十二 亡霊
[トゥエルブ。俺は今出れないから、現場指揮はお前な]
インカムからアルトさんが言う。ドリンクから口を離し、ベルトを付ける。
「分かりました」
配線がむき出しのコックピットの上部から、全天スピーカーが頭の近くに降りてくる。輪っかの形状のそれは、まるで天使の頭に付いているあれだ。インカムからまた声が入る。
[アルトさん、またデートか?]
[やっぱ、シングルってずりぃよな]
「多分、関係ないよ。どうせまた、ハンドラーに怒られるんだろうし」
ゴーグルから充電ケーブルを抜いて、頭につける。小さな起動音と共に起動画面が表示される。コックピットに付けられた2本の固定レバーを握り、スティックを大きく動かしてロックを解除する。
作戦行動を行うナンバーがHUDに並ぶ。
012
144
156
270
289
301
HUDを残したまま画面が切り替わり、GHOSTの視界とリンクする。首を動かし、視界が追従する事を確認する。全天スピーカーが、既に出ている156と289の狙撃音を拾った。
[トゥエルブ。いつも通り、俺らは勝手にやるぞ]
「うん。よろしく」
[指示だけよろしくな]
「頑張るよ」
暗い倉庫から外に出る。眩しい青空の向こうに、雲に同化しそうな、白い蝿みたいなオートノミアの装甲の反射光を視界に捉える。せっかくの美しい積乱雲が台無しだ。
足元の整備士さんがゴーサインを出して離れる。
「012番。行きます」
ペダルを踏み込みブーストを吹かす。一気に60km/hまで加速する。風を切る音が、ノイズキャンセリングで小さくなる。
畦道跡をかっ飛ばす。味方が有効射程に入るより先に、ペダルを踏んで最初の蝿に飛びかかる。ノロマな旋回よりも先に間合いに入り、タイミングを見てボタンを押す。
視界に右腕と斧が映り、羽を切り落とす。そいつを踏みつけて次の蝿を視界に捉える。
[トゥエルブ!近くの車、俺だから!]
アルトさんが言う。探す余裕は無い。というかだるい。画面に警告。右から砲撃音。後ろにブースト。目の前を弾道が過ぎていく。
[到着〜。撃ちま〜す]
後ろから射撃音。バタバタと蝿が落ち始める。また警告。避ける。接近出来た次の蝿に、斧で切りつける。
[トゥエルブ!行き過ぎ]
「了解」
後ろに旋回する。確かに味方と離れすぎた。これではヘイト役の意味が無い。戻りながら自分の射線に残っている蝿を落としていく。
回避の度に大きく揺れる。身体を支えるのがだるい。視界の端、地面を走る車が目に止まった。あれがアルトさんの車か。
1人しか乗ってないように見えるけれど。
警告音で視線を戻す。目の前に蝿。砲身はこっちを捉えている。スティックを後ろに倒し、ペダルから足を離す。盾を前に構えるボタンを押して、身体を強ばらせる。
視界がゆっくりと上にずれていく。正面から発射音。そこそこの衝撃と共に、盾に跳弾した弾丸が下から上に飛んでいく。
貫通弾で助かった。榴弾だったらどうなっていた事やら。
やっぱり僕は運が良い。すぐにペダルを踏み込んで、スティックを倒して体勢を戻す。
目の前の蝿が狙撃で撃ち落とされる。1度地面に着いてジェネレーターの冷却時間に充て、再度飛び上がる。
HUDに表示されたナンバーの横にある撃墜数は、僕がダントツに低い。今日は全然殺せなかった。もう疎らになった蝿は、僕よりもみんなに任せた方が早い。
着陸し、左のスティックを前に倒しながら、右手をレバーから離し、手探りでドリンクを掴んで口に運ぶ。
視界に映る綺麗な空は、夏の匂いがする気がした。実際にはコックピットの鉄の匂いしかしないけど。
レーダーに敵の反応はない。レバーから左手も離す。
「戦闘終了。点呼」
[156]
[270〜]
[144]
[289]
[……あ、301です]
「順番に言ってよ」
アルトさんの車が、基地の方に走っていくのが見える。丁度、インカムからアルトさんの声が入る。
[トゥエルブ。今日は片付けは他に任せて、すぐに帰ってきて]
「え、分かりました」
基地から残骸回収用の大型ドローンが飛んでくる。
「じゃあ、僕は先戻るね」
[羨まし]
[お疲れ様で〜す]
[アルトさんがハンドラーに怒られてる所、カメラで撮っておいてよ]
「タイミングがあればね」
基地の方を向いて、スティックを倒す。今日は簡単だった。誰も死んでない。こういう日はハンドラーの機嫌も良いから、アルトさんはお咎め無しかもしれない。
インカムをOFFにして鼻歌を歌う。昔聴いていた夏の歌。清涼的で、何処か儚げで、全てが綺麗だと歌う割に、みんな夏は好きじゃない。暑いから。
全天スピーカーが蝉の声を拾った。基地はすぐそこだ。早く生身で受け取る世界に戻りたい。
■全天スピーカー
GHOSTのコックピットに搭載されている立体音声スピーカー。頭上付近にある輪の形に配置されたメインスピーカー。天井、座席裏に配置されたサブスピーカーの2種類から構成されている。
ヘッドセットよりも確実な音響による方角認識を得るために開発されており、副次的にゴーグルの軽量化や、視覚との分離によるエラーの際のダメージ分散等にも役立っている。




