
アゼルが魔剣の柄を握る手に力を込めた瞬間、彼が纏う漆黒の鎧の傷跡から、眩いばかりの「黄金の光」が溢れ出した。 それは、先ほど消滅したはずの第四騎士アルディウスが放っていた、あの絶対的な聖なる光。
『第四騎士の光』
アゼルの背後に、漆黒の闇で形成された巨大な翼が広がり、その羽先から黄金の粒子が激しく吹き荒れる。 第一騎士の「鉄壁の盾」。 第二騎士の「黒赤の猛火」。 第三騎士の「絶対零度の氷」。 そして、第四騎士の「絶対の光」。
かつて王国を支えた四人の守護者たちの力が、今、王国最強である「常闇の騎士」アゼルの肉体と魔剣に、完全に統合されていた。 光と闇、炎と氷、盾と剣。相反するすべての属性を完璧に支配し、己の力として行使するその姿は、まさに「五騎士最強」の名にふさわしい、神の如き絶対強者だった。
「嘘、でしょ……。四人全員の力を、一人で……!?」
ヒナの身体が、恐怖と疲弊でガタガタと震える。 勝てるわけがない。これまでの死闘は何だったのか。一人ひとりを命がけで突破してきたというのに、そのすべてを内包した最強のバグが、今、目の前に立ち塞がっているのだ。
だが、ヒナは震える両足に力を込め、一歩を踏み出した。 その手には、まだあの「ドラゴンの角の短剣」が握られている。
(マキマも、アイフェリスも倒れた。カイエンだって、もうボロボロだ……。だったら、私がいくしかない。もう一度、あの力を……!)
ヒナは短剣を逆手に構え、体内の全魔力を、そしてシーフとしての全神経を刃へと集中させた。 「ドラゴンの角」がドクン、ドクンと赤く脈打ち、アゼルが放つ黄金の光と漆黒の闇の魔力を、飢えた獣のように凄まじい勢いで吸い取り始める。
「おおおおおおおッ!!」
ヒナの叫びは、無音の世界に吸い込まれて誰にも聞こえない。 しかし、彼女の覚悟は、その身体から放たれる圧倒的な推進力となって現れた。
シュウゥゥゥッ!
空間を置き去りにする、光速の突撃。 先ほどアルディウスの鉄壁を破り、その胸元を貫いた、ドラゴンの力を宿した超高速の特攻。 ヒナの姿は完全な光の矢となり、アゼルの胸元、あの「王と共に戦った最後の傷」へと真っ直ぐに突き進む。
魔力を吸い取りながら加速するその一撃は、間違いなくヒナの人生における最大最強の突進だった。
だが。
アゼルは、その超高速の光の矢を、ただ静かに見つめていた。 彼の右の黄金の瞳と、左の深紅の瞳が、ほんのわずかに動く。
(見えて……いる……!?)
ヒナの背筋に、凍りつくような戦慄が走った。 アルディウスすら反応を遅らせた彼女の神速が、アゼルの前では、まるで泥の中を這う亀のように遅く捉えられていた。
アゼルは避けることも、盾を構えることもしなかった。 ただ、魔剣を、無造作に、しかし完璧なタイミングで、ヒナの突撃ルートの真ん中へと「置いておく」ように突き出した。
「――っ!?」
ヒナは空中で軌道を変えることすらできず、自らの超高速の推進力のまま、アゼルの魔剣の平へと激突した。
ドォォォン!!!
音のない世界で、凄まじい衝撃波が炸裂する。 ドラゴンの角が吸い上げていた膨大な魔力は、アゼルの魔剣が持つ「すべてを吸い込む闇」によって、接触した瞬間に霧散させられた。 さらに、アゼルが纏う「第一騎士の鉄壁」の防御フィールドが、ヒナの突進のエネルギーをそっくりそのまま、彼女自身へと反射する。
バキバキ、とヒナの全身の骨がきしむ音が、彼女自身の脳内に直接響いた。
「あ……、が……っ!」
ヒナの小さな身体は、自らが放った突撃の衝撃と、アゼルの圧倒的な魔力の反動をまともに喰らい、木の葉のように空中へと弾き飛ばされた。 ドラゴンの角の短剣が手から滑り落ち、石床に虚しい音を立てて転がる。
ヒナの身体は激しく地面を転がり、壁に叩きつけられて、そのまま動かなくなった。 彼女の意識は深い闇へと沈み、バイタルサインが急激に低下していく。
「ヒナ――ッ!!」
カイエンの声すらも届かない無音の聖堂。 マキマ、アイフェリス、そしてヒナ。 仲間たちが全員、冷たい床に倒れ伏し、動かなくなった。
残されたのは、満身創痍のカイエンただ一人。
アゼルは、四つの騎士の力を静かに揺らめかせながら、魔剣の切っ先を、ゆっくりとカイエンへと向けた。 そのオッドアイには、相変わらず敵意も悪意もない。ただ、静寂に満ちた、果てしない闇のような慈悲だけが湛えられていた。
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