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振られた俺、異世界で嫁探し始めます  作者: 小鳥遊
1章 幼少期編①
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第5話 翌朝

 身体を軽く揺すられる感覚が、ユウマの眠りに入り込んでくる。それを払いのけるように寝返りを打つ。

 

「…………さい」


 何かが聞こえた気がする。すると、もう一度肩を揺すられた。「うーん」とユウマは呟き、布団を頭まで深くかぶる。


「……起きないわね」


「アイリは……優しすぎる」


 沈んでいた意識が、少しずつ浮かび上がってくる。瞼は重く、まだ目を開ける気にはなれない。

 けれど、眠りの向こうから聞こえる声、衣擦れの音。それらが少しずつ鮮明になっていく。

 

「ちょっとユラ。そんなのダメよ」


「男の子にはこれくらいがちょうどいい」


 そんな声が聞こえたかと思うと、突然、布団が強い力で引っ張られた。その勢いのまま、ユウマの体は床へ叩きつけられる。

 

「ぐぇ」


 昨日もこんなことがあった気がする。

 床に転がったまま目を開けると、心配そうにこちらを覗き込むアイリと、してやったりといった表情のユラがいた。

 

 そんな二人を見て昨夜のやり取りがぼんやりと蘇ってきた。

 


 

「ダメ」


 三人の会話に割って入るように、それまで黙っていたユラが唐突に口を開いた。


「どうしたのよ、ユラ」


「ダメったらダメ」


 眠たげな目をわずかに細め、ユラはじっとアイリを見つめる。その視線が一度だけユウマへ向けられた。

 

 ほんの一瞬。それだけだったが、そこに込められた意味はなんとなく察することができた。どうやら、未だ信用されていないらしい。

 もっとも、今日突然現れた得体の知れない男を、家族と同じ部屋で寝かせると言われれば当然の反応だろう。

 しかし当のアイリはというと、そんなユラの心配など露ほども理解していないらしい。


「だから、何がダメなのよ」


 心底不思議そうに首を傾げる。エリアスはそんな二人のやり取りをしばらく眺めていたが、やがて困ったように笑った。


「ユラはアイリが心配なんでしょうね。私も正直、少し心配ですよ」


「どういうことよ」


 どうやら本当に分かっていないらしい。さすがにここまで察しが悪いと、父親であるエリアスが少し気の毒になってくる。というより、このままでは自分まで居たたまれない。


「えっと……俺、下の礼拝堂の長椅子とかでも大丈夫ですよ」


 ユウマが助け舟を出すように口を挟む。屋根があって横になれるだけでも、今の自分には十分すぎるくらいだ。


「そうはいきません」


 しかし、エリアスは間髪入れずに首を横に振った。


「ですが……」


「夜の礼拝堂は冷えます。それに、子供を固い長椅子で寝かせるわけにはいきませんよ」


 穏やかな口調ではあったが、有無を言わせないものがあった。

 中身はともかく、今のユウマは十一歳ほどの子供にしか見えない。エリアスからすれば当然の判断なのだろう。


「今日は私の部屋で休んでもらうとしても、明日からどうするかですねぇ」


 エリアスは腕を組み、眉間にわずかに皺を寄せる。教会とはいえ、好きに使える部屋がいくらでもあるわけではないらしい。


「空いている部屋でもあったらよかったのですが……」


「私がアイリと一緒に寝る」


 エリアスの言葉を遮るように、ユラが呟いた。


「え?」


 ユウマが聞き返すよりも早く、アイリの表情がぱっと明るくなる。


「いいわね! そうしましょう」


「……ん」


 警戒を滲ませていたユラの目元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 アイリと一緒に寝られることは、ユラにとっても満更ではないらしい。


「では、当面はそうしましょう」


 エリアスも二人を見て柔らかく笑う。


「ユウマ君にはアイリの部屋を使ってもらいましょう。今後のことは、こちらでも考えておきます」


「でも——」


「気にしなくていいわよ。ユラとはよく一緒に寝てたのよ」


 ユウマの言葉を遮り、アイリはあっけらかんと答える。


「それに、久しぶりにかわいいユラを抱き枕にして寝られるしね」


 そう言いながらアイリはユラの肩に手を回し、ユラのほうへ身を寄せる。アイリが気を遣って言ってくれているのも分かる。これ以上遠慮する方が野暮というものだろう。


「……じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 その言葉に、エリアスはにこりと微笑んだ。

 

 


 そうだ。そんなやり取りをしたんだった。

 昨夜のことを思い出し、ユウマは床に転がったまま、うんうんと頷く。

 微笑ましい二人の様子まで思い出して、自然と口元も緩んだ。


「大変だわ、ユウマが頭を打っておかしくなったかもしれないわ」


「元々なんじゃない」

 

「俺の扱いひどくない?」


 ユウマが抗議すると、心配そうに曇っていたアイリの表情がふっと和らいだ。


「それだけ元気なら大丈夫そうね」


「ベッドから落とされたせいで、腰がちょっと大丈夫じゃないかもだけど」


「……起きたからいいでしょ」


「次からはもっと優しく起こしてもらえると助かります。えっと……ユラ」


 悪びれる様子もなく言い切るユラに、ユウマは床に転がったまま小さく息を吐く。

 

 一晩同じ屋根の下で過ごした程度では、まだ完全に警戒を解いてもらえるわけではないらしい。とはいえ、こうして遠慮なく扱われているあたり、最初よりは多少はマシになったと思ってもいいのだろうか。

 

 昨日、アイリに言われたことを思い出す。

 大丈夫。ユラだって、まだ今の自分と同じ幼い女の子だ。必要以上に構えることはない。無理に取り繕わなくていい。洋画に出てくる気さくな奴みたいに。明るく、自然に。

 

 そんなことを自分に言い聞かせながら身体を起こしていると、部屋の外から香ばしい匂いが漂ってきた。途端に腹の虫が小さく鳴った。


「ちょうど朝ご飯できてるわよ」


 ユウマの腹の音を聞き、アイリが待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。


「エリアスが作ったのか?」


「私も手伝ったけどね」


 アイリが得意げに言う。


「まさか……アイリが?」


「どういう意味よ」


「いや、別に」


「私だって料理くらいできるわよ!」


「……パン切っただけ」


「ユラ!」


 余計なことを言うなとばかりにアイリが振り返る。ユラは意に介した様子もなく、さっさと部屋を出ていった。


「ほら、ユウマも早く来なさい!」


「はいはい」


「返事は一回!」


 そう言いながら、アイリもユラに続き、部屋から出ていく。

 

「お母さんかよ」

 

「誰がお母さんよ」


 ボソッとつぶやいたユウマの言葉をアイリは見逃さない。

 

「……冗談です。アイリさん」

 

 部屋の外から顔だけを覗かせ、ユウマに鋭い視線を向けていたアイリだったが、ユウマの言葉を聞き、顔をひっこめた。


 地獄耳なところまで母親っぽいなと思ったが、昨日の教訓を生かし、口には出さず、ユウマも急いでその後を追った。


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