第24話 作戦会議
ユウマの前にコップが置かれる。続いて、ユラとレインの前にも。
中には、透き通った茶色の液体が注がれている。この辺りでよく飲まれている麦茶ならぬ、麦湯だ。
三人は揃ってコップへ口をつける。
ほのかな甘みと、穀物の柔らかな香りが口いっぱいに広がった。
味は、麦茶に近いが、麦茶ほど香ばしさはない。だが慣れると妙に癖になる美味しさをしている。
「ふぅ……」
三人の息が、ほとんど同時に漏れた。
「ありがと。エリアス」
用意してくれたエリアスにユウマがお礼を言うと、優しい笑顔でエリアスが答えた。そのまま席に着いたエリアスが一つ息を吐く。
「それでユウマ君にも計画を話すことにしたそうですね」
エリアスがいきなり本題に入る。
「あぁ。ちなみにアイリはしばらく帰ってこないんだよな」
念を押すように、レインがエリアスに尋ねる。
「えぇ……アイリは、近頃帰りが遅いので……」
エリアスはそう答えたものの、その笑顔にはほんの少しだけ陰りがあった。
「それで、どこまで話したんだっけな」
「プレゼントのために、お金を少しずつ貯めてるところまで聞いたよ」
「あぁ。そうだったな」
「待って。その前に——」
ユラがレインの言葉を遮る。腰の革袋から先ほどギルドでもらった魔晶石を取り出し、テーブルに置いた。
「マジか……」
「これは……」
レインとエリアスが目を見開いた。そして、それから納得したように頷いたかと思うと、二人が何やら考え込んでしまう。
「どういうこと、その魔晶石が何なの?」
ユウマだけが状況を飲み込めず、そんな二人の顔を見比べている。ユラがため息をつく。
「魔晶石の代表的な用途は、杖の核にすることなの。つまり——」
「なるほど。完全に理解したぜ」
皆まで言うな、とばかりに片手でユラを制止する。
「つまり、俺とユラの大活躍で手に入れたこの魔晶石で、アイリにとっておきの杖を用意しようぜってことだな!?」
「そんなにカッコつけて言われても困るけど。あとちょっと違うし」
「意外と冷たいリアクション。あと違うのね!?」
良い感じのセリフで、ユラの同意を得られる予定だったのだが、予想外にその真逆の反応が返ってきたことで、ユウマは少し肩を落とした。
ユラがもう一度、ため息をつく。
「話は最後まで聞くべき。今回、魔晶石を手に入れたことで、既製品を買うんじゃなくて、特注することもできるようになったの。上手くいけば、普通に買うよりずっといい杖になると思う」
分かりやすく一から説明してくれるユラに、ユウマは頷きながら「うんうん」と相槌を打つ。
「一般的な杖の作成に必要なのは、核となる魔石。それから、その魔石の魔力に耐えうる素材。つまり——」
「杖本体の素材ってことか」
ユラの次の言葉をユウマが代わりに口にする。
今度は間違わなかったらしい。ユラはこくりと頷いた。
「で、その杖の素材を買うってことか? てかそれは売ってんのか?」
「それが問題。普通、杖は完成品を買うものだから、材料だけが市場に出回ることは少ないの。まして、ダークウィッチの魔晶石に耐えられるような素材なんて、そう簡単には見つからないと思う」
「じゃあ、また怖いモンスターを倒しに行くのか? あんな命がけなのは勘弁したいけどな」
「私もユウマと心中なんて、もう死んでもごめん」
「ちょっと、さすがにそこまで言われると、俺だって傷ついちゃうんだけど?」
ユウマの言葉に、少しだけ笑ったユラだったが、目下の問題は簡単には解決しそうにないらしく、そのまま顎あたりに手を当て、考え込む。
その場に、しばし沈黙が流れた。
「とりあえず、明日、ギルドに行ってみるしかねぇな」
「では、期待は薄いですが、私も良い素材がないか街のほうを探しておきましょう」
二人の会話から察するに、レインとエリアスも良い答えは見つからなかったらしい。
「ユウマも大体、今の状況は理解しただろうし、今日はこれくらいにしておくか」
レインの一言に、ユウマとユラが頷く。
「この魔晶石はエリアスが隠しといて」
「えぇ。任せてください」
エリアスは魔晶石をポケットにしまうと、みんなのコップを片づけ始めた。レインも身支度を済ませて、帰る準備をしている。
「ちょっとユウマ、それからレイン。もう少しだけ付き合って確かめたいことがある」
二人は、ユラから呼び止められる。
「あぁ別に構わねぇぜ。元々、今日はのんびり過ごす予定だったからな」
「俺も今日は特にこの後、予定もないし、大丈夫」
レインとユウマの二人が快諾する。
そのままユラは、二人を連れて外に出ていく。
教会の裏に連れ出された二人は、ユラの前に並んだ。
「ダンジョンでの最後、闇魔法覚えてる?」
「あぁ。ダークウィッチが魔力切れか、魔力暴走かで、魔法が消えたって話だろ? 運が良かったな」
レインは退屈そうに欠伸を噛み殺している。だがユウマは、ユラの意図することを何となく理解することができた。そういえば、その話をするのを忘れていた。
ユラもユウマが勘付いたことに気づいたのだろう。二人は目を見合わせて、静かに頷く。
「帰り道では、あまり深くは言わなかったけど、あれはそういうのじゃなかった。多分、ユウマの力なんじゃないかと思う」
「どういうことだ?」
退屈そうにしていたレインも、ユラの言葉には多少興味を引かれたらしい。ユウマの方に向き直り、そんな質問を投げかけてくる。
「いや。俺もよく分かんないんだけど、目の前で消えたんだよ」
「何言ってんだよ」
レインは腑に落ちない様子で、片眉をわずかに吊り上げた。
そう言われても、ユウマ自身、なぜあんなことが起きたのか分かっていない。あの時はただ必死だったのだ。これ以上、説明のしようがなかった。
「だから、この後、実験をする」
そう言ったユラは、少しだけ得意げな顔をした。
「準備はいい?」
「あぁ」
ユウマの真後ろからユラが声をかけると、少し離れたところでレインが片手を上げた。
ユウマの後ろにユラ、少し離れた正面にレイン。一応、あの時と似た位置関係にはなっていた。
「じゃあ。レインは合図をしたら、魔法を撃ってみて。もちろん怪我しない程度のものね」
「あとユウマは、あの時の再現をできるだけ正確にお願い」
「そうは言われてもな……」
ユウマは、レインに視線を向ける。レインもどこか半信半疑なところがあるようで、少し困ったような顔をしている。
「じゃあ、レイン。やって!」
レインが、ため息をひとつ吐くと、手を前に突き出した。
「広大なる大地の力の欠片をここに《ガンド》!」
レインの詠唱で、小さめの土塊が突き出した掌の前に生成される。
「じゃあ行くぞ」
その言葉で、それはユウマに向けて発射された。
それなりの速さで飛来してくる土塊を見ながら、ユウマは当時を思い出す。
あの時は確か、手に魔法が当たった瞬間、消えたはず。
とりあえず、手を前に出し、意識を集中させる。
そして、そのまま土塊を手で受け止めてみる。案の定というか、当然というべきか。土塊はユウマの手を直撃し、爆ぜた。
「痛ってぇ!」
ユウマは直撃した手をぶんぶんと振りながら絶叫した。
「ちょっと何やってるのユウマ。ちゃんと再現したの」
後ろのユラが少し呆れたように眉を下げた。
「したよ。それに再現って言われても、今以上のことは、あの時してないぜ?」
涙目になったユウマがユラに反論する。
「動きだけ真似してもダメ。魔法はイメージや感情も大事なの。あの時、どういう気持ちで、何をしようと思ってたのか思い出してみて」
ユラの言葉で、ユウマは腕を組む。
ユウマは改めて、あの時のことを思い返した。
あの時、何を思っていたのか……。死への恐怖、焦り、そんな感情に支配されていた気がする。ただとにかく必死だった。
「広大なる大地の力の欠片をここに……」
レインの詠唱が、ぼんやりと聞こえる。
でも最後に俺は何を思ったのだろう。再び手を前に突き出す。
「ガンド」
レインの言葉で、発射された土塊が、再び迫ってくる。
あぁ、そうだ。思い出した。あの時、俺は思ったんだ。
——消えろ。
土塊が掌に触れた、その瞬間。
その形が、ふっと崩れた。
——あの時と、同じだ。
衝撃もない。さっきのような痛みもない。
確かに触れたはずなのに、掌には何の感触も残っていなかった。
崩れた土塊が、ボロボロと地面へ落ちる。
「おぉ……すげぇ。マジで魔法が消えた」
レインは目を丸くしたまま、魔法を放った右手と、ユウマのほうを交互に見つめている。
「みたいだな……」
いまいち実感が湧かないユウマは曖昧な返事を返す。
「やればできるじゃん」
背後から、ユラに軽く小突かれる。
「あぁ。ユラのおかげだ。ありがとな」
「別に、私は思ったことを言っただけだし」
ユラは視線を逸らし、耳元の髪を指先で弄る。その仕草が妙に年相応に見えて、ユウマは思わず口元を緩めた。
ユラは怪訝そうに眉をひそめた。
「時々、ユウマって気持ち悪い顔するよね」
「気持ち悪いは言いすぎじゃね」
「……自覚した方がいいよ」
そんな気持ち悪い顔してますかね。俺。
ユラの言葉に、傷ついたユウマは、肩を落とした。
「そんなことより、色々試してみたいことがあるから。もう一回」
そう言ったユラは、普段よりわずかに目を見開いていた。
「分かったよ。レインも、もうちょっとだけ付き合ってくれ」
「ダンジョンの一件があって、特訓も、依頼もここ最近してなかったからな。肩慣らしにちょうどいいぜ」
三人の実験は、その後もしばらく続いた。




