EP100 信じられなかった私を
「なぜ、そこまで……!」 アイフェリスは、ヴァルドの冷徹な戦闘スタイルに、苛立ちを募らせた。彼女の感情が昂るほど、放つ魔法も強力になるが、ヴァルドは表情一つ変えない。その無表情さが、アイフェリスの怒りをさらに煽る。
「くっ……これならどうです!」 アイフェリスは、大きく魔力を収束させ、天に向かって両手を突き出した。広間全体が震え、天井の氷が軋む。彼女の魔力によって生み出されたのは、燃え盛る巨大な炎の塊。まるで空から落ちてくる隕石のように、ヴァルドの頭上目掛けて猛スピードで落下していく。
しかし、ヴァルドは動じない。彼は、ただ静かに魔剣を頭上へ掲げた。蒼い刀身が、隕石の炎を映し、一瞬だけ、その光を吸い込んだかのように輝く。 ヒュン、と空気が凍りつく音が響き渡ると同時に、ヴァルドの剣から放たれた絶対零度の冷気が、炎の隕石を瞬時に包み込んだ。 ゴウ、と轟音を立てて燃え盛っていた炎は、一瞬にして青白い氷塊へと変貌する。そして、ヴァルドが剣をわずかに振り下ろすと、完全に凍りついた隕石は、音もなく無数の氷の破片となって、床に降り注いだ。アイフェリスの強力な上位魔法が、まるで存在しなかったかのように消滅したのだ。
ヴァルドは、王国軍の軍師でもあった。感情ではなく、常に数字と戦略で判断を下す男。第一騎士ガリウスとは親友であり、情熱的な第二騎士レオナとは、その考え方の違いからよく衝突していた。
王国が崩壊する数年前、彼は誰よりも早く宰相の裏切りに気付いていた。秘密裏に証拠を集め、王へ報告に向かった時のことだ。 ヴァルドは、宰相が敵国と内通している証拠を王の前に突きつけ、静かに告げた。
「陛下、宰相が王国を裏切っています。今すぐ処刑を。」 しかし、王は静かにヴァルドの目を見て言った。
「知っている。」 ヴァルドは、その言葉に驚きを隠せない。
「……ご存知だったのですか。」
「ああ。」
「ならば、なぜ処刑しないのですか!」 ヴァルドの問いに、王はただ一言。
「それでは内乱になる。」 ヴァルドは理解できなかった。内乱を恐れて、裏切りを許すのか?
その後も宰相の悪行はエスカレートしていった。敵国へ情報を流し、食糧庫に火を放ち、国境の砦を売り払い、多くの貴族が宰相側へと寝返っていった。 ヴァルドは、何度も王に進言した。
「陛下、今ならまだ止められます。このままでは王国は滅びます!」 しかし、王は決して動かなかった。
その時、ヴァルドは、本気で怒りを覚えた。感情を見せることのない彼が、初めて激情を露わにした瞬間だった。 「陛下の甘さが、この国を滅ぼす!」 彼は、最後まで王のやり方に反対し続けた。王の甘さが、王国を滅ぼす原因だと信じて疑わなかった。
ヴァルドは、再びアイフェリスへと視線を向けた。その青い瞳は、何も映していないように見えながらも、深い思索の奥底を覗かせているかのようだった。
「宰相を憎むか?」 ヴァルドの問いに、アイフェリスは即座に答える。
「えぇ。」 「違う。」 ヴァルドは、淡々と言い放った。
アイフェリスは、その言葉に疑問符を浮かべる。 「?」
「宰相一人では国は滅ばない。」 アイフェリスは、ヴァルドの言葉の意味を測りかね、沈黙した。
「裏切りを許した貴族。」 ヴァルドの声は、氷のように冷たく、しかし、その奥には、彼自身の後悔が滲んでいるかのようだった。
「欲に溺れた民。」
「見て見ぬ振りをした騎士。」
「そして止められなかった私。」 彼の言葉は、まるで氷の刃となって、アイフェリスの心に突き刺さる。
「全員が王国を滅ぼしたのだ。」 ヴァルドの瞳の奥に、かつて王国が崩壊していく様を、ただ見つめることしかできなかった、彼の絶望が垣間見えた。
アイフェリスは、ヴァルドの言葉を聞き、さらに魔力を込めた魔法を放ち続ける。翠色の魔力弾が、ヴァルド目掛けて幾度となく放たれるが、彼はその全てを、最小限の剣の動きで氷に変え、打ち砕いていく。 「何を言っているの! そんなはずがない!」 アイフェリスは、ヴァルドの冷徹な言葉と、一切の感情を読み取れない表情に、これまでの怒りを爆発させるかのように叫んだ。 「悪いのは、裏切った宰相でしょう! 彼一人が、王国を滅ぼしたのよ!」
その瞬間、ヴァルドの切れ長の青い瞳が、初めて大きく見開かれた。 「違う!!」 今まで感情を見せることのなかったヴァルドが、初めて声を荒げた。その声は、広間の凍てついた空気を震わせ、同時に、彼の放つ冷気が、まるで生き物のように暴れ出す。 ゴゴゴ、と鈍い音を立て、遺跡全体がさらに深く凍りついていく。壁に刻まれた氷の紋様が、まるで血管のように青く光り、床の氷はさらに厚みを増し、ひび割れが走る。カイエンたちは、その異常な冷気に、思わず身を縮めた。 「一人の裏切り者だけで国は滅ばん!!」 ヴァルドは、その白い肌を紅潮させ、激情を露わにした。彼の声には、抑えきれない怒りと、王国を守れなかった自分自身への、深い絶望と後悔が込められていた。
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