第12話 新たな仕事
「そろそろ、ユウマもダンジョンに行っていいと思うの」
朝の食卓を囲んでいる最中、アイリが唐突にそんなことを言い出した。
「まあ、いいんじゃねぇの」
レインがパンをかじりながら、さして興味もなさそうに答える。その一方で、スープを口へ運ぼうとしていたユウマの手はぴたりと止まった。
「……ダンジョン?」
「そうよ」
思わず聞き返す。
この世界へ来てから何度か耳にはしている。だが、自分がそこへ足を踏み入れる話になるとは思っていなかった。胸の奥がわずかに高鳴る。とはいえ、すぐに別の疑問が浮かんだ。
「でも俺、見習いだろ? ダンジョンの依頼って受けられないんじゃないのか」
冒険者には、魔力などのステータスと同じようにランクが存在する。
最高位のSから始まり、その下にA、Bと続いて最低位がG。
ただし、ユウマにはそのどれも与えられていない。
十二歳未満で冒険者登録をした者は、通常のランクとは別に《冒険者見習い》として扱われるからだ。
当然、受けられる依頼にも制限があり、危険度の高い魔物討伐やダンジョン探索などもってのほかだった。
「ダンジョンって言っても、探索の方じゃないわよ。今回は素材回収」
「素材回収?」
「そ。ダンジョンの探索依頼は、大きく二段階に分かれるの」
アイリはスプーンを手に取ると、スープの中に浮かんでいた小さな肉を指した。
「これが攻略組」
「肉が?」
「黙って話を聞きなさい」
ぴしゃりと言われ、ユウマは黙る。
アイリはその肉をスプーンで押しながら、野菜をかき分けていく。
「攻略組は、まずダンジョンの中にいる魔物を倒しながら奥へ進むの。それで――」
肉の塊が、ほかの野菜をかき分け、大きめのジャガイモの前で止まった。
「これがダンジョンの主。階層型ダンジョンなら階層主ね」
アイリはそのままジャガイモへスプーンを押し込み、ぐしゃりと潰した。
「これを倒したら、ひとまず攻略組の仕事は終わり」
満足したように頷くと、アイリは攻略組だった肉をそのまま口へ放り込んだ。
「それで、ある程度、安全が確保されたあとに入るのが回収組。倒した魔物の素材や、攻略の最中には回収しきれなかったものを集めるの」
今度は潰したジャガイモと周囲の野菜をまとめて掬い、そのまま口へ運ぶ。
「なるほど」
説明自体は分かりやすかった。食事でやる必要があるのかはともかく。
「アイリ。食べ物で遊んではいけませんよ」
それまで静かに見ていたエリアスが、穏やかに窘める。アイリはぴたりと手を止めた。
「……ごめんなさい」
ばつが悪そうに眉尻を下げ、素直にスプーンを置く。その様子を横目に見ながら、ユウマはまだ残っていた疑問を口にした。
「でもさ。回収だろうが、結局ダンジョンに入ることには変わらないだろ? 見習いの俺が行っていいのか?」
「条件付きならね」
「条件?」
アイリはわざとらしい咳ばらいを挟む。
「攻略済みダンジョンの素材回収依頼の参加条件は、正しくはこうよ」
「第一に、冒険者ランクがF以上であること。第二に、正式に冒険者ランクをもらってから三ヶ月以上経っていること。第三に、ダンジョン攻略か素材回収の経験があること。経験がない場合は、経験者と同行すること。」
なるほど。いや待て。それじゃあやっぱり俺は条件を満たしていないんじゃないか?
ユウマが眉を寄せると、アイリは待ってましたと言わんばかりに口元を緩めた。
「ただし——低魔力体質の者に限り、第一及び第二の条件を免除する」
「なるほどね……でもなんでそんな条件が付いてるんだ?」
「回収依頼って、あんまり人気ないのよ 」
「人気ない?」
「攻略済みとはいえ危険がないわけじゃないし、素材を運び出すから体力も使う。その割に、回収した素材は依頼主の総取り。攻略依頼ほど報酬が高いわけでもないの」
確かに。それだけ聞けば、わざわざ進んで受けたい仕事には思えない。
「だから、経験を積んだ冒険者ほどやりたがらないのよ。でも素材は回収してもらわないと困るでしょ?」
「それで低魔力体質か」
「実際、普通のFランクの新人より、低魔力体質の見習いのほうがよっぽど役に立つこともあるらしいわよ」
なるほど。今度こそ納得した。
「つまり——」
アイリの視線が、向かいに座るユラへ向いた。
つられて見ると、ユラがスープを飲む手を止めている。
アイリがにっこりと笑う。
「ユラが付き添えばいいってこと」
なるほど。ユラは自分と同じ低魔力体質だ。それに以前、素材回収の依頼に参加したことがあると言っていた気がする。
「…………」
話の流れから察していたのだろう。ユラはしばらく黙っていたが、やがてわずかに眉を寄せた。
「アイリ……私、ユウマの保護者役なんてやだよ」
そう言うと、ユラが視線をこちらに向ける。
「保護者って……」
「わがまま言わないの」
ユウマが何か言うより早く、アイリが呆れたように口を挟んだ。
「それに、薬草採取とか街中の雑用だけじゃ、稼げる額にも限界があるでしょ。ユウマがダンジョンの回収依頼に参加できるようになれば、今よりずっと稼げるようになるわ」
「……それは」
ユラがわずかに視線を逸らす。ユウマには、その言葉の意味がよく分かっていた。
「俺からもお願いします、ユラ」
ユウマは食事の手を止め、頭を下げる。
この数週間、ユウマも毎日のように依頼を受けてきた。
薬草の採取、荷運び、町の掃除。見習いでもできる仕事なら、何でもやった。その報酬のほとんどは、世話になっている分としてエリアスに渡している。
だが、見習いに回ってくる依頼の報酬などたかが知れていた。稼げても、自分一人の一日分の食費を賄えるかどうか。その程度だ。
教会でも、掃除や洗濯、食事の片付け。できることはなるべく手伝ってきた。それでも、自分一人増えた分だけ、食費もかかれば生活用品だって必要になる。
何もせずに世話になっているつもりはない。
それでも——自分がここにいることで、誰かの負担になっている。
その事実だけは、どうしても気になった。
この生活にも、いつの間にか慣れてきた。朝起きればエリアスがいて、アイリが騒いで、ユラがそれを窘める。それからレインも。
そんな毎日が、少しずつ当たり前になりつつある。
だからこそ、自分だけ何も返せないままではいたくなかった。
ここにいるのなら、自分も少しくらい、みんなの役に立ちたい。
「まあ、こいつも前よりは動けるようになってる」
横からレインが助け舟を出す。
「今日やってみて分かっただろ。少なくとも、足手まといになるほどじゃねぇよ」
「別に……」
ユラは不満そうに眉を寄せる。だが、それ以上の言葉は続かなかった。否定しないあたり、レインの言葉には思うところがあるらしい。
しばらく四人のやり取りを静かに眺めていたエリアスも、そこで口を開いた。
「確かに、最近は何かと入り用ですからね」
エリアスがそう口にすると、ユラが一瞬だけレインへ視線を送った。レインもそれに気づいたのか、何も言わずスープへ目を落とした。
「もちろん無理をする必要はありませんが、ユウマ君がもう少し稼げるようになれば、正直助かるのも事実です」
エリアスの言葉を最後に、食卓が再び静まり返る。自然と皆の視線がユラへ集まった。
「…………」
四人分の視線を受けたユラは、しばらく無言のままスープを見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……分かった」
「ほんとか!」
「ただし——」
ぱっと表情を明るくしたユウマの顔をユラがまっすぐ見つめる。
いつものような、こちらを疑う色はその瞳にはなかった。ただ真剣に、念を押すような眼差しが向けられている。
「勝手なことをしないこと。危ないと思ったら、すぐに下がること。それと——」
一拍置いて、
「私の言うことには従うこと。守れる……?」
静かな声だった。けれど、その言葉には冗談を挟む余地などない。ユウマも自然と背筋を伸ばした。
「もちろんです、ユラさん!」
ビシッと姿勢を正し、そのまま敬礼する。
「……何そのポーズ」
「ユラさんの命令には絶対服従するという意志のポーズです」
「そこまで言ってない……」
「じゃあ八割くらいで」
「全部守って」
「はい」
間髪入れずに返すと、ユラはしばらくユウマを見つめた。やがて、その目元からほんの少しだけ力が抜ける。
「……ん」
それだけ呟くと、ユラは何事もなかったようにスプーンを手に取り、再び食事へ戻った。
その様子は、いつもとほとんど変わらない。
ここに来て数週間。まだユラの警戒を完全に解いてもらうところまでは、たどり着けていない。
だが、苦楽を共にすれば仲も深まるという言葉がある。せっかくのこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「……よし」
小さく呟き、ユウマは気合いを入れ直した。




