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振られた俺、異世界で嫁探し始めます  作者: 小鳥遊
1章 幼少期編①
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第19話 追い詰められて

ヌルっと作品タイトルを変更しました。悪しからず

 やがて、左右を囲んでいた岩壁が途切れ、その先に鉱石の光で淡く照らされた広い空間が見えてきた。

 二人は一度立ち止まり、中の様子を窺う。

 物音はしない。魔物の気配も……おそらくない。二人は慎重に中へ入った。

 

 中は、グラン・アラネアの死骸があった広間と、どこか似ている気がした。

 

「……おかしい」


 ユラは岩壁の一角を前にして、腕を組む。


「風、この向こうから来てる」

 

「でも、道はなさそうだな」


 ユウマの言葉にユラも頷く。

 ユラが岩壁の表面を指でなぞった。そして数秒もしないうちに、その指が止まる。

 

「…………他と違う?」


「どういう——」


 言い切るより先に、不意に言いようのない嫌な感覚を覚え、ユウマは動きを止めた。

 

 ——何か来る。

 

 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「ユラ」


「なに」


「後ろ」


 ユウマたちが振り返る。

 入ってきた通路とは別。もう一つの通路の先から人影が現れた。


 最初は、人間かと思った。だが、次の瞬間にはそんな認識は吹き飛ぶ。

 

 そこにあったのは、およそ人のものとは思えない、おぞましい顔。

 痩せた身体は黒い外套に覆われ、そこからは異様に長い指が覗いている。

 足元は見えない。いや、そもそも地に立っていなかった。そいつは、わずかに宙へ浮かんでいる。

 そして全身から漏れ出す魔力のせいで、その周囲の空間は陽炎のように歪んで見えた。人の形をしているだけの、まるで別の何かだった。

 

 示し合わせるまでもなく、二人がほぼ同時に剣を抜く。

 

「……ダークウィッチ」

 

 ユラがつぶやいた。ユウマも聞き返すようなことはしない。聞かずとも、これまで見てきたモンスターとは違うことが十分に感じ取れた。

 ユウマの剣を持つ手が微かに震える。


「約束……覚えてる?」


「ああ」

 

「自分の身を守ることに集中して。私が隙を作る。その間に、さっきの通路まで戻って」


「俺だって戦える」


「ダメ」


 ユウマが言い終えるより先に、ユラが言葉を被せた。

 

「一人でアイツを倒せんのかよ。それに足……」


 ユラは答えない。

 それまでわずかに強張っていた表情から、すっと迷いが消えた。

 ただ唇を固く結び、短く息を吐く。重心を落とし、二本の短剣を構える。


「行って!」


 その言葉を合図に、ユラが地面を蹴った。


 ——バキッ!

 踏み込んだユラの足元に亀裂が走る。

 次の瞬間には、ユラの姿がユウマの視界から消えていた。


 訓練の時はもちろん、道中でレッサードレイクと戦った時とも違う。

 ——あれでも、本気じゃなかったのか。

 そう理解した時には、すでにユラはダークウィッチの目前まで迫っていた。


「ヴゥウッ!」


 獣じみた唸り声が響く。直後、ダークウィッチを囲むように地面から氷柱が次々と突き出した。

 

 ユラが両手に握った短剣が閃き、進路を塞ぐ三本の氷柱を一息に切り裂く。砕けた氷が白い破片となって宙を舞う。

 その一瞬、わずかにユラの速度が落ちる。それを待っていたかのように、足元の地面が盛り上がった。


「っ!」


 太い木の根が何本も地中から飛び出し、ユラの手足を絡め取ろうと襲いかかる。ユラは身体を捻り、迫る一本を断ち切る。続けざまに二本、三本。

 

 だが、次々と伸びてくる根を前に、それ以上踏み込むことはできないと判断したのか。

 短剣を振るいながら、ユラは一気に後方へ跳んだ。


「チッ」


 ユラが舌打ちをした。

 そしてそのまま、また攻撃を仕掛けていく。

 

 

 近づこうとするユラ。

 それを許すまいと、氷柱、木の根、火球と、次々に魔法を放つダークウィッチ。

 二人の攻防を見つめながら、ユウマは機会を窺っていた。

 そして——。

 ダークウィッチの意識が、完全にユラへ向いた瞬間。


「今だ……!」


 逃げるためじゃなく、立ち向かうために、ユウマが地面を蹴る。

 一気に間合いを詰める。


「ヴゥッ!」


 すぐさまダークウィッチがこちらを振り向いた。

 掲げられた手の前に炎が集まり、三つの火球となって放たれる。

 

 一発目をユウマは横へ大きく踏み込み、かわす。

 続く二発目。身体を沈め、頭上を通過させる。

 そして三発目。


「っ!」


 避けきれない。

 ユウマは剣を掲げた。剣の腹で火球の軌道をわずかに逸らし、その隙に身体を横へ滑らせる。

 

 ——いける。戦える!

 

 そう思ったのも束の間だった。足元の地面が、不自然に盛り上がる。


「なっ——」


 木の根が一斉に飛び出した。ユウマは後退しながら剣を振るい、迫る根を次々と切り落としていく。だが。


「しまっ……!」


 死角から伸びた一本が、右足首へ絡みついた。


 次の瞬間、強烈な力で身体を引かれる。

 

 ——ヤバい。

 踏ん張ろうとした、その時だった。

 

 ザシュッ。

 

 足首を締め上げていた木の根が、突然力を失った。切断された根が地面へ落ちる。

 そして、目の前には、二本の短剣を構えたユラが立っていた。


「自分の身を守ることだけに集中してって言ったでしょ」


「ご、ごめん」


「それに隙を見たら逃げてって言った」


「それはできない」


「約束でしょ」


 ユラがこちらを見る。普段は半ば伏せられている眠たげな瞳が、今ははっきりと見開かれていた。

 その表情には険しさが滲み、怒っているようにも見えた。

 

 けれど、その奥にあるのが怒りではなく、覚悟を決めた者の強い意志であることは、今のユウマにも分かった。


「ユラを置いて、一人で逃げられるわけないだろ!」


 ユウマの言葉に、ユラの表情が、一瞬だけ固まる。

 が、すぐにまた目の前の敵へ視線を移した。


「……まだ手、震えてる」


 目の前の敵を見据えたまま、ユラが言う。

 

「武者震いだっつーの」


 ユウマは強く剣を握り直す。

 ユウマの言葉に、ユラの口元が確かに緩んだ。今度は気のせいじゃない。

 

「分かった。だけど無茶しないで。自分を守ることを最優先にして」


「分かった」


「じゃあ……いくよ、ユウマ」


 そう言ってユラがまた切り込んでいく。

 


 二人の攻防の合間を縫って、ユウマもじわりじわりと、ダークウィッチとの距離を詰めていく。

 繰り出される魔法を捌き、避ける。自分の身を守ることに全神経を集中する。


「守りは及第点……か」


 レインの言葉がよぎる。

 今はこれでいい。攻撃せずとも、こちらへ意識を割かせることで、ユラが動きやすくなれば。


「ヴゥオオオッ!」


 突如、ダークウィッチの咆哮が響いた。

 

 ユウマがそちらへ目を向けると、その片腕が宙を舞っていた。

 ユラの短剣が、杖を持っていない方の腕を根元から斬り落としたのだ。

 

 だが、その直後。ダークウィッチの足元から、これまでとは比べものにならないほど大量の木の根が噴き出した。そのすべてが、ユラへ殺到する。


「っ!」

 

 ユラは咄嗟に跳び上がり、せり上がった根の中でも、ひときわ太い一本の上へ着地した。迫る根たちを断ち切りながら、そのまま根を足場に駆ける。

 左右から襲いかかるものを短剣で次々と断ち切りながら、再びダークウィッチへ迫っていく。

 だが、次々と伸びてくる根を前に、それ以上踏み込めないと判断したのか、ユラは短剣を振るいながら一気に後方へ跳んだ。

 

 ユラは即座に短剣を振るい、根を断ち切る。

 拘束されたのは、ほんの一瞬。

 だが、空中で体勢を崩した身体は、そのまま右足から地面へ落ちた。


「ッ……!」


 立ち上がろうとしたユラの身体が、がくりと沈んだ。

 

「ユラ、大丈夫か!」


 ユウマが叫ぶ。


「平気……!」


 ユラは無理やり身体を起こそうとする。だが、右膝がまた、がくりと折れた。

 

「ヴゥ……」


 低い唸り声が響く。ダークウィッチは、それを見逃さなかった。

 残った片腕で杖を持ち上げると、その先へ禍々しい魔力が集まり始める。


 これまで放ってきた魔法とは明らかに違う。

 周囲の空気が震え、杖の先で黒紫の光が急速に膨れ上がる。


「ユラ、逃げろ!」


 間に合わない。そう理解するよりも早く、ユウマは駆け出していた。


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