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第25話 エリアスとの密会

「アイリ、今日の予定は?」


 朝食の最中、ユラがパンを口に運びながら、何気ない調子で尋ねた。

 

「今日は、街のほうに少し出かける予定よ」


「ふーん。どこに?」


「少し買いたいものがあるの。どうしたの?」


 立て続けに質問されたことが気になったのか、アイリが不思議そうにユラへ視線を向ける。


「別に……。そういえば、ユウマがアイリと出かけたいって言ってた」


「へ?」


 思わず、そんな間抜けな声が口から漏れた。


「そうなの? でも、なんで?」


 当然のように、アイリの視線がこちらへ向けられる。


「えーと……」

 

 そんなことを口にした記憶は、ユウマには全くなかった。

 いや、もしかしたら寝ぼけたまま口にしたとか……?

 そんな馬鹿なことを考えながらユラへ視線を向けると、わずかに目配せが返ってきた。

 

 ——合わせて。

 声こそ聞こえなかったが、その目は確かにそう訴えていた。


「あー、そうそう。アイリに選んでほしいものがあって」

 

「いいけど。今日じゃないとダメかしら」


「ユウマは今日じゃないとダメって言ってた」


 ユウマの代わりにユラが返事をする。


「そう……ユラはどうするの?」


「私はギルドでちょっと用事がある」


「そう……。まぁ、分かったわ」

 

 アイリは少し考える素振りを見せたあと、仕方ないとでも言いたげに息を吐いた。


 どうやら、了承してくれたらしい。

 いや、待て。そもそも何を了承されたんだ、俺は。

 何だかよく分からないうちに、話が進んでいく。

 ユラのほうを見ても、もう視線は合わない。何食わぬ顔でスープを口に運んでいる。

 

 まぁ、事情はあとで聞けばいいか。

 というか何だかこっちに来てから、振り回されることに慣れてきている気がするな。

 そんなことを考えながら、ユウマはパンをちぎり、口へと放り込んだ。


 

「ユウマ君。少しいいですか?」


 食器を洗っていると、エリアスから話しかけられる。


「あ、うん。大丈夫です。どうしたの?」


 いつもと変わらない穏やかな表情だった。ただ、どこか言葉を選んでいるようにも見えた。


「では、あとで部屋に来てください。アイリにも少し出発は待ってもらうように、私のほうから言っておきましょう」

 

「もしかして、なんだか深刻な話だったり?」


 エリアスは、基本、ユウマたちへの過度な干渉を避けるようにしている節がある。

 だからこそ、エリアスのほうからそんな風に話を切り出されることは、どこか違和感があった。

 

「いえ。少し話しておきたいことがあるだけですよ。心配しなくても悪い話ではありません」

 

 不安そうに尋ねるユウマに気づいたエリアスが、その不安を払拭するように、いつもの優しい笑みを浮かべる。


「分かりました。後片付けが終わったら部屋に行きます」


「お願いします」


 ユウマは、食器洗いを再開する。


 

 コンコンコンッと部屋の扉をノックする。


「どうぞ」


 エリアスの返事を確認してから、ユウマは扉を開けた。

 エリアスがいつもの椅子に座っていた。ユウマが入ってきたのを見ると、椅子に座ったまま、こちらへ身体を向けた。


「そちらの椅子を使ってください」


 ユウマは丸椅子に腰掛けた。

 

 何の話なんだろう。さっきは悪い話ではないとは言っていたが、本当のところはどうなのだろうか。数週間一緒に暮らしてきたからこそ、エリアスが無駄な嘘をつくような人ではないことは分かっていた。それでも、これから聞かされる話が、どうにも良いものだとは思えなかった。


「わざわざすみません。ユウマ君には話しておきたいことがあったので、少し時間をもらいました」


「さっきは悪い話じゃないって言ってたけど、ほんとですか」


 ユウマの言葉にエリアスは困ったような笑みを浮かべた。


「すみません。少しごまかしました。アイリやユラには、今回の相談の内容を知られたくなかったものですから」


「やっぱりそうなんですね」


「はい。長くならないように話しますね」


 そう言って、エリアスは静かに話し始めた。


 エリアスの話は、この辺りで起こっている事件についてだった。ちょうど、ユウマがこの世界に来た頃から、アッシュ地区やその近隣で人攫いが起きていたらしい。


 そういえば、こっちの世界に来てすぐの頃に、物騒な事件が起こっているみたいな話を聞いた気がする。当時はそこまで気に留めていなかったが、この話を指していたのかもしれない。あれは誰から聞いたんだっけ。


 黙って話を聞いていたユウマだったが、一つ疑問が浮かんだ。

 

「人攫いって、そんなに珍しいことなの? 案外、起きてもおかしくないと思うんだけど」


 この世界の文化レベルと、このアッシュ地区の治安からすると、言い方が悪いが、人攫いという行為自体は起こっても何らおかしくないとユウマは感じていた。


「えぇ、人攫い自体は昔からありました。ですが今回は、その頻度と、狙われる年齢層に特徴があります」


「と言うと?」


「今回は、五歳から八歳ほどの子供ばかりが狙われています。しかも、近隣の地区でも同様の失踪が相次いでいるようなのです」


 なるほど。確かに攫われる対象が限定されていることが、分かる程度に頻発しているとなれば、偶発的な犯行とは考えにくい。


 特定の年齢の子供ばかりを狙っているとなると、人身売買を生業とする組織がいたりするのだろうか。金持ちの貴族や商人に売り飛ばすため、あるいは人族以外の種族も暮らすこの世界だ。幼い人族の子供に異常な執着を持つ連中がいてもおかしくない。


 ——考えれば考えるほど、ろくでもない話だな。

 

「なるほど。つまり俺も、もしかすると狙われるって話ですか?」


「その可能性もなくはないですが、そこまで心配していません。年齢も十歳と少し外れていますし、ユウマ君はしっかりしているので」

 

 まぁ中身は、二十代半ばの元社会人ですからね。数年社会に揉まれた身からすると、礼節は嫌でも自然と身につくものなのだ。


「じゃあ、なんでその話を俺に?」


 当然の疑問をエリアスにぶつける。


「私が心配しているのは、アイリについてです。最近、アイリの帰宅が夜遅い日が多いことには、気づいていますか?」


「あぁ。でも、あれは魔法の練習だったよ。興味本位で付いていったこともあるけど、いつもの近くの廃屋で、魔法の特訓をしてたし」


「えぇ、私もそう聞いています。ただ……本当にそうなのか、少し疑わしいと私は思っています」

 

「なんでそう思うんですか?」


「実は以前、アイリから行方不明になった子供たちについて相談を受けているんです。あの子が親しくしていた子供たちの中で、姿が見えなくなった子がいるようでして」


「……そうなんですか?」


 エリアスが頷く。


「すでに、衛兵の方々に相談はしています。その上で、このことは、私たち大人に任せるように、アイリには言っています。ですが、アイリは今なお一人で何か調べているのではないかと、少し心配しているんです」


 そう言えば、レインのお店で会った衛兵が妙な反応をしていたことを思い出す。


 話しかけた時、あの衛兵は、『アッシュ地区の教会』という単語に反応していた。それに、俺のことを『あのガキの家族』といっていた。おそらく、あの『ガキ』とはアイリのことだったのではないか。こっそり事件を調べ回り、衛兵にも何度か相談していた。だからこそ、あんな反応をされた――そう考えれば辻褄は合う。

 

 とはいえ、あの衛兵の言葉だけで、アイリが事件を調べていると決めつけるのは早計だろう。確証もない話をエリアスに伝えて、二人の間に、無駄な軋轢が生まれるのは一番避けたいところだ。

 まずはアイリ本人に、それとなく聞いてみるか。もし本当に危険なことをしているなら、そのときはエリアスにもちゃんと話そう。うん、そうしよう。


「それは心配ですね……。でもユラにも、それは話した方がいいことなんじゃ?」


「あの子は、家族に危険が降りかかるくらいなら、自分の身を危険にさらします。たとえ、それが少し無茶なことだとしても。ユラに話せば、間違いなくアイリを問い詰めるでしょう。そうなれば、アイリはなおさら、この問題を一人で抱え込もうとするはずです」


 そう言って、エリアスは少し寂しそうに笑った。


「俺だって、ユラと同じように問い詰めちゃうかもしれませんよ。実際、アイリにそれとなく聞こうかと思ってたし」

 

「これは直感なのですが、ユウマ君は精神的には、ユラやレインよりずっと大人だと思っています。私の見立てでは、二十代半ばくらいですかね。うまくやってくれると思ってますよ」


「はは。ずいぶん高く評価されているみたいですね」

 

 ユウマは、少し引きつった笑みを浮かべる。

 アイリも相当、勘が鋭いが、それ以上にエリアスは全てを見透かしているのではないかという言動をすることがある。さすが家族といったところだな。


「もちろん、事件については私の方でも調査を続けます。ユウマ君には、できればアイリのことを見守っていてほしいんです」


「見守る……か。なかなか難しいお願いですね」


「私には話しにくいことでも、ユウマ君になら話してくれるかもしれませんから。何かあったら、いつでも相談してください。アイリをよろしくお願いします。ユウマ君」


 深々と頭を下げるエリアスに、ユウマは少し複雑な表情をする。ここは気の利いた言葉でも言えたらいいのだが。


「なんか俺が、アイリを嫁にもらいに来たみたいですね」

 

「相手がユウマ君なら安心ですね」


 冗談半分で言ったつもりだったのだが、エリアスは何の迷いもなくそう答えた。

 

「冗談ですって。そんな当たり前のように許可されると、本気で嫁にもらっちゃいますよ?」


「そのときは、まずアイリ本人に許可をもらわないといけませんね」


「そこは保護者として止めないんですか?」


「盛大な結婚式にしたいですね」


「割と本気なのか!?」


 困ったように笑うユウマに、エリアスはニコリと笑顔を返した。


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