第20話 変なやつ
「ユラ、逃げろ!」
——ダメだよ。
もう、間に合わない。
黒紫の光が放たれる。
迫りくるそれをユラは、ただ見つめた。
あと少しだったのに。
あと少しで、勝てたのに。
悔しいな。
身体の芯が凍えるような感覚がユラを襲う。
震える足元へ視線を落とし、ユラは力なく笑った。
あきらめたはずなのにな……。
やっぱり、怖いや…………。
みんなの顔が、次々と浮かんだ。
エリアスは、また家族を失うことになる。
アイリは、きっといっぱい泣いちゃう。
レインは……泣くのかな。その泣き顔は、ちょっと見てみたかったな。
みんな、ごめんね…………。
「ユラ!」
ユウマの声が響く。
そうだ、ユウマ。
突然、私たちの生活に入り込んできたやつ。
妙に大人ぶって、生意気で、勝手なことばっかりして。
ほんと、ムカつく。
でも。
悪い奴じゃない。とっくに分かってた。
まだまだ頼りない。
けど、ユウマは、これからもっと強くなる。
きっと、私以上に。
…………それなら、無駄じゃないのかな。
ユラは、微かに笑った。
これだけの魔法を私に使ったんだ。今なら、きっと逃げられるよね。
ちゃんと最後まで面倒見たんだから、絶対に生きて帰らないと許さない。
それから——。
私の分まで……絶対に、
アイリのこと、守ってあげて。
そしてユラは静かに、その目を閉じた——。
「ユラ!!!」
今度は、すぐ近くで声が響いた。
「……え?」
ユラは、目の前の光景に息をのむ。
ずっと、自分が守る側だと思っていた。
危なっかしくて、目を離せなくて。
だから、自分が守らないといけないと思っていた。
なのに——。
そこにあったのは、守っていたはずのユウマの背中だった。
◇
無意識に身体が動いた。
自分が行ったところで、何もできない。
むしろ、二人とも死ぬだけかもしれない。
そんなことは分かっていた。
それでも。
——何もできず、目の前でユラを失ったら、俺は絶対に後悔する。
ユウマは、迫りくる黒紫の光とユラの間へ飛び込んだ。
少し前に受けた火球とは比べものにならない大きさの禍々しい光が目前に迫っている。
もう逃げられない。
怖い。
怖い。
怖い。
ユラを失いたくない。その一心で、ここまで飛び出してきた。
だが、目の前に迫る禍々しい光を前に、どうしようもない恐怖が押し寄せてくる。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
このまま剣で、切り裂いてみるか?
いや、仮に表面を切り裂けたとしても、その奥の魔力に呑まれて終わりだ。
何か。
何かないのか。
何か……。
自分でも、なぜそうしたのか分からない。
ただ無意識にユウマは、目の前へ手を突き出していた。
そして、黒紫の光がユウマの手に触れた、その瞬間。
その光が形を失った。
爆発もない。
衝撃も、熱もない。
何かに吸い込まれたわけでも、弾かれたわけでもない。
まるで、そこだけ最初から存在していなかったかのように、魔法が崩れ、消えていた。
「…………どういうことだ?」
今の状況をユウマ自身が一番理解できていなかった。
視線を上げる。
ダークウィッチは杖を支えに、片膝をつくような姿勢になっている。
およそ人のものとは思えないその顔が、大きく歪んでいる。
それが驚愕の感情であることはなんとなく理解できた。
「ユウマ!!」
背後からユラの声が飛ぶ。
「走って、私が援護する! だから、アイツを倒して!」
その声で我に返る。
ユウマは剣を握り締め、地面を蹴った。
ダークウィッチが杖に身体を預けたまま、再び火球を放つ。
「テイルウィンド!」
次の瞬間、背中を強く押されたような感覚が走った。
「うおっ……!」
一歩が、いつもよりはるかに伸びる。
迫る火球をかわす。
二発目も、そのまま駆け抜ける。
一気に距離が縮まった。
もう、目の前。
「うぉぉぉっ!」
ユウマは勢いのまま、剣を斜めに振り下ろした。
「ヴッ——!」
刃を通して、確かな手応えが返ってくる。
勢いを殺しきれず、ユウマ自身も、そのまま前のめりに地面へ倒れ込んだ。
すぐに顔を上げる。
肩口から斜めに斬り裂かれたダークウィッチは、そのまま動きを止めていた。
やがて、その身体が二つに崩れ落ちた。
「勝ったのか」
ユウマがつぶやく。いまいち実感が湧かず、ただ呆然とその光景を眺める。
「ユウマ!」
聞き慣れた声が響く。
顔を向けると、ユラが痛めた右足を引きずりながら、こちらへ駆け寄ってきていた。
「ユラ——」
身体を起こし、声をかけようとした。
けれど、それより早く、ユラの身体が胸元へ飛び込んできた。
「——っ、ユラさん?」
完全に予想外だった。
どうすればいいのか分からず、ユウマの両手が宙を彷徨う。
えーと。
これは、どういう……。
抱きしめ返せばいいのか?
いや、下手なことしたら普通に殴られそうなんだけど。
そんなことを考えていると、胸元から微かな震えが伝わってきた。
そこで初めて、ユウマは気づく。
——ユラも、怖かったのか。
さっきまであれだけ冷静に戦っていたのに。
いつだって自分より強くて、何でもできるように見えていた。
だが、この胸元で震えている女の子が、今の自分とほとんど歳の変わらない少女であることをユウマは思い出した。
「……ありがとう、ユラ」
そうつぶやき、その頭に優しく手を添えた。
ユラは、ようやく自分が何をしているのか気づいたらしい。
「——っ!」
弾かれたように、ユウマの身体を押し返した。
「……ぶ、無事でよかった」
そう言って、ぷいとユラは顔を背ける。
「お、おう」
ユウマも思わず頬を掻いた。
何とも言えない沈黙が流れる。
さっきまで命のやり取りをしていたはずなのに、今は別の意味で心臓が落ち着かなかった。
バキバキバキッ――!
突然の轟音に、二人揃って振り返る。
岩壁の一角が崩れ落ちていた。
そこは最初に、ユラが違和感を覚えて触れていた壁だった。
「多分、あのダークウィッチが、魔法で階層間の通路を塞いでたんだと思う」
「じゃあ、あそこから地上に出られるってことか!」
ようやく帰れる。
そう思った途端、全身から一気に力が抜けた。
ユウマは大きく息を吐き、胸を撫で下ろす。
すると、その胸へ小さな拳がこつんと当てられた。
ユラだった。
顔はまだ横を向いたまま。
けれど、その目だけがちらりとユウマを見ている。
「……今回は合格点あげる」
一瞬、ユウマは目を丸くした。
それから、にやりと笑う。
「記念すべき初めての合格点だぜ」
ガッツポーズと一緒に、勢いでウインクまで返してみる。
ユラはしばらくそんなユウマを見つめ——。
「ほんと……変なやつ」
真っすぐこちらを見つめたままユラは、そう言った。
「おお。やっと見れたぜ。その顔」
ユウマもとびきりの笑顔を返す。
初めて真正面から見たユラの笑顔に、負けないように。




