第19.5話 認めてないから
ここから少しだけ、ユラ視点の話になります。
その夜、ユラは商人の護衛の依頼を終え、教会へ戻ってきた。
「思ったより遅くなっちゃったかも……」
そんな独り言をこぼしながら、教会の扉を開ける。
長椅子が並ぶ通路の中央を抜け、そのまま祭壇の右奥にある扉へ手を伸ばしたその時だった。
ユラが触れるより先に扉が開き、レインが姿を現す。
「こんな遅い時間にどうしたの」
今日はレインが来るなんて聞いていなかった。
「……なんでもねぇよ」
どこか不機嫌そうにレインが答える。
ユラが首を傾げると、レインは困ったように頭を掻き、小さくため息を吐いた。
そしてすれ違いざま、ユラの肩へ手を置く。
「アイリのこと、頼むぞ」
「どういうこと?」
「行けば分かる」
それだけ言い残し、レインは教会を出ていってしまった。
——行けば分かる?
まるで状況が飲み込めない。とりあえず、開けたままになっていた扉をくぐり、そのまま階段を上がった。
「ただいま」
「おかえり、ユラ」
ユラの声に、アイリとエリアスが反応する。
直後、アイリが勢いよく飛びついてきた。
不意に飛びつかれ、ユラの身体がわずかによろめく。それでも、アイリの身体をしっかりと腕の中に受け止めた。
「……ただいま、アイリ」
依頼帰りの身体には、まだ疲労が残っている。けれど、腕の中に感じるアイリの重みと温もりは心地よく、自然とユラの口元が緩んだ。
アイリの肩越しには、優しく微笑むエリアスの姿。
そして。
「…………誰?」
その隣に、見知らぬ男の子がいた。
「ユウマよ。今日からしばらく一緒に住むことになったの」
「聞いてない」
「今決まったもの」
「…………」
——また面倒ごとか。
ユラは、先ほどのレインの言葉の意味を理解した。
ユラは、ユウマと呼ばれたその少年を、じっと観察する。
小柄な体格に、まだ幼さの残る顔立ち。飛び抜けて整っているわけではないが、悪くもない。
年齢は自分より下……アイリと同じくらいだろうか。
身に着けているのは、随分と着古された衣服だった。どこかで見た覚えがある。そうだ。レインが昔着ていたものだ。
だが、それ以上に気になったのは、彼自身が纏う雰囲気だった。
これまで出会ってきた誰とも違う。何が、と聞かれても答えられない。そこにいるのに、どこか足りない。そんな奇妙な違和感があった。
それが良いものなのか、悪いものなのか。今のユラには、まだ分からなかった。
「えっと、ユウマです。よろしくお願いします」
よろしくって何。
「……ユラ」
名乗られたからには、返事くらいはする。
だが、それ以上は話さない。話してやらない。
そんなことを考えていると、さっきまで忘れていた疲労が、どっと戻ってくる。胸に残るもやもやが重なり、ユラはその場を後にすることにした。
「……あとで話、聞く」
アイリに、それだけ告げる。
そして最後に、ユウマへ視線を向けた。
「……変なこと、しないでね」
それだけは念を押し、ユラは自分の部屋へ戻った。
◇
アイリの用事ついでに、ユウマへ町の案内をすることとなった。
ユラは後ろを歩くアイリとユウマをちらりと見る。
事情は昨晩、軽くアイリから聞いていた。
ユウマというあの少年は、アイリの召喚によって呼び出されたらしい。
にわかには信じがたい話だったが、アイリは嘘をつくようなことはしない。おそらくその通りなのだろう。
だが得体が知れないというのが正直なところだ。
「ユウマは悪い奴じゃないわ」
自信満々。そんな昨晩のアイリの顔が浮かぶ。
いつもの根拠のない言葉。
だが、アイリの人を見る目が確かなのは、ユラもよく知っていた。
「要観察……かな」
ユラは、ぼそりとつぶやいた。
そして、後ろから聞こえてくる興味深い話題に耳を傾ける。
◇
レインと剣を構えて向かい合うユウマをユラは見つめる。
この勝負の結末は既に見えている。
構えは素人そのもの。たとえユラと同じ低魔力体質だとしても、ユウマが勝つようなことは、万に一つとしてないだろう。
アイリの合図で、レインが切りかかる。
最初の一撃で、勝負が決まるかとも思ったが、意外にも、ユウマはその一撃を受け止めた。
「へぇ……」
思わずそんな感嘆の声を漏らす。
ズブの素人にしては、筋は悪くない。それに、手加減はあるが、レインの一撃を受け止めたのだ。低魔力体質であることも確実だろう。
レインが飛び退いた。その口元が微かに緩んだのをユラは見逃さない。
次の一撃で終わりかな。ユラは直感する。
レインが踏み込む。ユウマは再び受けようとするが、今回は上手くいかない。
レインの剣がユウマの剣を受け流す。そしてそのまま流れるように頭へ向かって振り下ろされる。
大人げない。素人相手に技を使うのはやりすぎだ。
そのまま、勝負が決まったかと思われた。だが、
バキッ。
折れた木刀の先端が宙を舞った。
ユラは目を見開く。
いくら低魔力体質といっても、ユウマはまだ十歳ほどの少年だ。魔力も身体能力も、大きく伸びる年頃にすら達していない。
木刀の一撃を受けた結果、木刀の方がへし折れることなんて、そんなの、今の私でも……。
「ありえねぇ……」
レインからはそんな言葉が漏れ、隣のアイリは満足そうに頬を緩めている。
そんな二人の様子を黙ってユラは見つめる。
——別に防げてないじゃん。
そもそも、これが真剣での勝負だったら、地面に落ちているのは折れた木刀じゃなくて、ユウマの左手だったはずだ。
動きも素人丸出しだし。レインだってまだ全然、本気じゃない。
困ったように頬を掻いているユウマへ視線を向ける。
気づけば、ユラは拳を握り締めていた。
◇
広場に着くと、ユウマが地面に倒れこんでいた。
「そろそろ、ユウマも一本くらい取れたんじゃない?」
分かり切っている問いをアイリが投げかける。
「そう見えるか?」
やっぱり。今日も一本も取れてない。
ユラの口元がほんの少しだけ緩む。
そして、
「……次、私」
それだけを告げ、レインから木刀を借りる。
「ユラも少しは手加減してあげなさいよ」
アイリの言葉が聞こえたが、ユラは答えない。
言われるまでもない。ユウマの相手なら、剣は二本だって必要ない。
「ちょっと休憩してもいいですか……?」
まだレインから一本も取れてないくせに。
ユラは返事をしない。
ご丁寧な挨拶をしようとするユウマに構わず、ユラは踏み込んだ。
そのまま正面から切りかかる。いつものように防ぎきれず決着——かと思われたが、ユラの一撃をユウマが受け止めた。
へぇ。守りはそれなりになってきたんだ。
そんなことを感じながら、一度、ユラは後方へ飛びのいた。
「なんで不満そうなんだよ」
内心を見透かされたようで、なんとなく癪に障る。
再び、踏み込む。
もう一度正面、と見せかけて、左。
フェイントを入れて、ユウマの脇腹めがけて横薙ぎの一撃を放つ。
だが、それにもユウマは反応していた。
——生意気。
ユラはテイルウィンドを使った。
瞬間、踏み込みが一段鋭くなる。
ユウマの剣を置き去りにして、ユラの木刀がその脇腹を捉えた。そのまま振り抜く。
ユウマの体は地面に転がる。
しまった。つい反射的に固有魔法を使ってしまった。
「……全然まだまだ」
動揺を悟られないよう、そんな言葉をユウマにかける。
「でもユラ、今の……いつもと違わなかったか?」
やっぱり気づかれていた。
そのまま踵を返す。
まぁ、成長してることは認めてあげる。私のほうが、まだ全然強いけど。
もちろん、そんなことは言葉にはしない。
そんなことより、早く朝ごはんにしよう。魔力を使ったから、その分を補給しないと。
アイリと並んで、ユラは帰路につく。遅れてユウマとレインも、その後ろをついてきた。
◇
嫌な予感は、アイリが素材回収依頼の話を始めたあたりからしていた。
アイリはまだ冒険者見習い。
レインは正式な冒険者ランクこそ持っているものの、ランクが付与されてからまだ三ヶ月は経っていない。
今回、ユウマに付き添える条件を満たしているのは、自分だけだった。
「アイリ……私、ユウマの保護者役なんてやだよ」
思ったことを、そのまま口にする。
別に、ユウマが嫌いなわけじゃない。
ただ、ダンジョンの中まで面倒を見るとなれば、話は別だ。
「わがまま言わないの」
「薬草採取とか街中の雑用だけじゃ、稼げる額にも限界があるでしょ。ユウマがダンジョンの回収依頼に参加できるようになれば、今よりずっと稼げるようになるわ」
「……それは」
そうなんだけど……。
反論の余地はなかった。ユラはそれ以上何も言い返せず、口をつぐむ。
「俺からもお願いします、ユラ」
ユウマが、いつになく真剣な顔で頭を下げた。
分かったといってあげたい気持ちもある。
けれど、うまく言葉が出てこない。
「まあ、こいつも前よりは動けるようになってる」
レインが口を挟む。
「今日やってみて分かっただろ。少なくとも、足手まといになるほどじゃねぇよ」
それも、分かってる。
実際、今日の勝負では、固有魔法まで使わされた。
「確かに、最近は何かと入り用ですからね」
今度はエリアスが穏やかに続ける。
「もちろん無理をする必要はありませんが、ユウマ君がもう少し稼げるようになれば、正直助かるのも事実です」
——ずるい。
それを言われたら断れないじゃん。
ユラは小さく息を吐いた。
「……分かった」
「ほんとか!」
いつもは妙に大人ぶってるくせに。
こんなことでそんな顔するんだ。
少しだけ意外に思いながら、ユラは続ける。
「勝手なことをしないこと。危ないと思ったら、すぐに下がること。それと——私の言うことには従うこと」
素材回収は、攻略や強力な魔物の討伐に比べれば危険は少ない。
でも、ダンジョンであることに変わりはない。
何が起こるかなんて、誰にも分からない。
これを守れないなら、絶対に連れていけない。
「守れる……?」
最後にそう一言付け加えた。
ユウマの顔を窺う。
「もちろんです、ユラさん」
なぜか、妙なポーズまでつけて即答した。
「……何そのポーズ」
「ユラさんの命令には絶対服従するという意思表示です」
「そこまで言ってない……」
「じゃあ八割くらいで」
「全部守って」
「はい」
もういつもの調子に戻っている。
ユラは呆れたように小さく息を吐くと、再び食事に手を伸ばした。




