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振られた俺、異世界で嫁探し始めます  作者: 小鳥遊
1章 幼少期編①
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22/30

第19.8話 今度は二人で

「ヒヒィンッ!」


 前方から馬の鋭い鳴き声が響く。直後、馬車が大きく揺れた。

 そして、

 

「レッサードレイクだ! 前方に群れがいる!」


 そんな声が響く。

 街道で群れに出くわすことなんて、ほとんどないはずなのに。運が悪い。


 ミレナやハンナをはじめ、同じ馬車に乗っていた冒険者たちが次々と外へ飛び出していく。

 

 隣のユウマに目をやる。

 腰の剣に手をかけたユウマの顔は、明らかに強張っている。


「ユウマ」


 呼びかけにこちらを向いたユウマの目には、不安の色が浮かんでいる。


「約束」


 念のため、釘を刺しておく。

 

「分かってる……ユラの言うことを聞く」


 ユラは小さく頷いた。

 勝手に突っ込んだりせず、近くにさえいてくれればいい。

 それなら、守ることくらいはできる。

 

 ユラが先に馬車から飛び降りる。

 一拍遅れて、ユウマもその後に続いた。


           ◇

 

「ユウマ!」


 ユラが声を張り上げる。


 甲高い音が響いた。

 ユウマがレッサードレイクの爪を剣で受け止めたのを見て、ユラは胸をなで下ろした。


 だが、ユウマの動きが硬い。

 飛び掛かってくるレッサードレイクの攻撃を受けるばかりで、一向に仕掛けようとしない。

 

 何してるの。私と戦ってるときはもっと……。

 じれったさに、ユラは唇を噛む。

 

「ちっ、しゃーねーな」

 

 見かねたトッドが動こうとする。


「待って」


 それをユラが声で制した。

 

「ユウマならできる」


 ユラははっきりと口にした。

 レインほど面倒見がいいわけじゃない。だが、曲がりなりにもユウマの訓練に付き合ってきた。

 だからこそ分かる。ユウマが、あの程度の相手に負けるような奴ではないことくらい。


「へいへい。しっかり見てやれよ。先輩」


 トッドはそう言って、引き下がってくれる。


 ユラは短剣を構え直す。意識は目の前の敵へ向けたまま。だが、ユウマの姿もしっかりとその視界に捉えている。


「ユウマ!」


「もしもの時は、絶対に助ける」

 

「だから、大丈夫」


 戦いの音にかき消されないように、ユウマに届くように、声を張り上げた。

 

 再びレッサードレイクが地面を蹴った。

 ユラの短剣を握る手に、じわりと汗が滲んだ。

 それが目の前の敵のせいではないことくらい、ユラ自身にも分かっていた。

 

 ユウマへ向かって飛び出したレッサードレイクを、ユウマが紙一重でかわした。

 

 ——今。


 ユラが心の中で唱える。


 すれ違いざま、ユウマの剣が振り抜かれた。

 鱗が砕け、肉を断つ鈍い音が響く。

 次の瞬間には、レッサードレイクの身体が二つに崩れ落ちていた。

 

 ユウマが、勝った。


 倒れたレッサードレイクを前に、ユウマは肩で大きく息をしている。

 ユラはそのそばまで歩み寄った。


「……ユウマ」


「……できたね」

 

 口から出てきたのは、それだけだった。

 たった一匹。

 自分なら、それほど苦労する相手でもない。

 まして倒したのは自分ではなく、ユウマだ。

 それなのに。


「できた……な」

 

 ユウマが噛み締めるように呟いた瞬間、胸の奥がわずかに熱くなった。


「おいおい」


 トッドが何か言っている。けれど、今はどうでもよかった。

 

 ——なんだろう、これ。

 ユウマが無事だったことへの安心……違う。

 自分が初めて魔物を倒した時と似ているが、どこか違う。

 

 うまく言葉にできなかった。

 今考えるのは、よそう。

 

「技術はまだまだ」

 

 素直な感想だった。

 少し間を置いて、もう一つだけ付け加える。


「ギリギリ、及第点……」

 

「厳しくないですか、ユラ先生」


 いつもの調子に戻った声。

 なぜだろう。

 そのやり取りが、妙に心地よかった。

 

 ——まずい。

 

 ユラはすぐに顔を背ける。

 

「……今、笑った?」


「笑ってない」


「いや、絶対——」


「笑ってない」


 今度は、きっぱりと言い切った。


          ◇


「どこに向かってるんだ」


 ダンジョンを進んでいると、不意に後ろからユウマに声をかけられた。


「上。奥に進まなければ、階層主に会うこともないから。あとは感覚……っ!」


 前方の気配に気づき、ユラが足を止める。

 声を出さず、ユウマへ通路脇の穴へ入るように促す。ユラが続いて身を隠す。


 通路の先から巨大な百足が姿を現す。

 クリスタルクロウラーだ。

 

 そのまま音が聞こえなくなるまで、二人は息をひそめた。

 

「…………今のは」


 通り過ぎたのを確認したのちに、ユウマが声をかけてくる。


「クリスタルクロウラー。それなりに手強い相手」


 ユウマの問いかけに静かに答えると、ユラは穴から抜け出した。


「それなりって……じゃあ、倒せない相手ではないんだ?」


「一体なら。でも群れは……」

 

 守り切れないかもしれない。

 その言葉を飲み込む。

 そして、

 

「音を立てれば、他の魔物が寄ってくるかもしれない。何がいるかも分からない場所で、無駄に戦うのは危ない」


 ほかの言葉で上書きする。

 

「なるほど」


「行くよ」



 

 道を進むと、通路がまたいくつかに枝分かれしていた。

 ユラはその場で足を止め、それぞれの通路へ順に顔を向ける。


「こっち」


「分かるの?」


「少しだけ風が流れてる。……分かるでしょ?」


 何も理解できていなそうなユウマに、ユラは小さく息を吐いた。


「私と同じなんだから、もっと普段から周りに気を配った方がいい」


「そういうもんなのか?」


 今では、そこまで意識しなくてもできることだが、ユウマにも分かるよう、ユラは目を伏せ、ほんの数秒だけ動きを止める。

 意識を周囲へ巡らせる。

 音、匂い、肌に触れる空気。周囲のすべてが、必要なことを教えてくれる。


「目だけに頼らない。音とか、匂いとか、空気の流れとか。全部拾うイメージ」


「全部……」


「魔物が見える前に気づければ、それだけで違うから。やってみて」


 ユウマが動きを止める。


「………………確かに」


 数秒後、ユウマがつぶやく。


「常に意識。忘れないで」


「ありがとう、ユラ」


 別に、お礼を言われるようなことじゃない。

 

「ユラ」


 そのまま進もうとするユラを、ユウマが引き留めた。

 

「なに」

 

「足、痛めてない?」

 

「……平気」


「いや、今ちょっと——」


「平気」


 嘘じゃない。

 確かに、着地したときに足を痛めていた。

 でも幸い、私にはテイルウィンドがある。

 うまく使えば、足への負担を抑えながら移動だって、戦うことだってできる。

 だから嘘じゃない。


 ——早く戻らないと。

 微かな焦りを抱え、ユラはそのまま道なりに進んでいく。



 

 気がつくと、ユウマはユラの後ろではなく、その隣を歩いていた。

 ユラがちらりと横を見る。

 

 少し前までなら、自分の隣に並ばれることに違和感を覚えていたかもしれない。

 頼りないくせに、と憎まれ口の一つでも叩いていたかもしれない。

 でも——。

 

「さっきからどうしたんだよ」


「……別に」


 ユラは何でもないように前を向き、そのまま歩き続けた。

 

 ユラはもう一度横目でユウマを見る。

 負けたくない。

 追い越されたくない。

 そんな気持ちが、なくなったわけじゃない。


 実力だって、まだ物足りない。

 それでも、隣にいることを嫌だとは思わなかった。


 二人は先を急ぐ。

 

          ◇


「行って!」


 その言葉を合図に、ユラは、全力で踏み込む。

 

 同時に、《追い風 (テイルウィンド)》を発動。

 一気に加速し、ダークウィッチとの距離を瞬く間に詰める。

 だが、その一撃は届かない。

 

「ヴゥウッ!」


 ダークウィッチが獣じみた唸り声を上げると、その周囲を囲むように、地面から無数の氷柱が突き出す。

 勢いのまま氷柱を一息に切り裂く。わずかにユラの速度が落ちた。

 

 その瞬間を待っていたかのように、足元の地面が隆起する。ユラもそれを見逃さない。

 太い木の根が何本も地中から飛び出し、ユラの手足を絡め取ろうと襲いかかった。

 

 ユラは身体を捻り、迫る一本を断ち切る。続けざまに二本、三本。

 だが、次々と伸びてくる根を前に、これ以上、踏み込むことはできない。

 短剣を振るいながら、ユラは一気に後方へ跳んだ。


「チッ」


 着地と同時に、舌打ちが漏れる。

 

 ——仕留めきれなかった。

 

 今できる最高速の一撃だったのに。

 

 焦りが胸の奥に滲む。

 けれど、立ち止まっている暇はない。

 

 ユラはすぐさま地面を蹴り、再びダークウィッチへと迫った。


 


「ヴゥッ!」


 唸り声をあげたダークウィッチの視線が、一瞬ユラから外れる。その先には、走り出したユウマがいた。


 ——逃げろって言ったのに。


 ユウマに何かあれば、すぐ動けるように、ユラは攻めの手をわずかに緩める。

 ダークウィッチの掲げられた手の前に炎が集まる。そして、三つの火球がユウマに向かって放たれた。


 一発、二発と続く火球をユウマが上手く躱した。

 そして最後の三発目は、剣の腹でわずかに軌道を逸らしつつ、その隙に身体を横へ滑らせる。

 その口元には、なぜか微かな笑みが浮かんでいる。

 

 ——なに笑ってるの。絶対、油断してる。


 ユラは、ユウマとの距離をさらに詰める。

 

 直後、ユウマの足元から木の根が飛び出し、襲いかかる。

 ユウマは後退しながら剣を振るい、迫る根を次々と切り落としていく。

 だが、死角から伸びた一本が、ユウマの右足首へ絡みついた。

 すかさずユラは、その根を断ち切った。


「自分の身を守ることだけに集中してって言ったでしょ」


「ご、ごめん」


「それに隙を見たら逃げてって言った」


 厳しい口調で告げる。

 

「それはできない」


「約束でしょ」


 ユラはユウマを見つめる。別に怒っているわけではない。ユウマでも、危険な相手であることくらいは感じているはずだ。

 

 さっきの状況は、完全に注意が私に向いていた。ユウマであれば問題なく、元来た道まで逃げられたはずだ。

 それなのに、みすみす、その機会を逃した。ましてや、切りかかるなんて……。

 

 ユラには、ただ理解できなかった。


「ユラを置いて、一人で逃げられるわけないだろ!」


 一瞬、何を言っているのか分からず、ユラは固まった。


 何それ。

 ホントに理解できない。

 私より弱いくせに。

 レッサードレイク程度の魔物に怖気づくくせに。

 さっきだって、死にかけてたくせに。

 それなのに、口だけは立派なことを言う。

 

 ユラは目の前の敵へ視線を戻した。


「……まだ手、震えてる」


 怖いくせに。

 

「武者震いだっつーの」


 強がってるのなんて、バレバレ。

 

 ほんと生意気。

 だけど——。

 ほんのちょっぴり心強い。

 

「分かった。だけど無茶しないで。自分を守ることに集中すること」


 それだけは譲れない。


「分かった」

 

 ユウマの返事に、ユラは頷く。


「じゃあ……いくよ、ユウマ」

 

 今度は二人で。

 

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