鬼灯 俯瞰的
車が停まった。助手席のドアが開けられる。
「着きましたよ?」
アルトが揶揄うように笑っている。座席の足元から出ようとして、身体を引っ掛ける。
「怖いんですか?」
「えぇ、怖かった。凄いと思ったのは事実だけれど、こんなにも五感に直接来るんだって」
目の前に落ちてくる残骸。轟音。振動。身体の奥底が警戒を強め、気が付けば隠れていた。
「俺らは、それが無いと死にます。恐怖と仲良くやる事が、パイロットを続けるコツですかね」
聞いてもないノウハウらしいものをペラペラと話し出す。車から降りると、アルトは急に黙ってドアを閉める。
「さぁ、行きましょう」
「待って」
「はい」
ずっと貼り付けたような笑顔を続けるアルトが、演技に見えてくる。
「データを渡すだけなら、ここで良いよね?」
「あー……そうですね。それはそうですよ。でも、まだ帰れないので、せっかくなら寄っていきましょう」
余計な事に首を突っ込んだと、今日何度目かの後悔をする。何をさせられるのかビクビクしながら、アルトの後ろをついて行く。
無機質な部屋に、無数の冊子が並んだ棚。奥のデスクに中年の男性が座っている。体格が良く、整った身なりに反して髪は下ろしてある。
アルトが出入り口を塞ぐように立った。
「座って」
そう促される。大人しく座る。
「Cz区画のGHOST兵站基地を任されている、ハンドラーのヌルだ」
「……ホオヅキです。フリーでモーションプログラマーをやってます」
「あぁ、分かってるよ。来てくれてありがとう」
ヌルさんは手元の冊子をペラペラと捲りながら話を続ける。
「今回の依頼自体は、各方面に向けたばら撒きだった。その中でこちらが選んだのが君だった訳だ」
そもそも普通はばら撒き依頼なんてしない。というか依頼内容に書いてあるはずだけど、今回の依頼には無かった。
「何故?」
「今後の方針上、密接に関われる人材が欲しかった。直接会いたいと言ってきた君を選んだ」
「……なんとなく、そうだろうなと」
しくじった。寄りによってこんな事態になるとは。ヌルさんが笑う。シワを寄せて目を細めて、愛嬌があるとは言えないが、アルトみたいな底しれなさは感じない。
「わかるよ。隠し事をされるのはいい気分では無い。最も、隠し事があるとわざと見せているのだが」
「それで私の好奇心を揺さぶろうと?」
「GHOSTの戦闘を見て、君はこう思ったはずだ。もっと良い動きが出来るだろうと」
「そうですね」
「本来ならば2年間も同じ兵器を使い続けると言うのは前例が無い。戦争の技術というのは目まぐるしく変わっていくものだ」
「これは、戦争なんですか?」
ヌルはまた笑う。場違いだ。
「では、君はこれをなんと呼ぶ?」
ヌルさんが立ち上がる。冊子をひとつ取り出して広げる。数字の羅列が並んでいる。
「現存しているGHOSTのナンバーだ」
1番上が008。その次が012。トゥエルブと呼ばれていた機体だ。その次が023。その下も穴抜けが続いている。
番号を繰り上げていない。そこに残った欠番だけ、GHOSTが死んでいる。
「戦う相手が居る。人が死ぬ。だが相手は人間じゃない。この戦いに勝って得られる物は、オートノミアの残骸だけ」
「いいえ。あとお金です」
こんな事を濁す人じゃない。そう判断した。ヌルさんが口角だけをあげる。むしろこっちの方が、彼の素な気がした。
「その通りだ。この経済は金になる。オートノミアを破壊し、その残骸を拾い、新しい兵器を作る。前線がそこにある限り」
「その前線の人員が、減っていると?」
「不正解」
嫌な会話だ。それと背中合わせに、私の好奇心が揺さぶられている。
「君と同じだよ。ちょっとした責任感、好奇心、そんなもので志願してくる人は、今も沢山居る。理由は想像にお任せするけどね」
「だからこそ、停滞を続けられなくなったんですね?」
「正解」
なんだかムカついてくる。子供に思想を説くような口ぶりで、灘らかに人を取り囲もうとしてくるみたいで。
「元々GHOSTは、アップデートの余地を残して作られている。新しい機体を作らずとも、永く利益になるようにとね。今でこそノウハウが確立したが、昔は単調な動きですら人が死んだ」
「そろそろ技術革新を見せないと、スポンサーが離れていく」
長ったらしい説明を切るように言葉を乗せる。ヌルが口を閉じて、私を見つめる。
「話が早くて助かるよ。GHOSTのアップデートの為に、君にはこちらで専属の依頼を出したい。前線に出る必要は無い。必要な物があれば全てこちらで手配する。もちろん、断って貰っても構わないが」
「具体的に何を?」
「全てだ。近いうちに攻勢に出る。そこで戦果を上げるまでを契約期間としよう」
露悪的な顔を隠そうともしない。それでもこの人は悪人とは思えない。並んでいる冊子は、全てが「現存ナンバー」と背表紙に書いてある。
「銃剣のデータを利用するパイロット1人に付いてもらいたい。君が何人も抱える必要は無い」
012番。名をトゥエルブだとアルトさんが言っていた。本名を明かしていない変な人。
頭の中で、仮面をつけた男が浮かぶ。
「戦果を上げられなかった場合のペナルティ等は?」
「012番が死ぬ」
嫌な脅し方だ。なのにその言葉には確かな重さがあった。それを拒否するような、落胆のような震えがあった。
「分かりました。契約書は?」
ヌルさんが紙を1枚取り出す。受け取って読み込む。不審なことは何も書いてない。
「すまない」
ヌルさんが小さく言った。思わず顔をあげる。
「こんな言い方しか出来なくて、すまない」
ヌルさんの目線の先の現存ナンバーは変わらない。でも彼にとっては、ここにある冊子の流れが見えているのだろうか。
人の死は、私の中でまだ輪郭を持っていない。それが現れた時、私はこの仕事をこなせるだろうか。
「ひとつ、条件があります」
「聞こうか」
「私は、契約中012番と一切面会をしません。会話はトークアプリのみでお願いします」
「構わんよ」
〇オートノミアによる戦争経済
人を殺さなくて良い戦争は、市民に与える心理的圧迫も薄く、防衛作戦行動を行う為の物資の流れは、落ち込んでいた経済の回復を助けた。
オートノミアの進化が進み、従来の兵器での防衛が難しくなって来ていた軍は、GHOSTの開発を発表。人型兵器という新しい象徴を中心に、各所で新規事業が立ち上がった。
その背景に消えた娯楽産業も多く、一向に終わらないオートノミア戦争に、近年の軍事産業への市民の不満の声は増えつつある。




