第3話 帰り道にはイケメンが
「その服、似合ってるじゃない」
並んで歩くアイリが、こちらを見ながら言う。
「はい。ほんとに助かりました」
ユウマが礼を述べると、アイリは小さく頷く。
「実はその服お下がりなの。お礼は後で本人に言いなさい。センスのなさへの文句もね」
そう一言付け足した。
よく見てみると、所々糸がほつれており、確かに着古されていることがわかる。
デザインは飾り気のないシンプルなものだが、わざわざ用意をしてもらった手前、文句があろうはずもなかった。
「そうですね。ぜひお礼させてください」
素直にそう答えると、なぜかアイリはわずかに眉をひそめた。
「……そうね。喜ぶと思うわ」
なにか気分を害するようなことをしたのだろうか。
とりあえず無難に会話を広げようとユウマは再び声をかける。
「えっと、俺たちは今どこに向かっているんでしたっけ、アイリさん?」
「さっき言った通り、私の家よ。そこまで遠くないからもうそろそろ着くわよ」
歩を止めることなく、淡々と答える。
「アイリさんは魔法を使わないんですね」
「どういう意味よ」
そう言って足を止めたアイリは怪訝そうに眉を顰めた。
「いえ。魔法を使えば、わざわざ明かりを持つ必要がないんじゃないかなと」
アイリが右手に持つランタンと、その顔を交互に見ながらユウマは言った。
「そんなことに魔力を使ってたら……もしもの時に魔力不足になるかもしれないじゃない」
「そうなんですか?」
「そうよ……」
そう言ったアイリの顔に一瞬だけ陰りが差した気がした。もしかすると、魔力不足に何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。
怪訝そうにこちらを見つめるユウマに、アイリが気づく。
「別にできないわけじゃないわよ?」
そう言ってアイリは片腕を伸ばし、手のひらを前へかざした。
「闇夜を退けし、小さき導きをここに——《ルミナ》」
アイリが詠唱を終えると、それに応えるように空中へ光の玉が現れた。
てっきりユミルのように、何の前触れもなく光の玉を出すものだと思っていたが、アイリが詠唱をしたことから考えると、魔法を使うには詠唱を挟む必要があるのだろうか。
それとも、詠唱の有無は使い手の技量によるものなのか。はたまたユミルが特別なのか……。
空中の光を見つめながら、うーんと唸るユウマの様子に、アイリは不思議そうな顔をする。
「どうしたの。一般的な光魔法だと思うけど」
「いえ、魔法を見るのは二回目なので……」
「嘘でしょ?そんな人いるの」
アイリは、信じられないと言いたげな表情を浮かべる。
「ほんとーに私、何を召喚しちゃったのかしら。せっかく初めて成功したのに」
そう言いながら、アイリは小さなため息を漏らす。
「ははは。なんかすいません。アイリさん」
取り繕うような笑みを浮かべるユウマだったが、アイリの眉間の皺は先ほどよりも深くなった。そしてじとりとした目でこちらを睨む。
「気に入らないわ」
「何が……でしょうか?」
「そのた・い・どよ!」
アイリに強い視線を向けられ、思わずユウマはたじろいだ。
「あなたいくつよ」
「えっと……十歳くらいです」
「私と変わらないじゃない」
そう言いながら一歩、また一歩とにじり寄ってくるアイリに合わせて、ユウマも後退する。
「別にあなたに何もしたりしないわよ。変に顔色を窺うのはやめなさい」
「……すみません」
「そのバカみたいに丁寧な口調と、気持ち悪い笑顔をやめなさい。謝るのも禁止、あとアイリって呼びなさい!」
一気にずいっと顔を寄せられ、思わずのけぞるユウマだったが、逃がさないと言わんばかりにじっとアイリはユウマを見つめる。
「分かったよ、気をつける。えっと……アイリ」
観念したようにそう呟くと、アイリの表情は元の柔らかい表情に戻った。
「分かればいいのよ」
すっと体を引き、アイリは強気な笑みを浮かべ、再び歩き出した。ユウマも慌てて、小走りで追いかける。
道を進むにつれ、まばらだった家々の間隔が徐々に狭まっていく。
軒先に干された衣服が目立つようになり、わずかに開いた窓からは暖かな灯りが漏れている。
そんな中、周囲の家々より一回り大きな建物が見えてくる。
尖った屋根。その頂には、月明かりを受けてぼんやりと浮かぶ見慣れない意匠が掲げられている。
あれはおそらく——。
「教会か……?」
「そうよ。あれが私のお家」
ユウマの言葉に答えたアイリの歩が少し早まった。
ある程度まで近づくと、建物の扉のそばの壁に寄りかかる人影があることに気づく。その人影に対して、アイリが手を振ると、相手の方もこちらに気づき、片手を上げた。
「レインだわ」
そう言って小走りでそちらへアイリが駆け寄っていく。その背を見つめながら、ゆっくりとユウマはその後を追った。
近づくにつれ、その会話が耳に入ってくる。
「『どうしたの』はこっちのセリフだ。人の服を何に使ったんだ」
「変なことには使ってないわよ」
声から察するに男の子だろうか。さらに近づくにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。
顔立ちにはまだ幼さが残っているものの、頬の丸みは少しずつ抜け始め、引き締まった口元と涼しげな目元が、大人びた印象を与えていた。
細身ながら身体はよく引き締まっており、ただ立っているだけなのだが、妙に隙がない印象を覚える。
身につけているのは、動きやすさを重視した濃紺の軽装。その腰には、年季の入った剣が一本提げられている。柄や鞘には細かな傷がいくつも刻まれており、飾りではなく普段から使い込まれているものだと分かった。
灰みを帯びた青黒い髪は短く、前髪はざっくりと後ろへ流されている。そこからこぼれた一房だけが左目にかかり、その隙間から覗く青灰色の瞳が、まっすぐユウマを見据えていた。
「なるほどね」
やれやれと肩をすくめると、彼はアイリに視線を向ける。
「またトラブルでも拾ってきたのか」
「そんなんじゃないわよ」
不服そうにアイリは眉を寄せるが、彼は小さくため息を漏らしている。
おそらく似たような出来事を何度か経験してきたであろうことは、まだ付き合いのほとんどないユウマにも想像できた。
「で、お前はどこの誰なんだ」
何かを見定めるように、彼の視線がユウマの全身をなぞる。
「彼はユウマよ。悪いやつじゃないわ、ちょっとませてるところがムカつくけどね」
「勝手に自己紹介するのはやめてください。あと変な注釈もつけるな」
「ホントのことしか言ってないわよ」
べっと舌を出すアイリの頭をはたきたい衝動を抑え、彼の方へ向き直り、改めて丁寧な自己紹介をする。
「ご紹介にあずかりましたユウマと申します。よろしくお願いします」
そう言ってユウマが手を差し出すと、レインもその手を取った。
「俺はレイン。確かに少し生意気そうだな」
「……アイリほどじゃないですよ」
「は?」
アイリの、若干の怒気を含んだ声が聞こえた気がするが、ひとまず聞こえなかったことにした。
レインは一瞬きょとんとしたあと、意味を理解したのか思わず吹き出した。
「ははっ。それは違いねえ。よろしくなユウマ」
そう言って、レインはユウマの手を力強く握り返した。よかった、掴みはばっちりだったみたいだ。
「よろしくお願いします。レイン」
「よせって。堅苦しいのは、好きじゃないんだ」
「えっと、じゃあ……よろしく、レイン」
ユウマも笑顔で返す。見た目通り、気のいいやつみたいだ。
「ちょっと。人をダシにして楽しそうじゃない」
腰に手を当て、じとっとした目でこちらを見つめるアイリ。その足先が小刻みに地面を叩いている。
「悪い悪い、思ったより話がわかるやつだったからさ」
その一言に、アイリの足が止まる。その顔には、怒り顔——ではなく、妙に穏やかな笑みが浮かんでいた。
「いや。ごめんアイリ。調子に乗りすぎた……」
レインの謝罪は早かった。
「いいわよ。でも、貸し……ね?」
「アイリに貸しか。後が怖そうだ……」
項垂れるレインを見て、ユウマは心の中でそっと手を合わせた。
——ご愁傷さまです。
「ユウマくーん?」
背筋に冷たいものが走った。
「……はい」
「あなたもよ。あとで洗いざらい話してもらうからね?」
どうやら他人事ではなかったらしい。遠い目をしながら、ユウマはこの世界に来て早々、一つの教訓を胸に刻んだ。
アイリは、怒らせない方がいい。
そうして二人の少年を従えるように、アイリが教会の扉を開ける。ユウマとレインは一度だけ顔を見合わせ、どちらからともなく小さくため息をつく。
出会ってまだ数分。それでも、レインとは不思議と気が合いそうだった。




