第27話 アイリ先生のお仕事
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。こちらにありますのは、アルディア王国、随一のリンゴだよ。安い、甘い、何よりうまい。このリンゴを食べたが最後、もう他の店のリンゴなんて二度と食べられない。ささ、是非見ていってくださいな!」
ユウマの元気な声が通りじゅうに響き渡る。
道行く人たちの視線も、自然とユウマに向かう。
以前の自分であれば、ここまで気合の入った声かけは、できなかっただろう。
だが、ここは異世界だ。自分のことを知っている人がいない。子供の姿になっていることも相まって、恥ずかしさは感じなかった。
「これなーに?」
お母さんに手を引かれた小さい女の子が、ユウマが手に持つトレイの中の物を指さした。
「これはね、りんご飴だよ。一つ、どーぞ」
ユウマは笑顔で、トレイを差し出す。
りんご飴といっても、一口大に切ったリンゴを飴で包み、小さな木串に刺したものだ。祭りの屋台で見かける、丸ごとのりんご飴ほどのインパクトはない。
差し出されたトレイを見た女の子は、母親を見上げ、その顔色をうかがった。
お母さんが、少し考えるように頬に手を当てる。
「お金はいらないのかしら」
「ええ。お金はとりません。お母様もどうぞ」
「じゃあ、いただこうかしら」
母親がりんご飴を一つ手に取ると、それを見た女の子の表情がぱっと明るくなった。そして、女の子もトレイの上から一つ手に取った。
二人は、そのままりんご飴を口へ運ぶ。
「甘くて、パリパリ、シャリシャリで美味しい!」
「そうね。中のリンゴもみずみずしくて美味しいわ」
味は、気に入ってもらえたみたいだ。
掴みはばっちり。ここでもうひと押し。
「そうなんです。更に! 今だけリンゴを買っていただけたなら、特別に他の野菜も少し安く買えちゃいます。ささ、中を見ていってください」
「ほんと? じゃあ見ていこうかしら」
ユウマの言葉に誘われ、そのまま二人は店の中に消えていく。店の中からは、ダイナさんの元気な『いらっしゃい』の声が聞こえてくる。
ユウマが呼び込みを始めてから、ダイナのお店は、それなりに繁盛していた。
小さい子供が、言葉巧みに客引きをしている物珍しさもあるだろう。加えて、ユウマの提案で始めたりんご飴の試食によって、客足がさらに伸びていた。
よしよし、完璧。
こちとら日本で培ったテクニックがある。
他店の客引きに負ける気はない、抱き合わせ商法に、試食どんとこいだ。今日の小市場MVPはいただきだぜ。
「ちょっと、何してるのよ」
不意に後ろから声をかけられ、ユウマが振り向くと、そこにはアイリが立っていた。
「なんでって……ダイナさんの店を、この市場一番の店にするため……?」
「そんな商人根性ここに極まれり、みたいなセリフが聞きたいんじゃないんだけど」
困ったようにアイリが腰に手を当てる。
「色々あって、ダイナさんに頼まれたんだよ。やるからには全力でやろうかなって思ってさ。アイリこそ、もう終わったのか?」
「ひとまず授業は終わったわ。待たせてると思ってたから、様子を見に来てみたんだけど、別に急ぐ必要はなかったかもしれないわね」
アイリはため息をつく。
「私は子供たちの見送りをするけど、ユウマもくる? それとも、ダイナさんのお店の売上にもう少し貢献しておく?」
授業が終わったなら、俺はお役御免か。
なかなか手ごたえがあった半面、ほんのちょっとだけど名残惜しさを感じる。
「そうだな。お供させてもらおうかな」
だが、俺には役目がある。アイリから目を離すわけにはいかない。
「そう、じゃあ、私はもう少し子供たちと話しておくから、準備が出来たら裏に来て」
そのまま、アイリはお店のほうへ向かっていった。
アイリの後を追い、店の中に入ると、自身が呼び込んだ客と、その対応に追われるダイナが目に入った。
「さっきの表で配っていた料理のレシピ? リンゴと一緒に他の商品を買っていただければ、特別にお渡ししますよ。お、アイリは裏にいるぜ」
客の対応の片手間で、ダイナがこちらに声をかけてくる。
「トレイに乗ってる残りは、裏で子供たちにあげてくれ。あと、ありがとうな、良い働きだったぜ」
それだけ伝えると、またダイナは客との会話に戻っていった。ユウマもその場を後にする。
扉を開けると、アイリが、また子供たちに囲まれていた。みんなで、机の上の資料を見ている。何を見ているのだろう。
後ろからこっそりのぞくと、机の上には、少しだけ大きめの本が広げられていた。開かれたページには地図らしきものが描かれていた。ただし、地図といっても、子供用にデフォルメされた可愛げのある簡易的なものである。
「ここが今いる場所?」
「そうよ。それから……こっちがギレー山脈で、ギレー帝国があるのはここよ。こっちがミルス大森林、運河を挟んで、この大陸がドラン大陸よ」
そういえば、俺はこの世界の地理について、全く知らない。というか、今まで覚えたのは生活に必要なことと、魔法やダンジョンといった、異世界ファンタジー的な意味で興味をそそられるものばかりだ。
いつ帰れるか分からない、むしろ、死ぬまでこの世界で生活することになる可能性が高いことを考えると、現状は少し不味いような気がする。
学校的なものはあるのだろうか? アイリが子供向けの勉強会を開いている時点で、少なくともここらの地域にはない可能性が高いのだろうが、少し興味がある。時間がある時にでも、エリアスに聞いてみるのもいいかもしれない。
「あー。知らない子が来てる!」
勉強会に参加していた一人の女の子がユウマに気づき、声を上げた。
それを合図に、一気に子供たちがユウマに詰め寄る。
「誰々!」
「私たちより歳上だ」
「アイリせんせと同じくらい」
ユウマはりんご飴が落ちないように、手にしたトレイを頭上高く掲げた。
「新人のユウマです。よろしくおねが——おい、今ケツ叩いた奴いなかったか?」
「その子は、ユウマよ。私の助手みたいなものだから、あまりいじめないようにね」
子供たちに揉みくちゃにされるユウマを見かねたアイリが、そんな言葉をかけてくる。
「はーい」
アイリの言葉で子供たちは、また机の方に戻る。
先生なだけあってアイリの言うことは聞くようだ。というか一瞬で、興味を失われると、若干傷つく。女心と秋の空というが、子供の好奇心もその中に入れるべきじゃないだろうか。
だが、今日の俺には秘密兵器がある。
コホンと咳払いをして、ユウマが再び口を開く。
「実は、勉強を頑張ったみんなに、プレゼントをもってきてます」
そう言って、ユウマは、掲げていたトレイを机の上に置いた。
「あーさっき、ダイナさんが作ってたやつだ!」
「勉強を頑張ったみんなへのご褒美だよ。しっかり噛んで食べること」
ユウマが言い切るのを待たず、子供たちは我先にと、次々とりんご飴を手に取り、そのまま口に運ぶ。
「甘くて、美味しい」
「シャリシャリしてる」
嬉しそうに、頬張る子供たちを見て、ユウマの口元も自然と緩んだ。
「もうないの」
髪を短く刈り上げた、丸みのある体つきをした少年がユウマに尋ねる。子供たちの視線が一斉にユウマへと集まる。
一人二つずつは食べられる量があったはずだが、一瞬で、トレイは空っぽになっていた。
子供の食欲おそるべしだな。
「ごめん。さっきの分で最後なんだ」
「えー。足りない」
「ユウマ、ケチ」
「ユウマ、意地悪」
「お前ら……アイリ、こいつらにはもう少し年上に対する礼儀ってもんを教えた方がいいんじゃないの?」
口々に上がる不満の声に、思わず、そんな提案をアイリにする。
「いいのよ。これくらいの子は、ちょっと生意気なくらいが可愛いんだから」
ユウマの言葉に、アイリは、どこ吹く風といった様子で、りんご飴を咀嚼している。というかさりげなく口にしている辺り、ずっと気になってはいたんだろうな。
「じゃあ。みんなそろそろ帰りましょうか。今日はダイナさんと私、それから助手のユウマくんも加えて、三人でみんなのことを送るわよ」
「はーい」
元気のいい挨拶を返す子供たちと、アイリを見ながらユウマは少し笑った。
こう見ると、ほんとにいい先生をしている。
アイリのお人好しと、面倒見のいい性格は、先生向きだ。子供たちからも信頼され、慕われている。
——人攫いか。
ユウマは胸中で呟く。その件については、この後ちゃんとアイリと話そう。
もし一人で調べてるなら……、たとえ、アイリが望まないとしても、せめて相談相手くらいにはなろう。
アイリが子供たちを大切に思うように、アイリのことを子供たちも、俺たちも大切に思っているのだから。
「すまねぇな。もう少しかかりそうだ」
ケロッとした様子で言ったダイナに、アイリの片眉がぴくりと動く。
「ちょっと、例の件があるから早めにお開きにしてるのよ。『もう少しかかる』じゃないわよ」
「わりぃわりぃ。今日は繁盛してるからよ。お客様を放っておくわけにはいかないだろ? それに代わりのやつはもう呼んであるんだ」
どうやら、俺の集客の成果がまだ出ているようだ。
たまにはダイナさんのところで、呼び込み要員として働くのも悪くないかもしれない。まぁその時の報酬は、要相談だけどな。
「こんにちは」
覇気のない声が聞こえたかと思うと、一人の男が店の中に入ってくる。見覚えのある濃紺の制服が目に入る。
「おう。来たな。なんだ一番のヒヨっ子が来たのか」
「すみません……」
申し訳なさそうに、頭をかいたのは、木漏れ日亭で会った新人らしい衛兵だった。
「子供たちの見守りですね。あまりこういうのは、やってないので……次からは周りの方々で、うまく調整してください」
「まぁそう言うなよ。善良な市民の願いを聞くのも、衛兵の仕事の一環だぜ?」
「まぁ、そうですけど……じゃあ、次からは、僕に直接言ってください。詰所に相談に来られると、先輩たちが怖いので。重要な仕事は任されていない自分が、可能な限り対応しますから」
相変わらず、頼りない感は否めないが、案外、そういった融通は利くらしい。
不意に、彼の視線がこちらに向いた。
そして、わずかに目を見開いた後に、少し頭を下げた。
「道はこの二人に聞いてくれ。まだ子供だが、思ったよりしっかりしてるんだぜ?」
「思ったよりは余計よ」
アイリはダイナに文句を言うと、そのまま視線を衛兵の彼に向ける。そして、
「まぁ、あなたなら良いわ」
ボソッとつぶやいた。
「じゃあ、支度をするから、アナタは裏に回ってちょうだい! ユウマも行くわよ」
それだけを告げると、アイリは、また店の奥の扉の向こうへ消えていった。
さっきの発言の真意が気になるところだったが、聞く間もなかった。
ユウマは再度、入口に立つ彼のほうへ向き直り、頭を下げる。そしてアイリの後に続き、裏へ続く扉を開けた。
◇
思いのほか、子供たちの住んでいる場所は様々だった。
ダイナさんに聞いたような市場の店や工房で住み込みで働いている子もいれば、商業区近くの住宅街に住む子もいた。
もちろん、ユウマたちが住んでいるアッシュ地区をはじめとする外縁部の貧しい地域に住む子もいた。
「ユウマお兄ちゃんは……次も来てくれるの」
左手を握る、髪に可愛らしいリボンを結んだ少女、リーシャが、こちらをうかがうような視線を向けてくる。
「そうだぜ。ユウマまた来いよ」
右手を握る、少し茶色がかった髪のリュカも声を上げる。
「アイリ先生がいいって言うなら、かな?」
三人は、アイリに視線を向ける。
「別に、来たければ来なさいよ。子供たちもアナタのこと結構、気に入ってるみたいだし」
「やったね、ユウマお兄ちゃん」
「また、ご褒美とか持って来いよな」
「そうだな。次のご褒美も考えておくよ」
「ダールは、今日みたいな食べ物にすると、喜ぶと思うよ」
「まぁ、あの子はそうだろうな」
愛嬌のある丸顔と、ふくよかな体つきから、そんな気はしていた。
そういえば、りんご飴の時も、一番に次をねだってきたのはダールだった。
ダールのことは置いといても、無駄に奇を衒ったものにするより、甘いお菓子とかのほうが無難なのは確かだ。
りんご飴の作り方は、知っていたが、他のものになると……。日本には様々なお菓子があったが、再現できるように少し研究しておこう。アイリ、それにユラあたりを試食係に据えれば、どうにかなるだろう。
二人の家はアッシュ地区内の住宅街にあった。
二人を送り届けると、それぞれの両親が、ユウマたちを出迎えてくれた。
ダイナさんから、アイリが普段から子供たちを家まで送り届けているとは聞いていた。それにしても、随分と親しそうだ。アイリと話す両親の表情からも、彼女がどれだけ信頼されているのかがうかがえる。
「あの子は、すごいね」
隣の衛兵、ノアがぼそりと呟いた。
「そうですね。同い年とは思えないほど、しっかりしてます」
「ユウマ君も大概だと思うよ。木漏れ日亭で会ったときもそうだったけど、言葉遣いは妙に丁寧だし、やけに目端が利くしね」
「あはは……よく言われます」
社会人時代の癖もあり、初対面の人に対しては、丁寧な対応をするように心がけていた。その方が印象もいいだろうと思っていたが、ノアをはじめとする大人たちには、こういった反応を取られることが多々あった。
もう少し、遠慮のない話し方のほうが子供っぽいのか……?
というか、子供っぽい言動といわれても、十数年前の自分の態度なんて覚えちゃいないしな。
これは勉強会に参加して、子供たちを観察することで、学ぶ必要があるかもしれない。
「あの年で、子供たちの先生役とはね。そういえば、ユウマ君も最近の人攫いについて調べてるの?」
「……ユウマ君も?」
「アイリちゃんは、よく詰所に来てるからね。事件について何か分かったことはないかとか、新しい事件は起きてないかとか」
「そう……ですか」
子供たちを送り届けた後の道すがらで聞くつもりだったが、その必要はどうやらないらしい。
エリアスやダイナさんの話、アイリが先生をしていること、それからアイリの性格を考えれば、十中八九そうだろうなとは思っていた。
「アイリからは何も聞いてません。多分、誰にも迷惑をかけたくないんだと思います。一緒に住んでる俺たちにも」
「ほんとに強い子だね、僕も見習わないと。先輩たちの前じゃ、どうしても緊張しちゃうから」
ユウマとノアは、顔を見合わせて困ったように笑った。
「ちょっと二人で何話してたのよ」
いつの間にか、両親との話を終えたアイリが腕を組んで目の前に仁王立ちしていた。
「まぁ、ちょっとした世間話だよ」
「そうだよ。最近の治安とか、そういう話」
「治安……?」
ノアの言葉で、アイリの目がわずかに細まる。
その言い方はまずい。
「最近、干してある女物の下着を盗むやつがいるらしいぜ? いやー信じられないね」
「あ、あぁ。そうだったね。被害自体は大きくないんだけど、頻発しているから困っているんだよ」
咄嗟についたユウマの言い訳に、気を利かせたノアが合わせる。
「下着を……盗む? 初めて聞いたわね。それに……なぜかしら、特に高価なものが盗まれているわけでもないのに、妙な嫌悪感があるわ」
そう言ってアイリは、顔をわずかに引きつらせる。
どうにか難は逃れたのはいいが、この世界には存在しなかったかもしれない、新たな性癖の概念を生み出してしまった気がする。
この話が周りに回って、本当に下着泥棒が生まれないことを願うばかりだ。
「じゃあ、子供たちも送り届けたので、僕はそろそろ詰所に戻ります。アイリちゃんと、ユウマ君はどうしますか?」
子供たちを送り届けているうちに、随分と時間が経っていた。いつの間にか、傾き始めた日の光が街を照らしている。
特にこの後の予定はないが、アイリの監視をしなければならない。
それに人攫いの件も、直接アイリに聞きたいところだ。何かちょうどいい理由があればいいが。
「小市場に戻るわ。ユウマが剣を見たいらしいの」
そうだった、そういえばそんな話をしていたんだった。
「じゃあ、二人とも小市場の方に行くんだね。詰所も同じ方向だし、この際だからお店の前まで送っていくよ」
アイリの言葉を聞いたノアが、当たり前のようにそんなことを口にした。
子供たちを送り届ける道すがらの会話や、今の発言からも分かる。ノアは根っからの善人だ。
先輩の二人に萎縮する気の弱さはある。それでも、困っている人を放っておけないところは、きっと衛兵に向いているのだろう。
「じゃあ、お願いするわ」
アイリの言葉に、ユウマも頷く。ノアがわずかに口元を緩めた。




