仮面
「どうして受けたんですか?」
廊下を歩きながら、アルトが聞いてくる。そこにはまだ、張り付いたみたいな笑顔がある。お前が連れてきたんだろ。と言いそうになる。
「はぁ?」
「いや、俺なら断るかなって。あんな正面から言われると、なんか図星みたいで嫌だなって」
「じゃあ、あんたもそういう口なんだ」
「まぁ、人型兵器を操れる最初の兵士になれますって言われたら、そりゃあ」
「……パイロットなんだ」
別に言われてないだけで、驚きも少ない。アルトはニカッと笑う。
「えぇ。GH-Cz-008番。アルトですよ」
008番。現存ナンバーの1番下。012番に指示を出してたのも、それが理由か。
「……あんたの下の番号は?」
「死にましたよ」
あっけらかんと言われる。少なくともこいつの死生観はこうなのだと、今理解する。
「そう。悲しくないの?」
「うーん。別にみんな、死ぬつもりで来てたからとしか。ほら、2年前なんて大量失業者が出て、色々大変だったじゃないですか?」
かく言う私もその口だ。気持ちは分かるが、そこまでの価値観はまた別な気がするが。
「でも、死にそうってなったら怖いものでしょ?」
「そうなんですかねぇ。俺はまだ分からないし、死んだアイツらも特に何も言わなかったし」
そういう物なのか。もし私が同じ立場になったらどう思うんだろう。こんなふうに達観してるんだろうか。
アルトが立ち止まる。すぐに私の袖を掴む。強い。動かない。
「ちょ」
「トゥエルブが来た。そこの部屋に入っててください」
押し込まれて個室に入る。物置だろうか。薄暗くて狭い。廊下の向こうで足音が近づいてくる。
何やら会話が聞こえるが、内容は分からない。アルトの声とは別に、更に若い男の子の声がする気がする。若い子が居る事に疑問はない。012番がそうだと、予想しなかった訳じゃない。
私はこれから、その男の子の声の相手の機体の動きを作る。私のやらかしが、その子の命を奪う。分かってる。分かってる。急にのしかかる重荷で、床に座り込んだ。
顔を見ない方針は正解だった。そうしないと私は、多分逃げ出したくなる。絶対に。
軽い気持ちで受け流そうとするには、ハンドラーのあの悲しそうな顔がチラつく。
012番がトゥエルブって名前で良かった。初めから別の名前がある方が、よっぽど心を抉られる。
そうか。だから選ばれたテスターが、番号だけの彼なのか。自分の中で勝手にピースをはめる。安心出来る気がするから。
どうか彼が、最後まで私の中では亡霊のままで居て欲しい。
顔を見ていないのに、結局逃げ出したくなっている自分に笑えてくる。向いてないかもしれない。やっぱり断ろうかな。
足音が近づいてくる。ドアが開けられてアルトが顔を覗かせる。
「あぁ、良かった。先に他の人に見つかったら大変だった」
「……雑ね。そんな拠点には、長居できないね」
「そうですね。Cy区画の駅近に部屋を借りてあります。ホオヅキさん用なので、そちらまで案内しますよ」
私が使わないと言ったらどうするんだ。使うけど。
「頼んでいい?」
「もちろんです。直ぐに車出しますね」
立ち上がって床に着いたズボンを手で払う。012番だけじゃない。アルトも他の人も、ここに居るのはみんな、文字通り命を賭けている人達だ。出来れば顔を合わせたくない。アルトを追いかけて、廊下をそそくさと歩く。
外はすっかり暗くなっていた。時計を見ると19時を回っている。なんだか疲れたし、今後のことはちゃんと寝て、明日考えよう。
車の助手席に乗った時、プツリという小さな音が鳴った。すぐ近くのスピーカーから声が入る。
[周辺にオートノミアの反応が検出されました。不潔の可能性があります。対応するナンバーのGHOSTは、出撃準備をお願いします。008。012。047。144。215。270……]
鳥肌が立った。運転席に乗り込もうとしていたアルトが、直ぐに車から降りる。
私は、なんて言えなかった。そっちが先だ。流石にわかる。
「GHOSTが飛んだら本部の中に!ハンドラーに手配させますんで!!」
「あ、えっと……」
なんて言えばいいだろう。何を言った所で、今日出会ったばかりの私の言葉は、なんの励ましにもならない。もちろん、トゥエルブにも。
結局何も言えなくて、宵闇に消えたアルトを目で追うのを諦めた。助手席で膝を抱えて蹲る。
大きな音が聞こえる。淡い光が、真っ黒な本部の輪郭を見せる。6基の青白い閃光が、夜の闇に飛び出した。
向かう先には、薄桃色の淡い光がひとつ。たったひとつだ。あれが言っていた「不潔」だろうか。
薄桃色を取り囲むように、6基の蒼が宙を舞う。微かな銃撃のオレンジが光る。薄桃色は、高速でそれを躱して行く。
映像で見ていたオートノミアとも、さっきバタバタ倒されていたオートノミアとも違う動きだ。
「あ、ここに居た!」
誰かの声が近づいてくる。
「ホオヅキさんですよね?ハンドラーから話は聞いています。こっちです」
促されるのに、あの光に背中を向けるのを躊躇う。目を逸らすのが怖い。
薄桃色が、一基の青と重なった。火花を散らしながら、その青が光を失って堕ちる。




