第26話 アイリの秘密
街へと続く道をアイリと並んで歩きながら、ユウマは頭を悩ませていた。
あの後、アイリの目を盗んでユラに事情を尋ねたところ、言われたことは二つだった。
まず、ユラとエリアス、それにレインが昨日話していたアイリの誕生日の準備を進めるから、少なくとも昼時を過ぎるまでは、アイリをギルドへ近づけないこと。そして、万が一ユラたちを見かけても、さりげなくアイリを遠ざけてほしいとのことだった。
要するに、俺はアイリの足止め役というわけだ。
それにエリアスからお願いされていることもある。
——さて、どうしたもんかな。
顔に出ていたのだろう、隣を歩くアイリが怪訝そうな視線を向けてくる。
「ねぇ」
「ん?」
「さっきから何、難しそうな顔してんのよ。それに、選んでほしいものって何?」
「えぇーと……剣だよ。剣。この間は昔レインが使ってた剣を借りたけど、そろそろ自分の剣も欲しくなっちゃって」
「それって、私が選ぶの? 魔法特化の私より、ユラやレインのほうが適任だと思うんだけど」
まぁ、当然そうなりますよね。
ユウマはさらに言葉を重ねる。
「いや、その……俺がこの世界で初めて会ったのはアイリじゃん? だから、初めての剣は、なんとなくアイリに選んでほしかったっていうか」
我ながら、なかなかそれっぽい理由になった気がした。
いや、実際にアイリに選んでもらいたい気持ちもある。だから、別に嘘をついているわけではない。うん、そういうことにしておこう。
「何よそれ。こっぱずかしいこと言うのやめなさいよ」
アイリは少しだけ頬を赤らめると、ぷいっと顔を背けた。おっと、かわいい反応いただきだぜ。どうやら言葉選びは正解だったらしい。
「つーか、アイリこそ今日の予定ってやつは何なんだ」
「う。そうよね。その話になるわよね」
今度はアイリのほうが困ったように視線を逸らした。
どうやら、隠し事をしているのは俺だけじゃないらしい。
「なんだよ。言えないような用事なのかよ」
ふふんと得意げに顎へ手を当てる。アイリはこちらをちらりと見たあと、観念したように大きく息を吐いた。
「別に変なことじゃないわよ、エリアスは知っているし。たーだーし」
そこでアイリは足を止めた。
何事かと振り向いたユウマの顔の前に、ぴんと立てた人差し指が突きつけられる。
「ユラやレインには内緒よ!」
アイリがじっとこちらを睨む。その表情からは、絶対に「はい」以外の返事を許さないという強い意志が感じられた。
「わ、分かった」
アイリの剣幕に押され、ユウマは頷く。
「よし。じゃあ、約束もできたことだし、先を急ぎましょうか」
そう言って、何事もなかったかのように歩き始める。
一体、何を隠しているんだ?
少しだけ興味が湧いたユウマは、その背中を追いかけた。
「着いたわ」
そう言ってアイリが足を止めたのは、見覚えのある店の前だった。
「……ダイナさんの店?」
「そうよ」
店の軒先には、野菜や果物の入った木箱がいくつも並べられている。
「なに、秘密の食材でも買うの? 違法ギリギリのヤバい食材とか?」
「私をなんだと思ってるのよ。用があるのは裏よ」
アイリは呆れたように返すと、そのまま店の中へ入っていった。
「ダイナさん、もう集まってる?」
「おう。もうほとんどの子が来てるぞ。早く行ってやってくれ」
「分かったわ!」
カウンター越しのダイナの言葉に、アイリが嬉しそうに答える。
ん? ほとんどの子?
状況が飲み込めず、ユウマは首を傾げた。
そんなこちらの疑問などお構いなしに、アイリは店の奥へと進んでいく。
だが、途中で何かを思い出したように振り返った。
「半刻くらいで終わると思う。別に見に来てもいいけど……」
そこまで言うと、アイリは少しだけ言いよどんだ。なぜかその頬はほんのりと赤くなっていた。
「……変に茶化したら殺すからね」
「殺すって、穏やかじゃないな。何するか知らないけど、なんもしないよ?」
「本当でしょうね?」
「本当だって」
しばらく疑わしげにユウマを見つめていたアイリだったが、ようやく納得したのか、小さく頷いた。
「ならいいわ」
そして、店の奥にある扉へと手をかけた。
明らかに、客が立ち入る場所ではない気がしたが、そのままアイリはその扉を開けた。
扉が開くと、その隙間から、何人かの子供の声が聞こえてきた。
どうやらアイリの秘密は、想像していたものとはずいぶん違うらしい。
そのままアイリは扉の先へ消えていく。
「お前には話してんだな」
ダイナはカウンターに片肘をついたまま、声をかけてくる。
「全然何も聞いてないです。アイリは、何をやってるんですか?」
「はぁ? 何も聞いてねぇのか? たく、相変わらずエリアス以外には話してねぇのかよ」
ダイナは、やれやれと肩をすくめると、顎で扉の方をしゃくった。
「見てみな。ただしこっそりだぞ? 邪魔になっちまうからな」
「?」
ユウマは扉の方へ歩み寄る。そして、音を立てないように、こっそりと、少しだけ扉を開けた。
扉の先には、まだ開封されていない木箱や瓶などが並んでいた。おそらく食材の保管や下準備を行う場所なのだろう。中央にはテーブルが置いてあり、アイリが座っている。そしてアイリを囲むように数人の子供たちがいた。
「今日は、算術と文字の復習をするわ。それから最後に外の世界の話もするわよ」
アイリの一言で、全員から声が上がった。
「やった。新しい話だってよ」
「算術やだ!」
「私は、文字のほうが嫌ーい」
口々に好き勝手なことを言う子供たちを前に、アイリは困ったような顔をする。
「わがまま言わないの。そうね、じゃあ静かに復習を頑張れたら、何か一つお願いを聞いてあげようかしら」
「はいはい! アイリせんせの恋バナ聞きたい」
一人の男の子が、元気よく手を上げる。
「こ、恋バナ。それはちょっと経験がないから難しいわね……」
「えー。アイリせんせ。意外とウブ」
「そ、そう……最近の子は早いのね」
子供たちに振り回されながらも、アイリはどこか楽しそうだった。
普段の強気な態度とは少し違う、優しげな表情。
時折、困ったように眉を下げながらも、一人一人の顔を見て言葉を返している。
——なるほどね。これ以上は野暮だな。
扉から、こっそり見ていたユウマだったが、邪魔しないようにゆっくりと扉を閉めた。
「よぉ、理解したかい」
カウンターに頬杖をついたまま、ダイナがこちらへ笑いかけてくる。
「はい。思った以上に素敵な秘密でした」
「だろ? 子供の先生役なんて、秘密にするようなことじゃねぇって言ってんだけどな」
片肘をついたダイナは、ため息を一つ漏らす。
まぁ、知られたくないっていうのは、分からなくもないけどな。主に羞恥心的な意味で。
それに、ユラやレインに知られたら、しばらく「アイリ先生」なんて呼ばれて、からかわれるのだろう。その光景が容易に想像できて、思わず笑いそうになった。
「物騒な話もあるから、ユラやレインにも話しちまえばいいのによ」
「物騒な話…………そうだ! ダイナさんだ!」
「うお。急になんだ」
突然カウンターへ身を乗り出してきたユウマに、ダイナは思わず身を引いた。
そうだ。こっちの世界に来て間もない頃、物騒な話と言っていたのは、ダイナさんだった。
エリアスの話を聞いた時には思い出せなかったが、ようやく繋がった。
「ダイナさんは誘拐事件について、アイリと何か話してたりしない?」
「とりあえず落ち着けって。俺の知ってることは話すから」
ダイナは困ったように眉を寄せると、ユウマを落ち着かせるように片手を振った。
「ごめんなさい。少し取り乱しました……」
ユウマがカウンターから身を引くと、ダイナは腕を組んだ。
先ほどまで浮かべていた笑みが、ゆっくりと消えていく。
「俺がこの騒ぎを知ったのも、ここに来てたガキが一人、いなくなったのがきっかけでな」
「……ここの子供ですか?」
「あぁ。まだ七つのガキでな。身寄りがなくて、普段は市場の荷運びなんかを手伝いながら暮らしてたんだ」
さっき見た、楽しそうに笑う子供たちの姿が脳裏に浮かぶ。あの輪の中に、少し前まではその子もいたのだろうか。
そう思うと、何とも言えない気分になった。
ダイナは神妙な面持ちで話を続けた。
「それがある日を境に、ぱったり姿を見せなくなっちまった。最初はどっかで別の仕事でも見つけたんだろうと思ってたんだがな」
そこで、ダイナが小さく息を吐いた。
「よく聞いてみりゃ、近所でも同じくらいの歳のガキが何人もいなくなってるって聞いてよ。さすがにおかしいと思って、衛兵にも相談したんだ」
「それで、何か分かったんですか?」
「最近、人攫いが横行してること以外、今のところ手がかりはねぇらしい。エリアス神父も色々動いてくれてるんだがな……」
ダイナは苦々しげに顔をしかめる。
「正直、この勉強会もやめた方がいいんじゃねぇかって話したんだ。だが、ガキどもはどうしても続けたいって言うしな」
そう言って、ダイナが困ったように、少しだけ笑った。
「だから、今は日が高いうちに終わらせるようにしてる。それに、帰りは俺や手の空いてる店の連中で、手分けして送り届けるようにしてんだ」
「なるほど……」
「アイリも一緒になって送りに行くんだぜ? 別にいいって言ってんのによ、まったく困るぜ」
そう言いながらも、ダイナの口元には、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「アイリらしいな」
そう言ってユウマも困ったように笑った。
突然現れた俺を家族として迎えるような、お人よしのアイリのことだ、いなくなった子供のことを自分の責任のように思っているのだろう。そんなわけないのに。
「じゃあ、ダイナさんとアイリが一緒に事件を調べてるわけじゃないんですね?」
「あぁ。危ねぇ事件にガキを巻き込むわけにはいかねぇだろ。俺にできるのは、知ってることを衛兵に伝えて、今いるガキどもを守ってやるくらいだ。あとは衛兵に任せるしかねぇよ」
どうやら、ダイナさんがアイリと一緒に事件を調べているわけではないらしい。
だとすると、あの衛兵の発言はやっぱり気になる。ダイナさんやエリアスの名前が出るなら分かる。だが、グレンと呼ばれていたあの衛兵は、真っ先に『あのガキの家族』と言ったのだ。
…………やっぱり直接、本人に聞くしかないな。
「なるほど。だいたい分かりました。お話ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたユウマに、ダイナは、少しだけ口元を緩めた。
「あぁ。いいってことよ。それより、アイリの授業が終わるまで、お前は何すんだ?」
「まぁ、適当にこの辺をブラブラでもしようかなと」
「ほぉ?」
ダイナの片眉がぴくりと上がる。
なんだ? この反応、嫌な予感しかしない。
ユウマは、アイリに振り回される経験から、何となく面倒臭いことに巻き込まれる時、事前に察することができるようになっていた。
そして今、目の前にいる大男からは、その気配がひしひしと伝わってきている。
「あー! そういえば、さっきの露店の魔道具が気になってきたぞ。よし見に行こう!!」
「まぁ、待てよ」
踵を返した瞬間、ぐいっと襟首を掴まれた。
くそ、一足遅かった。
「さっきの話はな、アイリから余計なことは言わねぇように頼まれてたんだ」
「……それを俺に話してよかったんですか?」
「まぁ、お前ならアイリの力になってやれるだろ」
「そうだといいんですけどね……」
少しだけ真面目な声色で返す。正直、今の俺に何ができるのかは分からない。だが、アイリの力にはなりたい。
「それはそうとしてだ。つまりお前は、そんな秘密の情報を聞いた訳だ。タダって訳にはいかねぇよな?」
そんな感傷に浸っている場合ではなかった。
「いや、勝手に話したのダイナさんですよね?」
次の言葉を警戒しつつ、前に進もうとするユウマだったが、襟首をガッチリ掴まれていることで、その場で足踏みをするばかりで全く前には進めなかった。
「細けぇことは気にすんな」
「……俺に何をしろと?」
ダイナが余っている方の手の親指で、壁の方を指さす。
その先には、紙が貼り付けてある。
そしてそこには、でかでかと文字が書かれていた。
『呼び込み要員募集中(報酬応相談)』
「アイリの授業が終わるまででいい、ちょいと手伝ってくれ。報酬はもう払っただろ?」
「……アコギな商売してるぜ、ダンナ」
「商売上手と言ってほしいな」
「ははは……」
満足げな笑みを浮かべるダイナを見て、ユウマは乾いた笑い声を漏らした。




