第8話 冒険者ギルド
アイリとユラが扉を開けると、数人がこちらを振り返る。
いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう冒険者たちの鋭い眼光に、自然とユウマの身体が強張った。アイリたちから離れないよう、二人の背中にぴったりとついて進む。
「おう。アイリにユラじゃねぇか。元気にやってるか? お前ら」
男が木製のジョッキを片手に、こちらに声をかけてくる。
「昼からお酒ばっか飲んでると体に悪いわよ」
「はっ。違いねぇ」
そう言って男が豪快な笑い声を上げると、それにつられるように笑い声がギルド中へ広がっていった。アイリはわざとらしくため息をついてみせるが、どこか楽しそうだった。
一瞬こちらに視線を向けたほかの冒険者たちも、いつの間にか仲間たちとの歓談に戻っていた。
受付にいる黒髪の女性が、こちらに気づき、にこりと笑顔を向けてくる。
「アイリちゃん、ユラちゃん。こんにちは」
眼鏡をかけた知的な顔立ちの美人で、艶のある黒髪は背中まで真っ直ぐに伸びている。そして何より目を引くのは、髪の隙間から覗く特徴的な長い耳だった。
その耳を見た瞬間、ユウマの頭に真っ先に一つの言葉が浮かぶ。
(エルフだ……!)
「エルフだ……!」
心の中で呟いたつもりが、そのまま口に出てしまった。慌ててユウマは口を手で押さえる。
「あら、今日は可愛い新入りさんも一緒?」
「こ……こんにちは」
「こんにちは」
ぎこちない挨拶をするユウマに対しても、お姉さんはふふっと柔らかな笑みを返してくれる。
「なによ。らしくないわね」
アイリが怪訝そうにつぶやく。
「ごめんね。見た目が怖い人が多いから緊張しちゃうよね」
彼女は、ユウマを気遣うような一言をかけてくれる。
優しくて美人のお姉さんか……。それに何といっても、エルフである。
少し癪だが、今回ばかりはユミルへの感謝を心の中で呟く。
「いえ。あまりに綺麗で見とれてしまっただけです」
「あら。お上手」
口元に手を当てる仕草がまた上品で、まぶしい。ぜひともお近づきになりたい。
「ちょっとユウマ君? 私と会った時と反応に差があるように感じるわよ」
「ハハハ。キノセイジャナイカナ」
そりゃそうだ。
見た目こそ十歳か、そこらだが、中身は二十代半ばのユウマにとって、十歳ほどの少女を異性として意識することなどできなかった。
「あら。そう……」
アイリは笑っている。
けれど、その声は先ほどよりほんの少し低かった。まずい。
「あら。アイリちゃんにユラちゃんも可愛いわよ。私が男の子だったらメロメロになるくらいにね」
「ありがとう。リシェルさん」
アイリは満足そうに笑みを浮かべる。一方のユラは、少しだけ視線を逸らした。無表情のままだが、その頬がほんのり赤くなったような気がした。
リシェルさんの絶妙なフォローで、アイリの機嫌が戻った。危なかった。
「それで、今日は依頼を受けに来たの?」
「そうよ。最近、ユラも頑張ってるみたいだから、私も頑張らないと。あとは……」
「この見る目がないユウマ君への町の紹介も兼ねてるわ」
じとっとした視線を向けてくるアイリから逃げるように、ユウマはリシェルさんへ視線を移した。
「へぇ。君ここらの出身じゃないんだ?」
「そうなの。詳しくは……ここで話すのはやめておくわ」
アイリが答え、少し不思議そうな顔をしたリシェルだったが、すぐに納得したように頷く。
「それじゃあ、ゆっくり見ていって。ちょうど今はそれほど混んでないから」
「いいんですか?」
「もちろん。冒険者でなくても出入りする分には問題ないです」
その言葉を聞いた瞬間、ユウマの胸が再び高鳴った。
「ありがとうございます!」
先ほどまでの緊張はどこへやら。
リシェルさんと何かを話し始めたアイリを横目に、ユウマはさっそく周囲へ視線を巡らせる。改めて見ると、建物の中は想像していたよりも広かった。
正面にはいくつかの受付窓口が並び、その一つにリシェルが立っている。
受付の脇には、大きな掲示板が設けられていた。貼り出された紙の前では、何人もの冒険者が腕を組んだり、仲間と相談したりしながら依頼を選んでいた。
少し離れた場所にはいくつもの丸テーブルが置かれ、仲間同士で依頼について話し込む者や、戦利品らしきものを並べて確認する者の姿があった。
剣。鎧。杖。鈍く光る金属や、見覚えのない素材で作られた武具。そして、獣のような外見のものもいる。
どこを見ても、昨日までいた世界ではまず目にすることのなかったものばかりだった。
「すげぇ……」
自然とそんな言葉が漏れる。
「さっきからそればっかり」
気が付くとユラが隣まで来ている。
隣とはいってもユラとの間には、一人分の距離があった。
「いや、だって本物の冒険者だぞ?」
「そんなに珍しい職業じゃないと思うけど」
特に表情を変えることなく、ユラは言う。
「あれって依頼が貼ってあるのか?」
ユウマが掲示板のほうを指さす。ユラが小さく頷く。
「じゃあ、魔物の討伐の依頼は?」
「ある」
「要人の護衛とか?」
「ある」
「ダンジョン探索は?」
「……ある」
「マジか……!」
知らず知らずのうちに声が弾んでいく。そんなユウマを、ユラは何かを確かめるようにじっと見つめていた。
「……ほんとに、何も知らない」
「だから言ってるだろ」
「……変なの」
「何が?」
「なんでもない」
ユラの反応も少し気になるが、それ以上にユウマは今、この瞬間に夢中だった。
「近くで見てきてもいいのか?」
掲示板のほうを指さしながらユラに質問する。こくりと頷くユラを見るが早いか、ユウマは掲示板へ向かった。
そこには何十枚もの紙が所狭しと貼り付けられていた。
薬草の採取。町中での荷物運び。近隣に現れた魔物の討伐。商人の護衛。並んだ文字は不思議なことに問題なく読めた。どういう仕組みなのかは分からないが、今はそんなことよりも、目の前に並んだ依頼の方が気になった。
「本当にゲームみたいだな……」
「げーむ?」
リシェルさんとの話が一段落したのか、いつの間にかユラの隣に並んでいたアイリが不思議そうに首を傾げる。
「いや、こっちの話。これ、俺でもできるのか?」
何気なく尋ねた。
「できるんじゃない?」
「本当に?」
「簡単な仕事ならね。私たちだってやってるもの」
その言葉に、ユウマは再び掲示板へ目を向ける。
冒険者。
昨日までなら、自分とは何の関係もない物語の中の存在だった。それが今は、手を伸ばせば届くところにある。
「……俺も冒険者になれたりするのかな」
「なれるわよ」
「いや、まだなるか分かんないけど……」
そう答えながらも、胸の奥には小さな期待が芽生えていた。
「とりあえず調べてもらえばいいじゃない」
「何を?」
「ユウマの魔力よ」
「…………魔力?」
思わず聞き返した。アイリは、何を今さらとでも言いたげにこちらを見る。
「昨日、魔法見てあんなに驚いてたじゃない。自分の魔力のことも知らないんじゃないの」
「そうだけど……」
そうはいったものの、ユウマはその答えをすでに知っていた。ユミルの言葉を思い出す。
——まさか魔力が全くないなんてね。僕も驚いてるんだよ。
ユミルは確かにそう言っていた。その時も絶望したものだが、実際に調べて、同じ答えが返ってきたときにアイリはどんな反応をするのだろうか。
そんなことを考え、ユウマが次の言葉を口に出せずにいると、アイリがユウマの手を取った。アイリはそのまま、受付へ向かって歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って」
ユウマは慌ててアイリに声をかけるが、構うことなく、アイリはずんずんと進んでいく。ユラも黙ったままその後に続く。
「リシェルさん!」
「はい?」
「魔力を測るやつ、今使える?」
「魔力測定ですか? 構いませんけど……」
リシェルの視線がアイリからユウマへ移る。
「ユウマ君の?」
「そう!」
「なるほど」
リシェルは少し考えるように顎へ指を添えたあと、再びユウマへ微笑みかけた。
「では、せっかくですから一度、調べてみましょうか」
「えっと。別に大丈夫です」
「大丈夫じゃないわよ。それもここに来た理由の一つなんだから」
有無を言わせるつもりはないらしい。アイリはユウマの手を掴んだまま、期待に満ちた目をリシェルへ向けている。
「それに、ユウマがどんな魔法を使えるのかも気になるし」
「あー……それなんだけど」
「何よ」
「たぶん、期待しない方がいいと思う」
「どうして?」
「それは……」
言葉に詰まる。ユミルから聞いた話をそのまま伝えてもいいのだが、あの神様についてはまだアイリにも話していない。
「まあ、測れば分かるわよね」
もう抵抗しても無駄なことを察したユウマは、大人しく従うことにした。
「それでは、こちらへどうぞ」
リシェルに案内され、受付の奥へと向かった。




