秘匿
軍から借りた車を走らせる。運転は何時ぶりだろうか。身分証欲しさに免許証を取ったものの、都市部だと使う時はほとんどない。
拙い運転だが、道路を走る他の車は居ない。それだけで多少安心できる。
「……なんか書いてあるの?」
「うーん……似たような噂話程度は見つかるね」
助手席でサナがスマホを弄る。高額な料金を払ってまでSNSはやりたくないが、横に使っている人が居ると、こういう時は便利だ。
「……へぇ、昔はもっとバタバタ死んでたんだ」
「防衛戦じゃなくて、防衛線を貼るための攻略戦だったらしいよ」
「みんな静かに死んでた。って投稿に、それはおかしいだろって突っ込まれてる」
「……自動インカム切断の事は?」
「書いてない……あんたはどう思うの?」
サナが顔を上げて私を見る。すぐに前に向き直る。言いたくない。
「ねぇ?」
「それを投稿出来る人が居るって事は、良いことなのかな?」
適当な事を言って、その話題から逃げた。アルトの言葉が過ぎる。
目的地について、無言で車を降りる。少し遠く、GHOSTの倉庫方向から慌ただしい声が聞こえてくる。
「ここが」
我が物顔で本部に入る私の後ろに、よそよそしいサナが付いてくる。人気がほとんど無い。真っ直ぐにハンドラー・ヌルの居る部屋に入る。
「こんばんは」
来るのが分かっていたかのような反応で、本棚の整理をしている。
「インカムの件ですか?」
「まぁ、それ以外無いもんね」
「どうぞこちらに」
遅れて入ってきたサナも案内されてソファに座る。ヌルが3人分の紅茶を用意する。
「そんな長居する気も無いけど?」
「話し相手が欲しかったんだ。あれを見たら考えたくなるのは分かる」
「てことは、あんたも飲み込んでる訳じゃないんだ」
「いや、流石に長くやってるので」
「事務的に聞きたいのは、その件に関する決め事が何一つ無い事。こんなネタ、機密事項誓約書案件じゃないの?」
「本来ならば」
ヌルは紙を1枚手に取りチラつかせ、何も言わずにまた仕舞う。誓約書だ。物自体はあるらしい。
「強い衝撃がGHOSTに加わった時、自動的に中のパイロットのインカムを切断する機能です」
「死ぬ直前の叫びや言葉を、味方に聞かせない為にね」
「正解」
「酷いじゃん」
「それは外側から眺めているからに他ならない」
ヌルがスマホを取り出す。なにか操作をして机に置いた。
絶叫。炎の音が聞こえる。母親や仲間らしき名前を叫んでいる。助けを求めているのは明白だ。強い咳き込み。怒号は次第に恨みに変わっていく。仲間の名前を呼ぶ声に、唸りのような、歪みのような何かが混じっていく。
「……この人は?」
「コックピットを開けた時には、下半身は潰れており、頭が大きく凹んでいた。喋れた事が奇跡だ」
「死んだんでしょ?」
ヌルが頷く。サナが目を逸らした。意味のない行為だ。ループ再生でもう一度流れる。
「……止めてください」
サナがボソリと言った。当然だ。こんなの聴いてられない。それが答えだ。ヌルがスマホを操作する。非情にも次の再生が始まった。
今度は穏やかだ。淡々と遺書を朗読するように言葉を綴る。
仲間への激励。その掠れた呼び声は、たしかにトゥエルブと言った。
次元の違う何かが、突然画面の向こうに来た。そんな感覚。サナが耳を塞いで俯く。
「なんで録音してるの?そもそも自動切断じゃないの?」
「GHOSTとは別で取り付けた安物です。すぐ壊れるので、回収出来た物だけ」
自分で安物と言う辺りも含め、自費の可能性が高い。
「これでも、パイロットの事は大事にしたいと思っている。でも、全員を主役にはしてやれない。この絶望を聞いて固まった1秒で死ぬ事もある」
それならば、標準で録音機能だけでもと考えたが、最初の録音を思い出して口を閉ざす。仲間が死んであれが流れたら、トゥエルブは平気なんだろうか。アルトは笑って流せるんだろうか。
理屈として、非常によく分かる機能だ。感情をとっても、今も戦ってる人が、最期は静かに死ぬ物だと思い込めるならば。
「最悪」
それでも、そう口から漏れる。
「その通り」
「でも、あるべき」
「だから、誓約書は要らない」
ヌルが紅茶を飲む。私もサナも口を付けてない。
「……ひとつだけ、個人的なお願いです」
「何?」
「パイロットの皆には、どうか教えないであげて欲しい」
「分かってるよ」
それも本来は、誓約書に書いてある内容だろう。それをわざわざ個人的なお願いなんて言うんだから、この人なりにやりきれてないんだろう。
ヌルが時計を見る。時刻は0:30を回っている。アルトの言っていた作戦開始がもう近い。
「……誓約書、出してください」
ヌルが私を見る。
「人の優しさを信じたい、とかそういうの別に良いですから。書くものは書く」
「……その通りだ」
ただの口下手なおっさんだ。出された2枚の誓約書を受け取る。こういう役職も大変らしい。
誓約書は、如何なる外部への情報の漏洩を禁ずる事がつらつらと書かれてある。隅に小さく書かれた内容は無いし、裏も白紙だ。普通の誓約書。
私がサインをしたのを見てから、サナもサインをする。
「……すまない」
「そんなんだと、命を預けられる側も不安になりません?」
「気にはしているんだ」
GHOSTが出撃したという内容の放送が入る。
「トゥエルブも?」
ヌルは誓約書をファイルにまとめながら言う。
「今、出撃したよ」
窓の外の闇に、あのGHOSTの光が飛び立っていく。




