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第22話 特別報酬

 あれから二日後、ユラとユウマは呼び出しを受け、ギルドを訪れていた。

 受付に事情を説明すると、そのまま二人は、応接間に案内された。

 

 数分もしないうちに、リシェルが部屋に入ってくると、向かいの席に腰を下ろした。

 

「今回はご足労いただきありがとうございます」


 そう言ったリシェルの顔は、いつになく真剣だった。


「なんだか、随分と今日は堅苦しい感じなんですね」


 ユウマの言葉にも、リシェルはその表情を崩さない。そして、そのまま深々と頭を下げた。


「今回の事態は、ダンジョンの実態を正しく把握できていなかったギルド側のミスでもあります。本当に申し訳ありません」


 深々と下げられた頭を前に、ユウマはユラと顔を見合わせた。

 

「そんなことないですよ。足元をしっかり確認してなかった俺たちの落ち度でもありますから」


「リシェルさんたちのせいじゃない。あれは鈍臭かったユウマが悪い」


「鈍臭いは余計だけどな」


「私が飛び込まなかったら、ユウマはあのまま下層でミンチになってたけど」


「それを言うのは……反則だけどね!」


 二人のやり取りに、リシェルの引き締まっていた表情が、ようやく少し緩んだ。


「ありがとうございます。ユウマ君。ユラちゃん」


 リシェルは一度息を吐き、姿勢を正した。


「では、少しお待ちください」

 

 そう言ったリシェルは、席から立ち、棚のほうへ歩く。そのまま何かを持ち出すと、テーブルにそれを置いた。

 

「あの後、第二層の確認をする中で見つけたのが、これです」


 それは掌ほどの大きさの宝石だった。

 深い赤紫の光を内側に宿し、見る角度によって紅にも紫にも色を変えた。


「これは……魔石ですか?」


「多分違う。これって……」


 二人の反応を確認すると、リシェルは言葉を続けた。


「ユラちゃんは何となく分かったと思うけど、これは魔晶石です」


「もしかしてあのダークウィッチか?」


「ダークウィッチがいたんですね……」


 その言葉に、リシェルの表情がまた険しくなる。

 

「大丈夫ですよ。ユラと俺の連携でばっちりやっつけてやりましたから!」

 

 ユウマは胸を張る。


「……まぁ。そう」


「なんでちょっと不満そうなんだよ」


「別に不満ってわけじゃないけど」

 

 ユウマとしては、初めてユラと共闘して得た戦果に内心浮かれていたのだが、思いのほかドライな反応が返ってきて、少し肩を落とした。

 

「倒したんですか……」

 

 向かいに座るリシェルは、わずかに目を見開く。


「はい、一応。なんかまずかったですか……?」


 ユウマが困ったように見つめると、リシェルは慌てて言葉を重ねた。


「いえ。まずくはありません。むしろ、こちらとしては助かるというのが正直なところです」


 リシェルが一呼吸置く。

 

「ダークウィッチはウィッチ種の変異個体です。地下や魔力濃度の高い場所に長く棲みつき、通常個体とは異なる魔法も扱うようになったものをそう呼びます」


 ユウマは、あの黒いローブ姿を思い出した。

 氷の柱。

 地面から伸びた根。

 そして最後に放たれた、黒紫の光。

 身体の奥がわずかに冷える。


「……やっぱりヤバいやつだったのか」


「気づいてなかったの?」


「なんとなくは感じてたけどな」


「よくそれで戦ったね」


「逃げられる状況じゃなかったんだよ」


「それは……そうだけど」


 ユウマの言葉に、ユラがわずかに視線を逸らした。

 

 そんな二人を、リシェルは黙って見つめていた。

 ユウマもその視線に気づく。先ほどまでとは違う。驚きというより、何かを測るような視線だった。

 

「ウィッチ種は、多彩な魔法を使う点は脅威ですが、その反面、接近戦が有効とされている魔物です。お二人との相性自体は悪くありません。ユラちゃんなら、ある程度は渡り合えると思います。ただ、それでも——」

 

 リシェルはユウマへ視線を向け、静かに告げた。

 

「よく倒せましたね」


 その視線に、ユウマはわずかな居心地の悪さを覚えた。

 

「いや運がよかったです。よく分からないんですけど、隙が生まれたところをユラと協力してなんとか……」


「……そうですか」


 ひとつ息を吐き、リシェルがぱん、と手を叩いた。

 

「ともかく本当に……よく帰ってきてくれました」


 先ほどまでとは違う。

 その言葉には、ギルドの受付としてではなく、一人の知り合いとしての安堵が滲んでいた。


「今回の件について、ギルドでは、あのダンジョンを再調査しています。第二層の存在を把握できていなかったことも含め、何か分かればお二人にはご連絡させていただきます」


「そういえば、ガレスたちが攻略した時には入口なんてなかったんですよね?」


「ええ。少なくとも、当時の報告にはありません」

 

 リシェルが頷く。


「階層ダンジョン自体そこまで数が多くなく、まだ解明されていない部分も多いです。後から第二層への道が形成されたのか、それとも——」


「隠されてた?」


 ユラの言葉に、リシェルが静かに頷いた。


「その可能性はあります」


 脳裏に、あの不自然な崩落が浮かぶ。

 あれはダークウィッチを倒したことで、魔法が解けた的なことだと思っていたが、もしかすると、別の原因だったのだろうか。


「……ダンジョンって、思ったより怖い場所なんだな」


「今さら?」


「今さらですね……」

 

 素直に認めると、ユラが呆れたように息を吐いた。


「すみません。話が逸れてしまいましたね。今日、お二人をお呼びした一番の理由は、この魔晶石についてです」


「これ?」


 ユウマは改めて赤紫の宝石へ目を向ける。

 

「魔晶石は、普通の魔石よりも、はるかに高密度の魔力を宿しています。長い年月をかけて強大な魔力を蓄えた魔物から稀にしか採れない、とても希少なものなんです」


 リシェルが宝石へ手を伸ばす。細い指先が触れる寸前、赤紫の光が内部でゆらりと揺れた。

 

「じゃあ、高く売れる?」


 ユウマの現金な質問に、リシェルが小さく笑った。

 

「ええ。かなり高価です」

 

「これは、第二層で発見したダークウィッチの亡骸から回収されたものです。現場の状況とガレスさんたちの報告から、お二人が討伐したものと判断しています」

 

 リシェルはそこで一度言葉を切った。


「また、今回の素材回収依頼は第一層のみが対象です。そのため、第二層で討伐された魔物の素材は、依頼の納品対象には含まれません」


「つまり?」


「討伐者である二人に、所有権があります」


「…………」

 

 沈黙。

 ユウマが生唾をのむ。

 

「……高いんですよね」

 

「二人で分けても、一年近くは依頼を受けずに暮らせるくらいでしょうね」


「マジですか! もちろん売——」


「ダメ」


 ユラが突然、声を上げる。


「なんでだよ。一年分だぞ? これがあれば——」


「ダメったらダメ」


 きっぱりと言い放ったユラは、ユウマのほうへ向き直る。


「理由は後で話す。だから今は、お願い」


「……分かったよ」

 

 真剣な顔をしたユラに、ユウマはひとまず引き下がることにした。

 

「分かりました。では、この魔晶石の使い道に関しては、お二人にお任せします。あとは——」


 どこからか取り出した書類の束をリシェルがテーブルに置いた。


「こちらに記載をお願いします」


「あの……これは?」


 リシェルが眼鏡をくいっと押し上げる。


「今回の件に関する、各種処理書類です」


「結構ありますけど……?」


「全部お願いします」


「……マジですか?」


「マジです」


 リシェルはいたって真面目な顔で答えた。

 

「書けるところ、私の分もよろしく」


「その間、お前は何するんだよ」


「私は……この魔晶石を奪われないように見守っておかないと」


 ユラはテーブルの魔晶石をつまみ上げ、顔の近くまで掲げると、いたずらっぽく微笑んだ。

 

 ——くそ、可愛いじゃねぇか。

 普段は見せないような顔を、ここぞとばかりにするのは反則だ。


「しょうがないなぁ」


 ユウマは観念したようにため息を吐き、二人分の書類に手を伸ばした。


 順調に書類にペンを走らせていたユウマだったが、ふとその手が止まった。


 …………あれ?


 今しがた書き終えた自分の名前を、改めて見つめる。

 

 確かにそこには、自分の筆跡で名前が書かれている。だが、それはひらがなでも漢字でもない、見たことのない文字の羅列だった。

 それなのに、読める。しかも、自分で何の迷いもなく書いていた。

 

 ——なんで気づかなかったんだ。

 

 こっちの世界に来てから、もう数週間。

 それなのに、今まで一度だって、自分が違う言語を使っていることに疑問を抱かなかった。

 それどころか、今こうして眺めていても、目の前の文字には昔から慣れ親しんでいたような感覚がある。

 日本語じゃないことは分かる。なのに、これが当たり前だったような気もする。

 

「手止まってるよ。ユウマ」


「……あぁ」


 ユラに指摘され、続きの書類に目を落とす。そして、氏名を書く。やっぱり、読めるし書ける。


 ——これは……やっぱりユミルのおかげなのか?

 

 思い当たる節はそれしかなかった。

 読み書きに困らないのは、正直ありがたい。

 でも、こういう大事なことは、最初に言っておいてほしかった。相変わらず説明が足りてない。


 そんな文句を言ったところで、あの神は「その方が面白いじゃん」なんてことを飄々と言い放つだろうことは、何となく想像できた。


 ——まぁ、サプライズプレゼントってことにしておくか。


 そう割り切ることにして、ユウマは、再びペンを走らせた。

 

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