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カフェテリアに移動した俺達はそれぞれ好きなお茶と、女子はぶどうやリンゴ、いちじくと言った季節のフルーツに生クリームをたっぷり使った甘めのケーキを選び、一人だけ男子のマクシミリアンは栗のモンブランを選んだ。
モンブランを注文した時、この世界にもあるのかと軽く驚いていると、マクシミリアンは少し照れたような表情で「甘さが控えめだから好物なのだ」と言ってきた。別に何か突っ込みたかった訳じゃないし、好きな物は好きなように食べればいいじゃないかと思うんだが、男の子も貴族令息になると色々あるんだろう。俺は同意を含めた相槌を打ちながらケーキにフォークを入れた。
頭を使った後の甘い物って美味しいんだよな。社会人になってからお菓子を持ち込んで食べる同僚も多かったけど、間食が習慣になるのが怖くて俺はほとんど食べなかった。偶に旅行土産や頂き物を分配されると、その時だけ食べるくらいだった。
「アリシア様が快癒なさって、本当に良かったですわ」
もう何度も繰り返し回復を喜ばれると、何か意味があるのかと考えたくなる。見ている限りではもちろんそんな気配は全く無い。純粋にアリシアの回復を喜んでくれているだけに見える。
ただ、いつまでも何度も言われてもお礼のバリエーションにも限界もあるし、そろそろ別の話をしたい。
「リュシー様、そんなに何度も……。でもありがとうぞんじます。本当に皆様にはご心配をお掛けしましたが、すっかり元気になりました。そう言えば、留学生の皆様はテストもAクラスの方々とご一緒だったのでしょうか?」
露骨に話題を変えると、リュシーはお祝い事だから何度繰り返してもいいと訳の分からない事を言ってから、頷いて教えてくれた。
留学生達もAクラスと一緒かどうかまでは分からないが、別室でテストを受けているそうだ。まぁ、色々やらかしてからの留学だから公的には保護対象だし、そういう対応は当然だろうな。
納得しながら頷いていると、リュシーはふっと小さく息を吐いてから言った。
「ですが、ウィルヘルム王子殿下とヒルデガルド様には、少々良くない噂が立っていますわ」
何の話かと小首を傾げていると、リュシーはコレットの方を向いて頷いた。ますます訳が分からなくて二人の顔を交互に見ていると、コレットは赤みがかった黄色の髪とぽわぽわとした優しい顔つきから普段のお人形さんのような可愛らしい少女から、目元に力を入れた鋭い目つきと口元もぐっと引き締めて別人のような様子を見せながら話を引き取った。コレットもしかして何か覚醒した?
「周囲の話を総合すると、お二人とも随分と奔放に過ごされているようですわ」
その言葉で口火を切ると、コレットは自分が見聞きした事に彼女なりの考察を加えた話をしてくれた。
まずウィルヘルム王子だが、夏休みまではけ結構大人しくしていたようだが、休みに入った途端に外交使節の役目をどんどん後回しにして、シャルル・アンリ第二王子殿下に狩りだなんだと引っ掻き回していたそうだ。流石に自国に近いディアフルーレ東部の貴族が参加する食事会や舞踏会には出席したのだが、余りに東部偏重に過ぎるとゾンネヴァルトの公使が諫言すると、今度はへそを曲げて一切出席しなくなったと言う。
うわぁ、そのゾンネヴァルトの公使さん、無茶苦茶胃痛に悩まされていそうだ。ウィルヘルム王子って本当にバカみたいだな。自国に近い外国貴族と接近するなんて、ゾンネヴァルトから見たら兵を募るにも近い不穏な活動に見えてしまう。
マジで? と聞き返しそうになるのを堪えながら真偽を問うと、残念ながらと言いながらコレットは頷いて返した。うわぁ、マジなんだ。
呆れてしまって思わず溜息を漏らすと、コレットは更に続けた。
「問題は、数は少ないのですが東部のご令嬢と随分親しくお話なさるようで……その……」
急に頬を赤らめたコレットが言い辛そうにしていると、リュシーが竹を割ったようにあっさりと言い捨てた。
「噂ですけれど、何人かのご令嬢は随分とお近づきになったとか、まだなっていないとか。呆れて物が言えませんわ」
「はぁ!?」
おっと声が出た。手で口を抑えながらホホホと誤魔化すと、三人とも「そりゃ驚くよね」と言わんばかりの微妙な笑顔で流してくれた。
学院の女子生徒だけじゃなく、王立エクセルション学園に通っている下位貴族のご令嬢にも手を伸ばしているらしい。何しにディアフルーレに来てるんだよ!? 留学って勉強しに来る事なんじゃないのか? それなのに何ナンパしてんだよ……。てゆーか、”婚約者候補”のヒルデガルドは何してんだ?
「私も聞いているよ。父上やアルベールの兄上、他の友人が話していた事を総合すると何人かは誤解や勘違いのようだけど、そうでないらしい方もいるようだね」
ため息交じりでマクシミリアンが言った。
あり得ない。厳重な警護を受けている他国の王子がどうやって逢瀬を楽しむんだよ。てゆーか、そんな火遊び危険すぎるだろ。大人は何やってんだよ! 相手は十三歳の小僧だぞ?
いやいや、そもそも十三歳の少年少女の会話か、コレ?
驚いて辺りを見回しても後ろで控える側仕えは渋面を浮かべてはいるものの、誰も会話と止めようとしていなかった。ただ、リリエンヌ一人だけは俺を見て、がっかりしたような顔をしていた。
なんだよリリエンヌ。お前その顔どういう意味だよ。
さらにマクシミリアンは自分の耳に届いた話をしていた。例えば食事会や舞踏会では、格式に応じて主催者の家臣だけじゃなく、王宮騎士団の団員や軍務系貴族の成人も警護に就く。しかし対象がウィルヘルム王子のような若年であれば、研修を兼ねて同世代の学生が側に付く事も珍しく無いそうだ。
実際にミュラ先輩は警護に駆り出された結果、マクシミリアンに「連中は何しに来ているんだ」とぼやいたらしい。
うん? 連中? 範囲広くないか?
「アリシア様。実はヒルデガルド様にも同様の噂が立っております」
訝しんだ気持ちが顔に出ていたのか、何とか持ち直したコレットが声を潜めながら言った。
最初は彼女の言う意味が飲み込めなくて、目を見開いてコレットの顔を見ていたらリリエンヌが咳払いで窘めてきた。
実はヒルデガルドはヒルデガルドで、ウィルヘルム王子に負けず劣らず盛大にやらかしていた。
学院では、艶のある銀髪を日ごとに結い方を変えて人目を惹いては、深く紅いルビー色の瞳を潤ませて視線を送るそうだ。すると相手が男性なら、母国を離れ寂しい思いをしている所に婚約者候補の悪い風聞ばかり聞かされてはさぞ辛いだろうと庇護欲を刺激するようだし、女性であっても同じように同情もしていたらしい。
ところが時間が経つにつれて、上位貴族の子息に限って秋波を送っていたに過ぎなかったのではないかと噂が流れだした。事実、三年生やジョルジュ・ロベール王太子の周囲にいる将来有望な男子がヒルデガルドからお茶会に誘われて、何人かはのこのこと参加したらしい。そして、ヒルデガルドと親密になったとか、ゾンネヴァルトに接近したと風聞が出始めると、特に女性は彼女を見る目が変わった、と。
陰口叩かれるとしても基本的には自滅だから同情する気にはなれなかったけど、ミシェルの兄ちゃんことクロードの名前が出てくると、あそこの兄弟は弱り目に祟り目だなと少しだけ同情した。
「それだけとは言えないでしょうけれど、留学生のみなさまを暑い王都にお留めするよりも王家の避暑地で過ごされる方がいいでしょうと、第二王子殿下が案内されて……」
なるほど。
まぁ、自分の側近に手を伸ばされた形のジョルジュ・ロベール王太子に相手をさせるというのは、流石に業腹か。マリーの手紙に何度かあちこち行けて嬉しいわと書いてあったけど、やっぱり迷惑しているってサインだったんだな。大変ね、お疲れ様という内容の返事を送っておいて正解だった。
それにしても本当にゾンネヴァルトの連中は何しに来てるんだろうね。
油断していたのか思っていた事がするすると言葉になっていて、三人ともくすりと笑ってから「本当に」と同意していた。
すっかり冷めてしまったお茶を淹れ直して貰っていると、後から声をかけられた。
「やあアリシア嬢。南園で会うなんて奇遇ですね」
四人揃って声の主を探すと、そこにはジャン・ポールとミシェルが側仕えを連れて一緒に立っていた。
二人とも制服姿じゃなかった。ジャン・ポールは黒のベルベットを使ったAラインの燕尾服に襟元は白いスカーフにボリュームを持たせていて、胸ポケットの入れたヴォージュ侯爵家の貴色である朱色のハンカチが目立っていた。ミシェルはダークグリーンの膝まである長いジュストコールに貴色である完熟したレモンの皮のようなみずみずしい黄色のクラバットを巻いていた。
多分プライベートなんだろう。雰囲気もリラックスしていて、青年に成長しつつある少年が持つ将来に何の不安も無い溌剌とした明るさは学院で見た事の無いものだった。
とは言え相手は侯爵令息。俺達は優雅さを忘れずに一斉に立ちあがってジャン・ポール達に挨拶した。
「不意に声を掛けて失礼しました。南園なのにみなさんが制服姿なので、どうしたのかなと」
挨拶を交わすとジャン・ポールはすぐに、好奇心から声を掛けたと弁解してきた。
確かに貴族の礼儀としては、不意打ちのように声を掛けるのは結構拙い。本来は俺達が彼らの接近を察知して誰が来たのか確認した上で挨拶の準備を整える。ここまで出来たらジャン・ポールが声掛けをして挨拶を交わすのが本来の姿だ。気付かなかった俺達も不意に声を掛けてきたジャン・ポールも、どちらも無作法と言う意味ではどっこいだった。
だからお互いに誤魔化すように話を始めていた。
ジャン・ポールが話すには、ミシェルと一緒に図書館から帰る途中ちょっとお茶をしようとカフェテリアに来たら、見知っている俺の姿を見掛けてつい、だと言う。
そういう事ってあるよな。これが元の世界だったら「なにしてんの?」で済むところなのに、この世界は本当に面倒くさい。
立ち話もなんだからと二人に席を勧めると、ミシェルが窺うような視線を送ってきた。
そう言えば狩猟大会でぶっ倒れて以来、この二人には初めて会うな。ミシェルににこりと微笑んでみると、彼はハッと驚いたような素振りを見せて顔を背けてしまった。なんじゃいな、こいつ。
―――まぁいいや。
思考を切り替えた俺は、席に着いた二人にリュシー達を紹介させてくれと頼み、改めて順番に挨拶を交わしていた。
「なるほど、みんなで教え合う勉強会ですか。それは楽しそうですね」
「はい。ヴォージュ様。アリシア様が提案してくださいまして、わたくし達も学生同士で教え合うなんて初めてでしたけれど、とても楽しく勉強出来ましたのよ」
ジャン・ポールの問いかけにリュシーがそう答えると、隣にいたコレットはうんうんと頷いていた。
そうか、勉強会とかしないのか。初めて知った……。
するとマクシミリアンが「魔力操作の解説を伺った時にも思いましたが、アリシア嬢は時折奇抜な提案をされるのです」と言いながら上品に笑っていた。
ジャン・ポールは何か心当たりがあるのか含み笑いを漏らすと、面白い物でも見るような目つきを向けてきた。それに小さく苦笑してお茶を飲んでいると何か視線を感じた。
カップを戻しながら探ると、ミシェルが俺の顔を見ていた。視線が合ったから小首を傾げて見せると、顔を赤くして俯いてしまった。なんだよお前。何か言いたい事あるなら言えよ。
「しかしウジェニー・フィリスには話せないな。きっと自分も参加したかったと言うだろうからね」
ジャン・ポールはそう言いながら俺に顔を向けてきた。
貴族らしい穏やかな笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。ついさっきまでと違い、むしろ敵愾心すら感じられる目だった。
なんでこんな目で見られなければいけないのか混乱していた俺は、一つの事に気付いた。
愛称で呼んでいないのか? あー、もしかして愛称で呼び合っているのが気に入らないとか?
だとしたら意外と年相応な部分があるんだな。
少しくらいフォローしておいた方がいいと思った俺は、満面の笑みを浮かべてからジャン・ポールに言った。
前にリリエンヌが教えてくれたポーズその二だ。ほんの少し背を反らせるようにしつつ身体を前に出す。そして小首を傾げて微笑みかけるんだが、下品にならないギリギリまで歯を見せてもいいと仕込まれた。
「同性ですから気安いのかも知れませんわ。でも、勉強会は大人数には向きませんし、そもそもウジェニー・フィリス様は優秀ですから、そのような場を必要とされないとぞんじますわ」
「そう、かも知れませんね」
この時、両手をテーブルについて上体を前に押し出す。
反らせつつ前に押し出すとか今でも本当に意味が分からない。分からないけどやってみたら、ジャン・ポールは俺に合わせて仰け反って、ちょっと照れたような顔を見せた。
その目には、さっきまで浮かんでいた抑えきれない感情は無かった。
おや? これは良かったんじゃないか? リリエンヌの謎先導もたまには役に立つな。少なくともジャン・ポールは、自嘲するような吐息を吐いている。
その時、乱雑に扱われた事に抗議するように、ぶつかり合う陶器の高い音が響いた。
一つはリュシーで、頬を膨らませて怒っているようだ。何に怒っているのか分からないまま視線を移すと、もう一つはミシェルだった。
口をぱくぱくと動かしている様子を見た俺が、だから言いたい事あるなら言えばいいのにと思っていると、ミシェルは一瞬俯いてから言った。
「僕は先に失礼させて貰う。ではまた明日」
俺達もジャン・ポールも呆気に取られていると、困り顔でミシェルとこちらを忙しく見ながら側仕えが着いて行った。その困りながらも狼狽する滑稽な姿で正気に戻った俺は、ジャン・ポールに「あの?」と声を掛けると、彼もブルルと頭を振って「大変失礼した。ではまた」と言い残してミシェルを追いかけて行った。
またと言われても、君らAクラスだからテスト期間中は会わないじゃん?
「一体何だったのでしょうね?」
残された俺達は何だったのだろうかと共感が欲しくて、頬に手を添えながら言うと三人三様に大きく溜息を吐いて顔を見合わせていた。
おい、共感は? 共感はまだか? と焦っていたら、リュシーがわざとらしく頭を振ってから言った。
「全部アリシア様のせいですわ」
ごめん。マジで意味分かんない。
なんでと言う顔をしたら、三人とも残念な物を見るような顔をして俺を見返していた。
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