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61. 敬虔な祈り

61. Devout Invocation


「…主よ、我らを護り給え。」


「我らを導く“御方”に栄光あれ」


彼女が最後にそう唱え、集会に赴いた信徒らが静かに続いたところで、お開きとなった。


「素晴らしい…」


敬虔な信徒というのは、こうにも清らかな気分でいられるのだ。


揺れる香炉にうっとりと視線を逸らし、幸せな溜め息を吐いた私は、同じ感嘆に心を洗われたのが、つい昨夜のことであったと気付かされる。


本当は、ヴァイキングの脅威が去った暁には、こんなもの、燃やしてしまえと考えていたけれど。

彼女がこうして輝いている姿を見られるのが、此処しか無いと言うのなら、私にできることは、もっと別の何かにあるのかも知れない。


冒涜の証が邸宅の目の前に建てられたのも、考え方によっては何かの運命なんだ。

私はこうして、いつでも聖女の元へ、足を運べる。


「つい、長居してしまった。」


お帰りにならなくて良いのですかと聞かれたけれど、恥ずかしがる彼女に無理をさせてしまった。

ミサの始まりだけ見届けたら、そっと退室するつもりでいたのだけれど。皆熱心に祈りを捧げる静寂の中で、教会の大扉は、存外に大きな音を立てて開く。結局最後まで、最前列で彼女の言葉に耳を傾けていた。


決めた。此処を特等席にしよう。毎週日曜日、欠かさず礼拝をすると決めた。

一番近くで、敬虔な君の祈りを見守りたい。


2階の通路に、未だヴァイキングの人影があった。彼らが彼女に手出しすることの無いよう、見張っておくことも、私にとって大事な役目だ。


「それじゃあ、忘れずに、調書を送ってね。」


両手を取って彼女に労いの言葉をかけ、私は誰にも聞こえぬよう耳元で甘く囁く。

昨晩の尋問への立ち合いをしたことを示す聖職者のサインが必要なのだ。これがあるのと無いのでは、動きの幅がまるで違ってくるし、たいていの蛮行が、後から幾らでも正当化される。王室からのお咎めが無いことが、今更何の利益にもなるとは思えないが、後ろ盾があることは、後々、私の主に献上すべき要素になり得る。

Fenrir様の興味を惹き続ける為にも、私が率先して行動しなくては。


「なるべく急いで欲しいかな。ヴァイキングを根絶やしにするのは、早ければ早いほど良いからね。」


幾らあっても、足りないかも知れないんだ。次に彼の方をお迎えする頃には、屋敷に勝手に上がり込んだ者たちは、全員済んでいるだろう。


「この協会は、屋敷に配備しているのと同じ階級に属する騎士たちに守られている。きちんと警備にあたっているから、ヴァイキングたちが言い寄ってきても、何も心配しなくて良い。けれど、もし何かあれば、すぐに知らせるんだよ。」


「はい…ご領主様…」


Sebaで良いったら。

そう言いかけたけれど、此処は確かに公衆の面前だった。

立場上、名前で呼び合うのは、二人きりのときだけ。そういう約束。


「それでは失礼致します。良い1日を!修道女様。」


気分は、非常に晴れやかだ。

雨上がりの冷えて湿った空気が、熱った頬を愛おしそうに撫でる。


淀んだ街並みに、緩やかな滅びの予感を感じていた群衆でさえ、

一筋の希望が芽生えつつあることに、気づき始めている。


活気あふれる表通りでさえ、私が闊歩するだけで、皆傍に逸れて道を譲る。


「ねえ…あれって…」


「そうよ!また下々の様子を、見に来て下さったんだわ!」


権力を、恐れているのでは無い。

そう、私はヴァイキングの徒党どもとは違う。


「ああ…ご領主様。ご機嫌よう、本日も麗しい。」


「マルボロの旦那様!こちらでお食事をなさって行きませんか?ちょうどパンが焼き上がったところでございます…!」


私がどのような生還劇を遂げたか、それは既にコンスタンツァ港に居を構える民衆らに残らず知られることとなった。

ヴァイキングによって奴隷として辱められながらも、決して誇りを失うことなく、自らの力で、彼らの将軍を討ち取った。

所謂、奇跡。英雄の所業の中でも、神様のご加護があって始めて成せるそれだ、と。


「ええ、ありがとう。しかし生憎、私用が…お気持ちだけ、頂いておきます。」


「そうでしたか、お忙しいところ、お引き止めして申し訳ない…」


そして彼らの長の身柄を確保したことは、ヴァイキングに報復の類の暴動を起こさせなかった。

彼らは、一切私に、手出しをして来ない。


『ちっ…おい、行くぞ…』


『あ、ああ…』


溜まり場を失った彼らは、寂れた酒場や路地裏、至る所に蔓延っている。その視線は感じつつも。


恐らく、あの闘技場で起きたことが、私自身の力によるものであると信じ込んでいる。であれば束になっても太刀打ちできないと考えるのも、仕方のないこと。

或いは、私を守ってくださる神様が、露払いをしておられるのかも?

しかし裏で、どんな力がはたらいているのかを知らない彼らは、口々に叫ぶ。


救世主だ、と。


「おお…神様に愛されしお方よ。どうかこれに、触れて下さいませぬか。」


道を譲られまいと割り込んできた老婆が震える手で、草臥れた布に包まれた護符を差し出す。


「おお…ありがたや、ありがたや…!!」


地上を治めることに、大した意義は見出せないけれども。

私がこの地位を被っておくことに、どうやら大きな意味が出来始めた。


大いなる意志が。


こんなにも、民の前に姿を晒す領主が、嘗てあっただろうか。

お付きの従者も無く、それでいてお忍びでもなく、白日の元に、堂々と。

余りにも、顔を売る行為が新鮮で、どうして良いか戸惑うばかりではいけない。


マントの隙間から胸に手を当て、勿体ぶった所作で、平伏する群衆に愛を撒く。


「ああ、どうも。ご機嫌よう。」


私も親しみを込めて、応えなくては。

彼らもきっと、距離をいつも以上に近く感じてくれているのに違いない。


眩しい水溜りに目を細め、街道を見上げる。雨はもう、降らないらしい。

では、外出のついで、用事は済ませてしまおうか。


狼の意匠が、必要なので。


我が家系が代々贔屓にしてやっている剥製店だ。港区から外れた、第7管区のはじまりにある。

戻るのは、昼過ぎになりそうか。門前に付けられていた馬車を使えば良かったのだが、街の中で直に顔を愛されたかったのだ。

きっとちょうど良いさ。屋敷もある程度は、掃除が済んで、過ごしやすくなっていると信じよう。


帰りに、もう一度彼女の元に顔を出して、催促をするのも良い。

地下歩道も、勝手が悪い。教会へと、直接繋がっていれば良いものを。

新しく建設されたばかりなのだから、詮なきことではあるが、いっそのこと、マルボロ家で、あれも買い上げてしまおうか。


ヴァイキングの後ろ盾を失い、神父殿も、きっと難儀しているに違いない。

それで、代わり崇めさせる神様として、あの狼の偶像を祀るというのはどうだろう。


うん、悪く無いアイデアだ。

良い兆候に違いない。私は、敬虔さに取り憑かれはじめている。


確かに、私は、人間以外のものを酷く愛してきた。けれど自分がこれほど何かに信心深くなれたことなど、今まで一度もなかった気がしている。

きっとこれも、彼女のおかげに違いない。


外套の裾を翻し、溜め息混じりに私は呟く。


「さあ…Carpe Diem、だ。」


輝かしい世界の到来を、誰もが喜んでいる。





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