2-44
いつもお立ち寄りありがとうござます。
始めましての方もありがとうございます。
おかしい。予定していたところに辿り着かない。<無計画だから
テストが終わった水の日、リュシーに誘われた俺とコレットは南園にある植物園に来ていた。彼女は予めマルティーナとマクシミリアンにも声を掛けていたけど、それぞれ所用があると丁寧に断ったそうだ。それを聞いた俺は残念だという表情を浮かべて応えたものの、心は酷く凪いでいた。
マクシミリアンの所用は察しがついた。きっとダンスの自主練習に付き合わされたミュラ先輩に呼ばれたんだろう。昨日も「テスト終わりはもっと楽しめると思っていた」と言って肩を落としていたから、ミュラ先輩じゃないとしても、軍務系貴族に先約を獲られていたんだろう。
そしてマルティーナは、もしかしたらエミリーと合流するのかな。合流するのかしないのか。したとして何を話すのか……。
……それを今考えても意味は無いか。
例え意味が無いと分かっていても、頭の中をぐるぐると回って離れない。思い浮かぶ選択肢に漏れは無いのか。もしも俺が想定していない反応が来たらどうするか。
あと数時間後に分かるはずの事で頭と心が一杯になる。
「ねぇアリシア? 聞いていらっしゃいますか?」
不意の呼びかけに気付かないのは貴族令嬢として結構な失点だけど、思わずハッと顔を上げた。そこには訝しそうに俺の顔を覗き込むリュシーとコレットがいた。あちゃー、出口の無い思考の迷路に嵌っていたようだ。
ちゃんと気持ちを入れ替えないと。
「ごめんなさいね、リュシー。テストが終わって気が抜けたみたい。コレットもごめんなさいね」
植物園に向かう馬車の中で、お互いに様付けするのはやめようと提案すると、二人は目を丸くして驚いてから、嬉しそうに微笑んで承諾してくれた。元の世界基準だと勿体ぶった話でしかないけど、この世界では苗字で呼び合う事から始めて、名前で呼び合い、その後様付を省いたり愛称で呼び合ったりと、段階的に親密さをアピールしていく。ラ・ロングヴィル伯爵夫人にそう習っていたのに、ユージニ達が階段飛ばしのようにポンポンと距離を詰めてくる方がおかしいんだよ。それこそ常識的にはあり得ない。
その点リュシー達は俺の申し出に驚きながらも嬉しそうにして、馬車の中で名前を呼び合ったりしていた。やっぱり本来ならこれだよなと思いながら和んだよ。
そこまで思い出した俺は、改めて辺りを見回した。
この植物園、正しく植物園だった。大小いくつかの建物で構成されているが、中でも最大のドームには壁や天井は透明なガラスがはめ込まれていて、巨大な温室になっている。その中には多種多様で色とりどりの植物が植えられていて、女性で無くても目を奪われるに違いない。
ただなぁ、ヤシの木とかサボテンとか、なんでここにあるの? って植物が多い。元の世界なら東南アジアやアマゾンに生えていそうな原色の花々や木々まで植えられているのには、正直どうかと思う。特に小さ目の池でピンクや赤、紫と咲き誇る蓮の花を見た時、リュシー達は綺麗だ幻想的だとキャーキャー言って喜んでいたけど、俺はあまりのごった煮感に驚きを隠せなかった。
いやね、ゲーム世界だとすれば俺だっておかしくはないと思うよ。魔法だってあるんだから、今更原産地とか植生とかうるさい事を言う気は無い。ただそれでも、どこから運んできてるのかなという、素朴な疑問は拭えない。
様々な木々と花を見ていたら、ふとマルティーナが言った事を思い出した。
―――「リュシー様にコレット様、それにマクシミリアン様にミュラ様。そこに加えてシャルル・アンリ第二王子殿下達の”婚約者候補”の皆様。アリシア様がどうお考えかとは無関係に、皆様アリシア様をかなりのやり手と仰っていますわ。どちらの意味かまでは存じませんが……」―――
どちらの意味、か。本当にお貴族様って面倒くさいな。家格を考えたら、たいした力も無いと思うんだけど、五大派閥を跨いで繋がりを持つ俺が、第二王子派閥に接近しているようにしか見えないって事か。なんかなぁ、元の世界みたいに”友達沢山できて良かったね”でいいじゃんか。本当に面倒くさい。
気持ちを切り替えようと、改めて花や実を見てはリュシー達と話をする。レイシやスターフルーツまであって驚き続けていたら、二人とも「珍しいですものね」と笑っていた。
少女三人が楽しそうに会話するのを眺める側仕えは、それぞれトランクに似た保温の魔道具を持って後ろについて来ていた。
石造りの順路を進んでいくと、青くて大きな勾玉のような形をした花の房をぶら下げた木を見上げながらドームから出て、つらつらと移動すると少し趣向の違う一角に辿り着いた。
ディアフルーレの庭園は例えばヴェルサイユ宮殿のように、樹々や池などが対称的に配置された整然とした庭園が基本になっている。
ところが俺達が辿り着いた一角は、自然に出来た池の畔に伸びた樹々を活かしつつ真っ白な東屋を建てていて、ディアフルーレ感が無いと言うか外国の雰囲気を帯びていた。
リュシーが「まぁ、こういう趣向もあるのですね」と興奮したような声をあげると、コレットは「あのような東屋はありませんが、領地を思い出しますわ」と言って馴染みのある風景を見て和らいだ表情を浮かべていた。物珍しさとガチガチに設計したディアフルーレの庭園にない雰囲気のせいか、二人とも少しだけ浮足立って見える。
俺にしてみると、日本式というかイギリス式というか、自然との調和を意識したスタイルは記憶に残っているから、この風景はどちらかというとストンと馴染めて落ち着く。
池には蓮の花と水鳥がぷかりと浮かんでいて、ここが学院内の植物園だと分かっていても牧歌的な光景にうっとりしてしまう。俺もリジューの領地を巡視する時とか、小川の近くやあまり人の手が入っていない林を見るとほっとしたもんな。徹底的に整備されたディアフルーレの庭園もいいけど、何気ない風景もやっぱりいいな。
いつの間にか俺を挟んで、三人で手を繋ぎながら歩いているとリュシーが空いた手で東屋を指差しながら言った。
「アリシア、東屋で少し休みません?」
「ええ、コレット。少し休みましょう」
そのまま三人で手を繋ぎながら歩く。我ながら慣れたモンだと自画自賛していると、東屋の中で人影が動くのが見えた。俺達がおやっと目を向ける前に、三人の側仕えがそれぞれの主の前に飛び出した。
「お嬢様、わたくしの後ろに……」
リリエンヌが俺を庇うように前に立ってそう言った。リュシーとコレットの側仕えも同じように保温の魔道具を構えて主を守ろうとしている。だけど、身体強化の魔法を使っているのはリリエンヌだけで、リュシー達の側仕えは文字通り身を挺して主を守ろうとしていた。
東屋の人影は横になって休んでいたのか腕を高く伸ばすと、こちらに聞こえるように欠伸をして見せてから、ゆっくりと出てきた。
陽の光を浴びながら出てきた人物を見た俺達は、一斉に上位者への姿勢を取って挨拶を許されるのを待った。
「ふぁぁあ。いい気持ちで寝ていたのに、何の用だ?」
まさかコイツがいるなんて、全くの想定外だ。しかも一人きり? お付きはどこにいるんだ!?
ってゆーか、何してんだよお前は! おい! ウィルヘルム王子!!
二人とも完全に萎縮していて、今のが挨拶を促しているとは気付いていなかった。どうしたもんかと考えている間に、ウィルヘルム王子から刺々しく苛立った感情が感じられるように思えた。
仕方ない。俺が行くか……。
二歩ほど前に出てスカートの端をつまみ、低く腰を落とす。アレコレ聞いているしコイツのせいで面倒が起きた事も知っているけど、それでもなお、隣国の王子様だから礼を失する訳には行かない。
「初めて御意を得ます、殿下」
ウィルヘルム王子は荒っぽくフンと鼻を鳴らしてきた。多分挨拶を許されたんだろう。そうじゃなかったとしてもここで止める事は出来ないから、無理やりそうだと解釈して挨拶を続けた。
「私はディアフルーレ王国のリジュー子爵の娘、アリシアと申します。私達は学院の一学年の生徒でございます。以後、お見知りおきくださいますよう」
「面を上げよ」
言われるままに顔を上げて微笑むと、ウィルヘルム王子は怪訝そうな顔をして俺の顔をまじまじと見ていた。
いや、失礼だから! 元の世界でも初対面でそんな顔するの失礼だから!
しかも上から下まで舐めるように見るのは、失礼過ぎるだろ!
コイツ、本当に王子様なのかよ?
俺の驚きを気にも留めずに明るい色の髪をかきあげると、ウィルヘルム王子は腕組みして言った。
「お前がアリシア? ふぅん」
本当になんなんだコイツ。あれ? もしかして俺、今喧嘩売られてる? 段々と腹がムカムカしてきたぞ?
「お久しゅうございますわ、殿下。コレット・ド・ロクテュールにございます」
すぅっと風が流れるようにコレットが挨拶すると、ウィルヘルム王子は深い緑色の瞳が浮かぶ目を細めて小さく首を傾げると、思い出したと声を上げた。
「おお、ロクテュール嬢、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。お父上もお元気かな?」
「はい殿下。クラスが違うとはいえ、ご挨拶が遅れまして申し訳ございませんでした」
「いや、気にする必要は無い。俺も自由になる時間が乏しくてな。ロクテュール嬢が気に病む必要は無い」
思わずリュシーと見交わしてしまったが、どうやらコレットと問題児は旧知の仲らしい。
改めて挨拶を交わした俺達とウィルヘルム王子は東屋に入って歓談する事になった。
コレットによると、ウィルヘルム王子が前回ディアフルーレに来た時に、コレットのパパが受け入れのメンバーとして対応していたそうだ。その縁で直接見知っている間だそうだ。
俺達は側仕えが用意してくれたお茶を、ウィルヘルム王子はコレットの側仕えが淹れたお茶を前に歓談が始まった。
丁度テスト後だから当たり障りない話題が授業や成績と言った、何とも言えない微妙な話題から始まったものの、ウィルヘルム王子は自然と、この植物園の話になった。様々な植物を集めた学院の植物園を褒める内容から、その利用者数に話題が移っていった。
「あまり学生が来ないから気に入っていたんだが、意外と来るんだな」
そう言ったウィルヘルム王子は遠慮なしに俺とリュシーを交互に見ていた。するとコレットは楽し気に、わざと抗議するような口調で返した。
「まぁ、殿下。それはあまりというものですわ。わたくし達だってお花を愛でるのですよ?」
「そうか? 俺はここがゾンネヴァルトの庭園に似ているからよく来るが、ほとんど学生を見ないぞ?」
「テスト前やテスト期間でしたから、そうかも知れませんわね」
「いや、そんな昨日今日の話じゃない。少なくとも、やる事の無い時は大抵ここにいるから俺は知っているぞ?」
「あら殿下ったらそのような。そのように花を愛でていらっしゃるとはぞんじあげませんでしたわ」
「ふんっ。うるさい花は嫌いだ」
「ええ、ぞんじておりますわ」
口元に手を添えてコロコロと笑うコレットを見た俺は、率直に感動していた。
コレットすげぇ! ウィルヘルム王子相手にテンポよく会話する姿は、外務系貴族令嬢の面目躍如だね!
リュシーも同感のようで、驚きを必死に抑えながら微笑んで会話を聞いていた。
「ヒルデガルド様もお花がお好きだとか。ところで、ヒルデガルド様はどちらに?」
コレットがそう言うと、ウィルヘルム王子は不快を隠そうともせずに言い捨てた。
「ここではないどこかにいるだろう。シャルの婚約者候補が付いているだろうから、心配はいらない」
「左様でございますか。ですが、よろしいのですか?」
そう言ったコレットに、口の端を吊り上げて面白そうな物を見るような目をしたウィルヘルム王子は、頬杖をつきながら言った。
「数年会わなかっただけで、ロクテュール嬢は随分と上手になったな」
「お褒めいただきまして光栄ですわ、殿下」
うーん、コレットがコレットとは思えない。こんなに肝が据わってたっけ? それとも旧知の間柄だからか? 少なくとも今のやり取りで、ウィルヘルム王子があちこちの貴族令嬢に手を出しているという風聞は、かなり誇張されたものだと分かった。
あれ? だったらこないだコレットが話した事は一体? どういう事だ?
無意識にコレットに目を向けたら、俺の視線に気付いたウィルヘルム王子もコレットを見ていた。
コレットは傾けていたカップを皿に戻すと、何気ない口調でウィルヘルム王子に言った。
「殿下、ご注意くださいませ。風はいつも涼風ばかり運ぶ訳ではございません」
「ふむ。多少は耳にしていたがな。しかし忠告には感謝しよう。お父上にも、俺が感謝していたと伝えて欲しい」
恭しく頭を下げるコレットを見た俺は、この場じゃなければ拍手を送っていただろう。
「ところでアリシア嬢。俺としては其方に興味があるのだがな」
「え?」
無防備だったのは仕方ない。いきなりこんな直球振られて、どう対処しろと?
それすら面白がるようにウィルヘルム王子は続けた。
「シャル達が必死に遠ざけるからな、俺としては”光の魔法適正”持ちに興味を持たざるを得まいよ」
見ようによっては自信に溢れる笑みを、俺としてはニヤついた嫌らしい笑みを浮かべながらそう言うウィルヘルム王子には、とても親近感を抱けなかった。
自然と握った手を胸元に当てていると、いたずら小僧に注意するようにコレットが言った。
「殿下。悪ふざけはお止めくださいませ」
「ふざけてなどいない」
「猶の事なりません。遠雷をお聞きにならなかったのですか? それに、アリシアはわたくしのお友達です。お友達にそのような無体はご自重くださいませ」
眼差しも口調もきつく言ったコレットを三人とも驚きながら見ていた。だがウィルヘルム王子はその意味を十全に理解したようで、すぐに渋い表情に切り替わっていた。
三人の視線に気付いたコレットは顔を真っ赤にして俯いてしまった。それを見たウィルヘルム王子は、高らかに笑いながらコレットに詫びると、俺にも詫びてきた。
「済まなかったな、アリシア嬢。ふざけたつもりは無いが、ロクテュール嬢に叱られてはやむを得ない。今日の所は引き下がるとしよう。ロクテュール嬢、美味いお茶をありがとう。それでは失礼する」
言うやいなや席を立つウィルヘルム王子を慌てて見送ろうと立ち上がると、何か思い出したように振り返った王子が言った。
「其方の側仕えは魔法も使えるのだな。ますます興味が湧いたぞ。アリシア嬢、また会おう」
三人揃って腰を落とし、ウィルヘルム王子の気配が感じられなくなった瞬間におずおずと顔を上げて十分な距離を取ったと確認すると、揃ってリリエンヌに注目した。リュシーとコレットの側仕えも注目している。
魔法が使えるという事は貴族だ。下位貴族が上位貴族の使用人になる場合もあるが、基本的に使用人とは平民が就く職業に過ぎない。しかし子爵家の使用人に貴族が就くというのは非常に珍しい事だ。だからリュシー達はリリエンヌに注目しているんだろう。
なんかごめん。こいつ貴族なんじゃなくて自称”光の妖精”なんだよ。
もちろん言えるはずも無いから俺も黙って見ていると、リリエンヌは眼鏡をついっと上げながら「魔力を感じたので身体強化の魔法を使っただけです」と、事も無げに言い放っていた。
半ば呆れた乾いた笑いをあげたリュシー達が言った。
「アリシアの側仕えですものね」
ちょっと待って。それどういう意味!?
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