第6話 朝食
階段を下りると、昨日とは逆側、祭壇を正面に見て左奥にある小さな部屋へと案内された。中央には年季の入った木製のテーブルが置かれ、その上には人数分の食事が並べられている。
硬そうなパンに、野菜を煮込んだスープ。それと薄く切られた肉が数枚。決して豪華とは言えない。それでも、湯気とともに立ち上る香りは、空腹の腹には十分すぎるほど魅力的だった。
「おはようございます、ユウマ君。よく眠れましたか?」
すでに席についていたエリアスが、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「おかげさまで。起き方は最悪でしたけど」
「……ちゃんと起きた」
「そういう問題じゃないんだよ」
「ふふっ。朝から賑やかですね」
エリアスに促され、ユウマも空いている椅子へ腰を下ろす。皆が席につくと、エリアスが短い祈りを捧げる。アイリとユラも慣れた様子でそれに続いた。ユウマも見よう見まねで祈りを捧げる。
皆が食事に手を付け始めたのを確認し、ユウマも目の前のパンを手に取り、一口かじってみる。
「…………硬っ」
思わず声が漏れた。
「そう?」
向かいではアイリが同じパンを平然とかじっている。
「そう? じゃないって。顎鍛えるやつだろ、これ」
「大げさねぇ」
「スープにつけるといい」
隣からユラがこちらを見ることなく、ぼそりと言う。言われるままパンをスープに浸してから口へ運ぶ。
先ほどまでの硬さが和らぎ、野菜と肉の旨味を吸ったパンが口の中でほどけていった。
「お、美味い」
「…………」
ユラは何も言わなかったが、表情に乏しいその顔が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。
そんなユラの皿へ、隣からすっと手が伸びる。ユラは黙々と食事を続けたまま、ぺしりとその手の甲を叩いた。
「一枚くらいいいじゃない」
「ダメ」
「ケチ」
口を尖らせて文句を言うアイリを、ユラは軽くいなす。
「アイリ。自分の分があるでしょう」
「はーい」
エリアスに窘められ、アイリが渋々手を引っ込める。そんなやり取りを眺めながら、ユウマはスープを口へ運んだ。
昨日までなら、朝食なんて腹を満たすためだけのものだった。起きて、適当に食べて、シャワーを浴びて仕事へ向かう。
誰かとこんなふうに同じ食卓を囲んだのは、いつ以来だろう。
「ユウマ?」
「ん?」
「どうしたのよ。ぼーっとして」
「……いや」
ユウマは小さく首を振り、もう一口パンをかじる。
「美味いなって思ってただけ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「なんでアイリが得意げなんだよ」
「……アイリはパンを切っただけ」
「ちょっとユラ?」
ユラから二度目の追撃を受け、アイリがたじろぐ。その様子に、ユウマは思わず笑みをこぼした。
知らない世界の、知らない家。
昨日出会ったばかりの人たち。
それなのに、この騒がしさは不思議と嫌ではなかった。
◇
「よし! それじゃあ行くわよ!」
朝食を終えて身支度を整えると、教会の前でアイリが高らかに宣言した。
「……どこに?」
「町の案内よ」
「町?」
「あんた、この辺りのこと何も知らないでしょ?」
「まあ、それはそうだけど」
「でしょ? だから用事ついでに案内してあげるわ」
ついでとはいえ、ユウマとしてもありがたい提案だった。
これからこの世界で暮らしていくのなら、周囲のことを知らないままというわけにもいかない。
「私も行く」
背後から声がして振り返る。そこには小さな鞄を肩に掛け、ゆったりとした上着に身を包んだユラが立っていた。
身体の線を覆い隠すような服の間からは、腰の左右に提げられた二振りの短剣が覗いている。
「ユラも?」
「……ん」
「今日も仕事じゃないの?」
「午後から」
「そっか。じゃあ三人で行きましょ!」
嬉しそうなアイリの隣で、ユラがちらりとユウマを見る。数秒見つめたあと、何事もなかったように顔を逸らした。
「…………」
ユウマにも、さすがにその意味は分かった。
「俺の監視じゃないよな?」
「…………」
「なんか言って?」
「行こ、アイリ」
「まさかの無視!?」
二人はさっさと歩き出してしまう。
その背中を追いかけようとしたところで、
「ユウマ君」
エリアスに呼び止められた。振り返ると、エリアスは教会の入口に立ったまま、静かにこちらを見つめていた。
「これから大変だと思いますが、アイリのことをよろしくお願いします」
まっすぐこちらを見つめるエリアスの目には、強い意志が宿っていた。ユウマにはその言葉の意味は分からなかった。だが自然と口が開く。
「はい」
ユウマの答えに安心したように、エリアスは優しい表情を浮かべる。
「せっかくですから、ゆっくり見てきなさい。ここが、これからユウマ君が暮らす町になるのですから」
「…………」
一瞬、返事が遅れた。
これから暮らす町。昨日までの自分なら、まるで他人事のように受け流していたはずの言葉。だが今は、ほんの少しだけ違って聞こえた。
「……行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
自然と口から出た言葉に、自分でも少し驚く。
ユウマは誤魔化すようにエリアスへ頭を下げると、先を歩く二人の背中を追いかけた。
「ちょっと待てって!」
「遅いわよ、ユウマ!」
アイリの声が朝の通りに響く。ユウマはその声を追うように、まだ何も知らない町へ足を踏み出した。




