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2020/02/22:整合性の調整(コレットを伯爵令嬢にしていた初期設定に引っ張られていた箇所を修正)
翌雷の日、二教科のテスト終えた俺は待ち合わせ場所にしている”大講堂”南側にある玄関の一つに向かっていた。すぐ側で自信に満ちた顔をしたリュシーとコレットに続いて、マルティーナも歩いている。晴れやかな顔しているリュシーとコレットを訝しそうに眺めているマルティーナに、昨日の勉強会の話をすると俺の方を見ながら、それなら自分も参加したかったと悔しがってみせた。
「マルティーナ様、そのように怒らないでくださいませ。昨日の勉強会はわたくしとコレット様で無理を言ってお願いしたのです」
リュシーがそう言って宥めると、ふっと息を吐いてから「仕方ないから許してあげる。次は最初から声を掛けて欲しい」という事を言って、屈託なく笑っていた。
明るいピンクのストレートヘアを揺らしながらコロコロと笑う姿は、初めて会った時の緊張感をまったく感じさせない年相応の女の子にしか見えなかった。
……うーん。エミリーと繋がっていると知った上でよく見ていても、今も以前もここまで自然体で接して来られると、むしろ「本当にアリシアの情報取集をしていたの?」と直球を投げたくなる。もちろん空想するだけで、そんな馬鹿な真似をするつもりは毛ほども無い。
そもそもマルティーナからエミリーとの関係や情報を聞き出す危険性は十分に分かっている。もしも失敗すれば、この世界をよく知っているらしいエミリーという情報源を失う事になる。だから彼女の機嫌を損ねるつもりは無いが、一方的な関係を受け入れるつもりも無い。可能な限り対等な関係を構築しなければならない。
そうで無ければ、元の世界に帰る方法を聞けなくなる。
―――はぁ、どうしたもんかな。
無意識の内に溜息を吐いていた俺を心配するように、三人が顔を覗き込んできた。
少し考え事をしていただけだと言って微笑むと、三人揃って「また体調が悪いのかと思った」と返してきた。
これもおかしいんだよ。いつからアリシアは虚弱体質だと思われているんだろう。そりゃあ一か月半も寝たきりだったからと、心配して貰えるのは本当に有難い事だよ。でもさ、夏休み中に何度も手紙の交換したじゃん? 貴族的な儀礼かも知れないけど、それでも心配し過ぎじゃないか?
流石にテスト期間中に学生棟で自主練習する事は認められないから、自主練習を希望する学生は皆、屋内運動場を予約している。もっともそこまでする学生の絶対数は少ないから、予約の取り合いにはならない。
図書館や植物園と違い、屋内運動場は学生棟や研究棟のある北園にある。だからのんびりとした気持ちで向かうのだが、基本的に学院内で使っている馬車は四人乗りだ。その上ダンスの自主練習だから荷物も多い。だからリュシーとコレット、俺とマルティーナに分かれてそれぞれの側仕えと一緒の移動だ。
マクシミリアンには悪いけど、彼にはまた単独で移動して貰おう。
そう思って集合場所に到着すると、マクシミリアンは何を言ったのかミュラ先輩も待っていた。側にいる三人も、二年生がいる事に驚いていた。
俺達が挨拶するのを終えると、ミュラ先輩は少し困ったような表情を浮かべてから、俺に向き直って言った。
「ああ、アリシア嬢。ご快癒されて良かった」
「ありがとうぞんじます、ミュラ先輩。ですがどうして先輩まで?」
ミュラ先輩は隣に立っていたマクシミリアンを軽く小突くと、笑いながら答えた。
「マックスが、ダンスの自主練習なのに女性が四人もいて、とても一人では務まりそうに無いから、時間が空いてるなら援軍を、とね」
マクシミリアンが情けなさそうな顔をして肩を窄めていた。
あれ? 俺、今日の自主練習ではリードをやるって言ってなかったっけ? おいマクシミリアン。俺はちゃんと言ったよな?
視線から考えが伝わったのか、マクシミリアンは慌てたように言った。
「授業で知っているから本気なのは分かっていたさ。それでもリードが二人では満足な練習が出来ないだろうと思ってね」
「それはそうですけど、ミュラ先輩のお時間を頂戴するような事では無くて?」
「いや、それもそうなんだけど……」
マクシミリアンが語尾を濁らせて誤魔化そうすると、ミュラ先輩は大き過ぎる咳払いをして注目を引くと、声を出して笑いながら言った。
「さっき言った通りさ。ご令嬢四人に男性は自分一人。クラスでは多勢に無勢で、随分と戦況が厳しいらしい。そこで本気の援軍依頼なんだよ。だから許してやってくれないか?」
ウインクしながら言うミュラ先輩を見てると、この人ちょいちょいチャラいなと思わずにいられない。
それにしても、それもそうか。マクシミリアン一人に女子四人でつるむ事増えたもんな。それじゃ男子からの嫉妬もきつくなるかもな。
十三歳で”婚約者候補”のいる世界、それじゃ皆早熟で当然か。そこまで気が回らなかった事を謝ると、マクシミリアンは「男なのに情けないよ」と笑って言った。
いや全然情けなくなんかないぞ? 俺が中学生だった頃は彼氏彼女とかいいなーと冷ややかな視線を送る側でしかなかったから、お前のポジションはむしろ羨ましいだけなんだよ。
だからお前は情けなくなんかないんだ。
しかしそういう体面を意識する事はやむを得ない。
改めてミュラ先輩に今日のダンス自主練習の内容を説明して協力をお願いすると、快く承諾してくれた。
「むしろ勝手な申し出を受けれいてくれてありがとう、皆様。それじゃ早速行こうか」
改めて三台の馬車に分乗して、俺達は屋内運動場に向かって移動を始めた。
時間にして二十分もかからない。
俺とマルティーナは、お互いの側仕えが微笑ましく眺める温かな時間の中で、夏休み中に見たもの、聞いた事、食べて美味しいと思った物など、他愛も無いお喋りをしていた。
すると話題が途切れた瞬間を待っていたように、対面に座るマルティーナが落ち着いた声で言った。
「アリシア様は何も聞かれないのですね」
微笑んでいるものの、その声音には伺うような響きがあった。俺はマルティーナの発言意図が掴めなくて小首を傾げて見せたが、彼女は柔和な表情を浮かべいるが、その明るい翡翠の瞳には試すような色が見えた。
ふむ。俺が、マルティーナとエミリーが繋がっている事を知っていると言いたいのかな。いや、知らなくても疑っているでしょう? ってところか。
いや、これはブラフ? 諸々探って来ているのか? なるほど、それなら……。
すっと息を吸い込んで緊張をほぐしてから、俺は返事をした。
「もしもマルティーナ様が何かお話があるのでしたら、私から聞くのではなく、お話できる時にお話してくだされば十分ですわ」
「あら? それでよろしいのですか? わたくし、何事にも時宜があると学びましたが……」
マルティーナは少し驚いたような顔を見せてそう言った。
俺は他意を含めずに微笑み返して応えた。
「ええ。ですけれど、お友達のお話には時宜はございません。いつでも良いのです」
するとマルティーナは安心したようにほっと一息吐くと、「アリシア様らしいですわね」と呟いた。
俺の返事をどう解釈するかは彼女次第だ。自分達の繋がりを知っていると判断したうえでどう話すのか、それとも知らないと判断して話をするのか。あるいは何も話さないのか。
それは彼女達次第だ。恐らく今日明日のどちらかでマルティーナはエミリーと話をするだろう。
遅くとも明後日の水の日に俺はエミリーと会う。多分その場が答え合わせの場になるはずだ。
窓の外に目を移すと、もうすぐ屋内運動場に到着する頃合いだった。
「わたくし、幼い頃から学友としてエミリーのお傍につく栄誉を頂戴して参りました。ですから、エミリーの為にならない事は絶対に許容出来ませんが、そうでない限りは、アリシア様にご協力する事はやぶさかではございませんわ」
いきなりカミングアウトしてきた!?
驚いた俺が彼女の顔に目を戻すと、いたずらが成功したと言わんばかりに挑戦的な目を向けて口の端を上げていた。ほんのわずかな時間でそこまで話す事が出来るのか。よほどエミリーとの繋がりが堅固だという自信があるんだろう。
同時に、俺にそれを知られても何も問題が無いという事か。スシー子爵は蝙蝠と渾名されていても、娘は随分違うらしい。
「随分と高く評価して頂いてるようで、なんだか恥ずかしいですわ。お言葉に甘えさせて頂けるなら、今日の自主練習、よろしくお付き合いくださいませ」
「ええ、もちろんですわ。ふふっ。アリシア様を高く評価しているのは、わたくしだけではございませんわ。皆様、アリシア様はなかなかのやり手だと仰っていますのよ」
「え? それは一体?」
本筋を逸らすように向けてきた話題が思ってもいなかった方向に驚いて、つい食い下がってしまったが、もう後の祭りだ。開き直ってマルティーナが話すまま聞いていると、言われてみれば確かにそうかも知れないけど、それ本当に俺の話ですか? という内容だった。
普通、令嬢の組む派閥は結婚後の事も見据えて、最上位家格を頂点としてピラミッドを形成する。そしてそれは表立って、五大派閥を跨る事は滅多に無い。例えば伯爵令嬢エミリーに子爵令嬢マルティーナが従っているが、彼女達の最上位者はシャルル・アンリ第二王子の”婚約者候補”であるマリー・シャルロットが外向きには派閥の頂点となる。
もちろん最大派閥は王太子であるジョルジュ・ロベール王太子であり、女性陣の取り纏め役は将来の王妃で無ければならない。
ところが人の心はそれほど単純じゃない。心理的にも現実な利益面、あるいはこれまでの付き合い等々、人はその時々の、自身の思考や感情に忠実でばかりはいられない。
それを懐柔し、あるいは抑え込んでサン=ディアフルーレ王家を支えるのがシャルル・アンリ第二王子とマリーの役割だ。
つまり、普通のディアフルーレ貴族であれば、アリシアは親しくしているマリーを、もっと立てなければならない。
ところが同級生から見ると、アリシアは同じ財務系のリュシーのみならず同意家格とは言え外務系のコレットにまで、誰憚る事無く親しくしている。周囲から見ると俺達三人は明らかに小さいながらも独立した派閥を形成しているとしか見えないそうだ。
そこに派閥とまでは言わないものの、軍務系の子爵令嬢マルティーナやさらにマリー達上位貴族とも懇意にしつつ、あまつさえ軍務系の貴族令息とも親しくしている現状は言わば、型破りに過ぎるそうだ。
実を言うと、その辺りの振舞いや機微もラ・ロングヴィル伯爵夫人からしっかり教育されていた。だからその意味では、ここまで注目されている現状は個人的には不本意だし、伯爵夫人にバレたらまた、あの冷ややかな目で見据えられて縮こまっているところに「アリシア嬢は本当にお可哀想ですわね。その耳らしいものは大きく張り出した皺か何かなのかしら?」と言われるに違いない。あ、はい。言われた事あります。めっちゃ怖かったです。
思い出しただけで背筋に冷たいものが滑り落ちた気がした。友達付き合いまで派閥とか言われると、何に注意すればいいのか分からなくなる。
そのせいかストンと落ち着く事が出来た。
確かに型破りかも知れないが、せめて言い訳させて欲しい。逆ギレにも聞こえるかも知れないけど、誰一人として俺から声を掛けた訳じゃない。あ、いや、リュシーは俺からだったかも?
それはそれとして、少なくともマリーもユージニと言った上位家格の触れちゃいけない連中は、揃って向こうから接近してきたんであって、決して俺からじゃない。
俺の動揺を見て取ったのか、マルティーナはくすりと笑って言った。
「ご安心くださいませ、アリシア様。わたくし、エミリーから伺っております。貴方はそのような方ではないと。ですから、わたくしはそうするように望まれてもおりますので、ある程度まではご協力致しますわ」
なるほどね。エミリーからアリシアをフォローするように言われてると。
ここは乗っておく方がいいと思って感謝の言葉を口にすると、マルティーナは表情を引き締めて言った。
「エミリーの一番の友達はわたくしです。ですからエミリーが望みなので貴方に力を貸すのです。その意味はお分かりいただけますわね?」
俺は黙って頷いた。
自分のバックは将来の”第二王子派閥”で重鎮となるエミリーがいると言うのと同時に、エミリーに敵対しない限りは協力するけど、エミリーから敵対しても一緒に敵になるってか。もしかしたら単純に、最近エミリーに接近してるアリシアへの警告とか?
うわー怖ーい。
でもねマルティーナ。脅しは相手にとって脅威になって初めて効果があるんだぞ? 今の時点でそんなに圧迫してきても殆ど意味無いぞ。
少なくとも俺には、マルティーナが繰り返し言って来る”協力”の意味もメリットも分からない。
ただし、何らかのマウントを取りに来ているこの現状は悪くない。真意は別にして、エミリーがマルティーナに『アリシアに協力しろ』と言った事は分かった。そしてマルティーナもエミリーの指示に従うと言っている。そこにアリシアとしてのデメリットは無い。彼女達の、いやエミリーの真意を知るのが先決だとはっきりした。
だったら今は乗っておこう。この流れを断ち切っても意味は無い。
俺は、マルティーナの緊張を解すように小さく微笑んでから答えた。
「ええ、もちろん。マルティーナ様のご助力を得られるなんて、とても心強いですわ」
俺の返事に満足したように、マルティーナは何度か小さく頷いてから言った。
「それで、エミリーと何度も会っているようですけれど、どんなお話をされたのかしら?」
あれ? やっぱり友達取られたと思ってるだけなのか? ええー?
「お嬢様。そろそろ到着致します」
何て答えたものかと思っていたら、会話を打ち切らせるようにマルティーナの側仕えが言った。本当にそれを合図にしたように、馬車は次第に速度を落としていった。
外を見て残念そうな顔をしたマルティーナは、気持ちを入れ替えたようにいつもの顔を見せて言った。
「あら、そうね。では今は、ダンスの練習に集中致しましょう。アリシア様も、ね?」
「ええ、マルティーナ様。その通りですわね」
いやぁ、やっぱりこの子、蝙蝠の娘だわ。さっきまでと学院での普段との、軽やかな切り替えに舌を巻く思いだ。
蝙蝠とは言え、この子はエミリーの立つ側に一緒に居ると決めた、真っ直ぐで可愛らしい蝙蝠だ。
さて、そのエミリーは昼と夜のどっちに立っているんだろう。
そんな事を考えている間に、馬車は屋内運動場に到着した。
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