第21話 家へ帰ろう
上へ向かっている最中、二人はガレスたち一行と出くわした。
「ユラ、ユウマ! 無事だったか」
先頭にいたガレスが、こちらに気づくなり駆け寄ってくる。
——やっと合流できた。
安堵感で立ち止まったユウマの頭を大きな手が掴んだ。
そのまま、背中のユラもまとめて力任せにガシガシと撫で回される。
「ちょっと、禿げちゃいますって」
「子供のくせに何言ってんだ」
「いや、マジで」
割と本気で言っているのだが、ガレスはまるで気にしない。
相変わらず、自分たちを子供扱いしているらしい。
けれど。
その顔に浮かぶ隠しきれない安堵を見てしまうと、それ以上文句を言う気にはなれなかった。
…………それにしてもいつまで撫でてんだ。
「ちょっと感傷に浸ってる場合じゃないわよ。合流できたならさっさと帰るわよ」
「二人とも、手傷を負っています。あまり手荒な真似はよしてください」
いつまでも頭をガシガシと撫で続けるガレスに、ミレナとハンナがそれぞれ後ろから声をかける。
「おっと。すまん。つい嬉しくてな」
ようやくガレスの手が二人の頭から離れる。
「よく二人とも生きててくれた。遅くなってすまなかったな」
ガレスは二人にそう告げると、優しく微笑んだ。
「撤収だ!」
ガレスが号令をかける。
その合図で、一行は元来た道を戻り始める。
「ユウマ、降ろして」
背中からユラの小さな声が聞こえる。
「いや。足、痛めてるんだろ。今は休んでろよ」
「…………」
「なんだよ」
「……バカなのは変わらない」
今の会話のどこにバカ認定される要素があったんだ。
若干の不満を覚えながらも、そのまま二人は皆と共に通路を上っていく。
ダンジョンの入口を抜けた頃には、すっかり日が落ちていた。
ひんやりとした夜風が頬を撫でる。見上げれば、頭上には満天の星が広がっていた。
「やっと出られた……」
張り詰めていたものが一気に抜け、ユウマはその場にへたり込んだ。
背負っていたユラが、ゆっくりと地面へ降りる。
「……ありがと」
よれた服を直しながら、ユラが言った。
「足はもう平気なのか?」
「だいぶ良くなった」
ここまで戻ってくる途中、ハンナがユラの足に治癒魔法をかけてくれていた。
話によれば、治癒魔法は傷を直接塞ぐようなものではなく、その人が本来持つ治癒力を高める魔法らしい。
だから、どんな傷でも一瞬で治せるような便利なものではない。
「ユラちゃんは、低魔力体質だから多分傷の治りも早いと思うよ」
ハンナさんはそう言っていた。
ユラは試すように右足へ体重をかけ、軽く地面を踏んだ。まだ多少の痛みは残っているようだが、歩く分には問題なさそうだった。
そんなユラの様子を見て、ユウマは微かに口元を緩めた。
その時、ちょうど一台の馬車が、近くに止まった。
馬車とは言ったが、その荷台を引いていたのが、トカゲ?のような生物だった。
現代風に言うと、地龍って呼び名にぴったりの見た目。
だから正確に言うと龍車とかになるのか……?
荷台から、数名が飛び降る。もう日は落ちているせいもあり、シルエットくらいしか分からない。
ガレスがそちらに歩いていくと、何やら会話を始めた。
しばらくすると、そのうちの一人がこちらに、小走りでやってくる。
その顔が焚火に照らされると、見知った顔であることが分かった。
「ユウマ君、ユラちゃん!!」
駆け寄ってきたリシェルは、そのまま二人まとめて抱き締めた。
く、苦しい。
華奢な体に似つかない強い力で抱き寄せられ、隣のユラも少し、顔をしかめている。
「リシェルさん痛いです」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
ユウマの言葉で、リシェルが慌てて腕を緩める。
「回収中に地面が崩れて、二人が落ちたって聞いて……本当に、無事でよかった」
表情を緩めるリシェルを見て、ユウマはその格好がいつもとは違うことに気づいた。
いつもの受付用の正装ではない。
身体には革鎧。上から薄手の外套を羽織っている。
腰には、どこかの魔法映画で見たような、細身の木製の杖が差されていた。
「リシェルさんは……助けに来てくれたんですか」
「はい。すぐ動けるパーティがいなくて。私も昔、冒険者をしてたので」
「俺が呼んだんだぜ」
リシェルの隣に、トッドがゆっくりと並ぶ。
「いやー参ったぜ。お前らが落ちてから、急いで、街まで戻ってたからもうヘトヘトだぜ」
ガレスたちと再会した時、何か物足りない気がしていた。どうやら、いつもの軽口を叩く奴がいなかったせいらしい。今さら、そんなことに気づく。
「わざわざすみません」
ユウマは、頭を下げる。
「気にすんな。ガキを自分たちの依頼で死なせるなんて、まっぴらごめんってだけだ」
こちらに余計な気を負わせまいとする気遣いなことは、ユウマには分かった。
「ありがとうございます」
先ほどより深く二人に対して頭を下げた。
場を仕切り直すように、リシェルさんが咳ばらいをした。
「ユウマさん、ユラさんの無事は確認できました。詳しい事情はまた後日聞かせて下さい。私は、新しく見つかった第二階層の確認と、入口の封鎖をしないといけません。なので——」
そう言って、リシェルは体を横に逸らす。
「町までは、彼らと一緒に戻ってください」
その後ろには、見知らぬ男女が二人。
そして、レインが立っていた。
「元気そうじゃねぇか」
「レイン!」
「レイン……」
開口一番いつも通りの言葉を投げてくるレインに、ユウマとユラがそれぞれ声を返した。
◇
「で、ユラは、ユウマに助けられたってわけか」
一通り話を聞き終えると、レインは悪戯っぽく口元を緩め、ユラへ視線を向けた。
「……うるさい」
隣で膝を立てて座っていたユラは、その視線から逃げるように、組んだ腕の中へ顔を埋めた。
そういえば、さっきレインを見た時、ユラは妙に複雑そうな顔をしていた。こうなるの、分かってたのか。
「まあ、相性が良かったにしても、ダークウィッチを二人で倒したんだ。よくやったと思うぜ」
やっとそんな素直な言葉をレインが口にする。
「レイン。あんた、もう少し素直になりなさいよ。『生きててよかった』くらい言えないの?」
御者台にいる二人のうち、女の方がこちらに声をかけてくる。
「うるせぇよ。母さんは黙ってろよ」
「ほんと。そんな素直じゃないところは誰に似たのかしら」
普段は冷静沈着なレインも、母親相手では形無しらしい。
「助けに来てくださって、ありがとうございます」
「あら。あなたがユウマ君ね? 話は聞いてるわよ。」
彼女はぱっと表情を明るくした。
続いて、隣の男もユウマを一瞥する。
この流れで行くと、おそらくレインの父親だろう。
しばらくこちらを見たあと、男は、挨拶代わりにわずかに会釈をする。
それ以上、何か話しかけてくる様子はない。
母親とは対照的に、ずいぶん口数の少ない人らしい。
「ちっ」
完全にペースを乱されたレインが、軽く舌打ちする。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はセリア・アルヴェイン。こっちは夫のローディス。よろしくね」
「よろしくお願いします。それと、駆けつけていただき、本当にありがとうございます。」
もう一度頭を下げると、セリアは何やら興味深そうにユウマを見つめた。
「なるほどねぇ……」
セリアがつぶやく。そしてすぐに頷いた。
「聞いてたよりずっと聡明そうな子じゃない。うちのレインをよろしくね」
「おい。今回助けに来たのは俺たちだからな。それに、こいつ俺より二つも年下だぞ」
すかさずレインが口を挟む。
「あらやだ。最近、耳が遠くなってきちゃって」
「ちっ。クソババア……」
街道を走る車輪の音にかき消されそうなほど小さく、レインが呟いた。
直後。
どこから飛んできたのか、革袋がレインの顔面を直撃する。レインはそのまま後ろへ倒れ込んだ。
「痛って。おいなに——」
レインの顔が固まる。
なんだ?
運転席のほうに目を向ける。
「ババア? なーに??」
セリアの鋭い視線が、レインを射抜いた。
先ほどまでの柔らかな笑顔は跡形もなかった。
「レイン」
それまで黙っていたローディスが、ぽつりと口を開く。
「母さんは怒らせない方がいい」
「……親父、助けろよ」
「それは……無理だ」
「…………すみませんでした。お母様」
普段のレインからは想像もつかないほど、かしこまった声だった。
「ぶっ」
堪えきれず、ユウマは吹き出した。
隣を見ると、ユラまで肩を小さく震わせている。
「お前ら……」
頬をわずかに赤くしながら、レインが頭を掻いた。
けれど、何かに気づいたようにその手を止めた。
ユウマを見る。
次に、ユラを見る。
「……なんか、お前ら変わったな」
「え?」
ユウマとユラは、ほとんど同時に顔を見合わせた。
◇
ギルドに着いた頃には、もう夜はすっかり深くなっていた。
ユウマとユラ、加えてレインは、そのまま3人で教会へ向かっていた。
レインは、そのままセリアとローディスと共に帰ってもよかったのだが、「二人を送ってきなさい」と言われ、しぶしぶついてきているという形だ。
「めんどくせぇな」
レインがぼやく。
「助けてきてもらった上に、家まで送ってもらっちゃって。ほんとごめん」
「いや。お前らじゃねぇよ。……湿っぽいのは好きじゃねぇんだよな」
「?」
ポツリとつぶやいたレインに、ユウマは、わけも分からず、首を傾げた。
教会が見えるところまで来ると、その前に二つの人影があった。
一つがせわしなく動き回り、もう一つはその近くで何かに座っているように見えた。
アイリとエリアスだろう。そしておそらく動き回っている方が、アイリだな。
ユウマは直感的にそう感じた。
さらに近づくと、二つの影がこちらに気づく。
座っていた方の影が立ち上がる。
動き回っていた方は、一瞬、動きを止めると、すぐにこちらに向かって駆けてくる。
「ユウマ! ユラ!」
聞き慣れた声が聞こえてくる。二人が足を止めた。
そして、そのままアイリは、並んだユウマとユラへ全速力で飛び込んできた。
一切躊躇のない飛び込み。疲労が残っていることもあり、三人まとめて地面へ倒れ込む。
「重いって。アイリ」
隣では、ユラもわずかに顔をしかめている。
「…………」
アイリは何も答えなかった。ただ二人を抱きしめるその手の力が強くなる。
「ごめんなさい……私のせいで」
やっと聞こえたのは、絞り出すようなそんな声だった。
ユウマとユラは、顔を見合わせた。そしてどちらからともなく笑った。
「気にすんなよ。こうして二人で帰ってこれたんだ。結果オーライだ」
「大丈夫。元気いっぱいだよ」
「ほんとに……ほんとによかったぁぁぁ……!」
とうとう堪えきれなくなったのか、アイリが声を上げて泣き始めた。
「……ただいま、アイリ」
ユラが小さく呟いた。
胸元に押しつけられた顔から、じわりと温かなものが染み込んでくる。
ユウマは、そっとアイリの頭に手を置いた。反対側では、ユラもアイリの背中に手を添えている。
ふと顔を上げると、エリアスもすぐそばまで来ていた。
エリアスは何も聞いてこない。ただ、いつもの優しい笑みを浮かべている。そして——。
「おかえりなさい。二人とも」
「ただいま、エリアス」
二人の声が重なる。
その返事を聞いたエリアスの目尻の皺が、さらに深くなった。
少し離れたところで、レインが困ったように頭をかく。
「だから、こういう湿っぽいの嫌いなんだよ……」
「レインも泣いてくれていいんだよ」
「泣かねぇよ」
即答だった。
アイリがいて、ユラがいて、レインがいて。エリアスがいる。
そんなやり取りを眺めていると、どうしようもないほどの安心感が胸に広がっていく。
長かった一日が、ようやく終わった。
自分の帰りを待っていてくれた人たちがいるこの場所に、ユラと二人で帰ってこられた。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
幼少期編の前半がこれで終わりになります。
書き貯めていた分を出し切ったので、毎日投稿は厳しいかな・・・
若干、投稿頻度は落ちると思いますが、これからも読んでもらえると嬉しいです!




