EP107 騎士もまた、人間だから
「――これで最後だ、若き刃よ。我が全霊の光、受け止めてみせよ!」
アルディウスの咆哮とともに、彼の背後にそびえ立つ「黄金の翼」が、聖堂の天井を突き破らんばかりに巨大化し、眩いまでの白銀の閃光を放った。 空間そのものが光の魔力によって飽和し、パチパチと大気が爆ぜる音が響く。その圧倒的な光の奔流は、触れるものすべてを消滅させる、歴代最強の騎士にふさわしい絶対的な一撃だった。
押し寄せる光の圧力に、アイフェリスが咄嗟に防御結界を展開し、マキマがその背後で身を固める。カイエンは魔眼を限界まで見開き、その光の奔流の中に、わずかな「歪み」を探していた。
だが、その光の嵐の前に、一歩、また一歩と踏み出す影があった。
ヒナだった。
彼女は、ボロボロになりながらも、両手でしっかりと「ドラゴンの角の短剣」を握りしめていた。 カイエンから託された、あの淡い輝きを放つ一振りの刃。ドラゴンの角特有の美しい紋様が、今、彼女の強い意志に呼応するように、ドクン、と鼓動のような赤い光を帯び始めた。
「……応えて、ドラゴンの力……ッ!」
ヒナが強く念じた瞬間、短剣の柄から凄まじい吸引力が放たれた。 それは、アルディウスが放つ、聖堂を満たしていた圧倒的な光の魔力を、まるで嵐の渦のように急速に吸い取り始めたのだ。
「なにいっ……!?」
アルディウスの黄金の瞳が驚愕に見開かれる。 本来なら触れるだけで肉体を焼き尽くすはずの光の魔力が、短剣の刃へと収束し、透き通ったブレードが、眩いばかりの黄金と赤の混ざり合う、巨大な魔力の刃へと変貌していく。
シーフとしての天性の敏捷性。 そして、ドラゴンの角が吸い上げた、爆発的な魔力の推進力。
その二つが、今、極限の領域で融合した。
「おおおおおおおッ!!」
ヒナの身体が、光の速度を超えて弾け飛んだ。 彼女の姿は完全な残像となり、空間を切り裂く一筋の雷光と化す。アルディウスが放った光の奔流の、その真っ只中を、ヒナは魔力を吸い取りながら、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに突き進んでいく。
その速度は、歴代最強の騎士の反応速度すらも上回っていた。
「はあああああッ!!」
鋭い叫びとともに、ヒナはアルディウスの懐へと滑り込み、ドラゴンの力で極限まで研ぎ澄まされた短剣を、彼の胸元へと突き立てた。
狙ったのは、甲冑の隙間ではない。 数百年もの間、彼が自らに課した戒めとして残し続けてきた――あの、大きく斜めに割れた、胸当ての「傷跡」だった。
ズサァァァッ!!
激しい魔力の火花が散り、閃光が聖堂全体を白く染め上げる。 すれ違いざま、ヒナの身体がアルディウスの背後へと着地し、冷たい石床を滑って止まった。彼女は短剣を逆手に持ったまま、荒い息を吐きながら膝をつく。
静寂が、再び聖堂を支配した。
「……見事だ」
重厚な声が響く。
アルディウスは、ゆっくりと、その手に握られていた黄金の聖剣を、冷たい石の地面へと深く突き立てた。
キィィン……。
澄んだ鐘の音のような美しい残響が、一度だけ鳴り響く。 それを合図にするかのように、彼の背後に広がっていた黄金の翼が、そして聖堂を満たしていた神々しい光のすべてが、嘘のように静かに、優しく消え去っていった。
差し込むのは、ステンドグラスの隙間から漏れる、寂しげな一筋の自然光だけ。
アルディウスは、大剣の柄に両手を添えたまま、ゆっくりと天を仰いだ。その黄金色の瞳は、崩れかけた天井の向こうにある、見えない空を見つめている。
「あの日……」
彼の声は、これまでの威厳に満ちたものから、一人の哀しい男のそれへと変わっていた。
「あの子は。……最後まで、私を『師』と呼んだ」
アルディウスは、静かに目を閉じた。 脳裏に浮かぶのは、炎に包まれる王都の中、自分を呼んでいた、あの十八歳の愛弟子の姿。
「私は。……最後まで。応えられなかった」
王を守るという騎士の矜持を貫くため、自らの意志で弟子を切り捨てた。 後悔はないと、そう自分に言い聞かせ、数百年を過ごしてきた。だが、その魂が負った傷は、決して癒えることはなかったのだ。
カイエンが、ゆっくりとアルディウスの前に歩み寄り、その静かな横顔を見つめた。
「……後悔してるのか」
カイエンの問いかけに、アルディウスは、自嘲するような、しかしどこか憑き物が落ちたような、穏やかな笑みを浮かべた。
「もちろんだ」
彼は、ゆっくりと目を開け、カイエンと、そして肩で息をするヒナを見つめた。
「騎士も。……人間だからな」
冷徹なシステムのように、機械のように忠義を貫いた最強の騎士。 しかし、その鎧の下にあったのは、誰よりも弟子を愛し、己の選択に血の涙を流し続けた、脆く、不器用な、一人の人間にすぎなかった。
「……っ」
ヒナの目から、一筋の涙がこぼれ落ち、石床に小さなシミを作った。 彼女が貫いたのは、彼の強固な甲冑ではない。数百年、誰にも触れさせず、ただ一人で抱え込んできた、彼の「人間としての心」だったのだ。
アルディウスの身体が、足元から、サラサラと音を立てて崩れ始める。 バグによる崩壊ではない。それは、暖かく、神聖な、黄金の光の粒子だった。
彼は、最後に再び天を見上げ、愛おしそうに呟いた。
「陛下……」
その声は、もう震えていなかった。
「私は。……ようやく。あなたの隣へ帰れます」
「陛下。」
少し笑う。
「最後まで。」
「私は。」
「あなたを守れましたか。」
静寂。
返事はない。
しかし、
ステンドグラスから一筋の光が
彼を照らす。
アルディウスは安心したように目を閉じる。
「……ありがとうございます。」
そして消える。
光の粒子が、ステンドグラスから差し込む光の帯に溶け込むようにして、上へと舞い上がっていく。
ヒナが呟くように「私なら……絶対に弟子を見捨てません。」
大剣だけをその場に残し、第四騎士『光の騎士 アルディウス』の巨躯は、静かに、そして完全に、この世界から旅立っていった。
この辺書いているとき泣きました。
思い出が深いシーンです!本日は、ここまでです!明日も一挙放送です!
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また次話でお会いしましょう!




