EP105 黄金の翼と重き問い
「行くよ……ッ!」
ヒナの鋭い呼気とともに、聖堂の静寂は完全に引き裂かれた。 彼女の身体がブレるほどの超高速で石床を滑り、ドラゴンの角の短剣が、アルディウスの死角――鎧の継ぎ目である脇腹へと吸い込まれる。
しかし、その必殺の刃が届くよりも早く、アルディウスの身体が神速の光となって動いた。
キィィンッ!
鼓膜を震わせる高い金属音が響く。 アルディウスは振り返ることすらなく、背後に回ったヒナの短剣を、聖剣の柄頭だけで完璧に受け止めていた。
(速すぎる……!)
カイエンの魔眼ですら、その一瞬の挙動を捉えるのが精一杯だった。 「光の騎士」の二つ名は伊達ではない。彼の戦闘能力は、これまで戦ってきたどの騎士をも遥かに凌駕していた。 攻撃、防御、そして速度。そのすべてが極限まで高められ、一切の隙が存在しない。歴代最強と謳われた近衛騎士団長の、それが真の実力だった。
アルディウスが聖剣を軽く一閃する。 その瞬間、彼の背後に眩い金色の光が爆発的に吹き荒れ、まるで巨大な「黄金の翼」が羽ばたいたかのような幻影が現れた。 神々しいまでの光の奔流。それは美しく、しかし同時に、触れる者すべてを塵へと還す苛烈な破壊のエネルギーを孕んでいた。
「くっ……ああっ!」
光の衝撃波に押され、ヒナは防戦一方となる。 彼女はシーフの俊敏さを生かして必死に光の弾幕を回避するが、アルディウスの踏み込みは文字通り「光速」だった。 一瞬で距離を詰められ、黄金の巨刃が上段から振り下ろされる。
ヒナは咄嗟にドラゴンの角の短剣を交差させて受け止めたが、凄まじい衝撃に膝が折れそうになる。石床がメリメリと音を立ててひび割れていく。 「が、はっ……!」 「どうした、少女よ。お前の刃は、その程度の迷いで鈍るのか」
アルディウスの黄金の瞳が、至近距離でヒナをじっと見つめる。 彼の剣筋には、一切の容赦も、淀みもなかった。 数百年の間、彼はこの暗い遺跡の奥で、何度も、何度も同じ夢を見続けてきた。
――炎に包まれる王都。 ――泣き叫び、自分を呼ぶ愛弟子の声。 ――背を向け、ただ王の背中だけを追って走る自分。
目が覚めるたびに、胸の傷が疼き、魂が引き裂かれるような痛みに苛まれる。 普通の人間の精神であれば、とっくに狂気に囚われ、亡霊として崩壊していただろう。 それでも。 彼は、後悔していなかった。
「私はあのとき、己のすべてを賭して、我が主君の背を護る道を選んだ。……その選択に、一片の後悔もない。たとえそれが、最愛の弟子を死に追いやる冷酷な決断であったとしてもだ」
アルディウスは聖剣を押し込み、ヒナを力任せに弾き飛ばした。 ヒナは壁際まで吹き飛び、背中を激しく打ち付けて崩れ落ちる。短剣を握る彼女の手は、過負荷で血が滲んでいた。
アルディウスは追撃を止め、静かに剣を正対させた。 彼の周囲に舞う金色の粒子が、哀しく、しかし荘厳に光り輝く。
「問おう、少女よ」
アルディウスの厳格な声が、聖堂の天井に響き渡る。
「もしお前が、あの日の私と同じ立場に立たされたなら。……一方は、己が命を捧げると誓った絶対の主君。もう一方は、己を父と慕い、未来を共にするはずだった愛おしき弟子」
彼の視線が、ヒナから、その後ろで見守るカイエンへと移った。
「お前なら。……どちらを選ぶ?」
「…………っ」
ヒナは息を呑み、言葉を失った。 どちらを選んでも、大切な何かを永遠に失う。どちらを選んでも、魂に消えない傷を負う。そんな残酷な二者択一に、即座に答えを出せるはずがなかった。
そして、カイエンもまた、答えることができなかった。
魔剣を手にし、世界のバグを「整理」するために、これまで多くのものを切り捨て、冷徹な最適解だけを選び取ってきたカイエン。 「リソースの無駄」を嫌い、感情を殺して世界を繋ぎ止めようとする彼であっても、アルディウスが突きつけてきた問いの重さには、沈黙するしかなかった。
もし、自分の大切な仲間たちと、世界の存続が天秤にかけられたら。 自分は、どちらを切り捨てるのか。
聖堂を支配する、重苦しい静寂。 アルディウスは、答えられないカイエンたちの様子をただ静かに見つめ、再び聖剣をゆっくりと構えた。背後の黄金の翼が、さらに眩しく、神々しく燃え上がる。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。
また次話でお会いしましょう!




