第12章:未来へ続く道
最終決戦から、数年の月日が流れた。
宰相ゲルハルトが企てた反乱は、王国に巣食っていた最後の膿を出し切る契機となった。カイルは皇太子として、父である国王を補佐し、見事な手腕で戦後の復興と国の改革を成し遂げた。
そして、私たちの辺境自治領は、かつて誰もが夢見た「楽園」そのものになっていた。
豊かな大地には色とりどりの作物が実り、澄んだ小川が流れる。町は活気に満ち、人々の笑い声が絶えない。そして、森では魔物たちが静かに暮らし、時には人間と協力し合いながら、聖域の自然を守っていた。
私は領主としての役目を続けながら、新たな夢を叶えていた。それは、農業学校の設立だ。
「いいかい、みんな。この土の匂いをよく覚えておくんだよ。作物は、土の声を聞くことから始まるんだからね」
私は、子供たちや移住してきた若者たちに、前世の知識とこの土地で得た経験を教えていた。未来の担い手を育てること。それが、この楽園を永続させるための、私の新しい仕事だった。
フェンリルは、そんな私の傍らで、いつも穏やかな顔で生徒たちを見守っている。すっかり子供たちの人気者で、巨大な体にもかかわらず、良き遊び相手となっていた。
一方、カイルは正式に国王の座に就き、エルミート王国の新たな王として、国民から絶大な支持を得ていた。彼は私の自治領で成功した政策――魔物との共存区画の設定や、持続可能な農業技術の導入――を、王国全土へと広めていった。
彼は多忙な政務の合間を縫って、今でも頻繁に辺境を訪れた。公式な視察という名目だったが、本当の目的が私に会うことなのは、誰の目にも明らかだった。
その日も、カイルは王の正装ではなく、昔のように動きやすい平服で、私の農業学校にやってきた。
「レイナ先生。今日の授業はどうだったかな?」
彼は、生徒たちが帰った後の教室で、懐かしそうに木の机を撫でながら言った。
「みんな熱心で、将来が楽しみよ。……それより、カイル国王陛下こそ、国を留守にしていてよろしいのかしら?」
私が少し意地悪く言うと、彼は困ったように笑った。
「君に会う時間は、どんな重要会議よりも優先されると、法律で定めたいくらいだよ」
「そんな馬鹿な法律、私が領主として承認しないわ」
私たちは、昔と変わらない軽口を叩き合う。
数年前、彼はもう一度だけ、私に復縁を申し込んだことがある。王妃として、隣にいてほしいと。
私の答えは、やはり「ノー」だった。
私たちは、復縁はしない。それが、私たち二人で見つけ出した、最善の形だったからだ。
私は辺境の領主としてこの地で生きる。彼は王国の王として国を治める。それぞれの場所で、それぞれの役割を果たし、しかし心はいつも繋がっている。対等なパートナーとして、互いの国を、そして未来を、支え合っていく。
「そろそろ、丘に行かないか。日が暮れてしまう」
カイルが私に手を差し伸べる。私は黙ってその手を取った。
私たちは並んで、思い出の丘を登る。
頂上から見下ろす景色は、数年前とは比べ物にならないほど、豊かで、美しかった。
「見事なものだな。君は本当に、この荒れ地を楽園に変えた」
「あなたと、フェンリルと……みんながいたからよ」
私たちは、どちらからともなく、隣に座り込む。夕日が、私たちの暮らす楽園を、黄金色に染めていた。
私たちは、夫婦ではない。けれど、これからもずっと、こうして並んで、同じ未来を見つめていくのだろう。
「復縁はしない」
その選択に、一片の後悔もなかった。




