鬼灯 仕事として
オートノミア戦争の前から、人型のロボットの開発はあった。ネットの記事で取り上げられてたロボット同士のボクシングは、お互いがチグハグに動いていて、一種のギャグみたいに扱われていた。
拙かろうが、姿勢制御はAIだ。オートノミアが現れてから、それらはほぼ全て消された。代わりに生えてきたのがGHOSTだ。
ハンドラー・ヌルから郵送で送られてきたメモリーカードは、GHOSTの詳細なデータファイルだった。
武装モーション用のモーションファイルは元々持っていたけれど、それよりもより詳細な物だ。これが外に漏れたらダメなものな事はすぐに分かった。
移動時の重心の取り方をとっても、1フレーム単位でモーションが書き込まれている。それが全方位。傾斜に入った場合も含めて、途方もないデータ数だ。
これまでの仕事は、簡易版アセットに武装の数値を上書きしていくと、PCで計算を行い、それに応じた数値から、どう動かすのか考えていた。その計算式の基盤が全て入っている。
つまり、GHOST内で基本的な動きに関する膨大な数式があり、そこに私たちが後から乗っけた武装側のデータを混ぜて、その計算式の解を基に身体を動かしている。
ずっと感じていた、もっと良いものにすればいいのにという疑問は、このデータが答えだ。
脳筋すぎる。しかも、明らかに後から載せていく想定で組まれてる。こんなモノ何回もいちいち開きたくは無い。
武装側にデータがある理由も、これで繋がる。
「これ作った天才が続きもやればいいのに」
珈琲を2つ淹れてきたサナが横に立つ。
「きっとやってるよ」
Czは現在、前線の中でも比較的マシな方だ。これを作った天才は、きっともっと大きなプロジェクトでもしているんだろう。
ほぼ最新の高性能PCなのに、このデータファイルを入れた時から重い。このPCがファンを強気に鳴らしているのを聞いたのはこれが初めてだ。
「……これ、わかるの?」
サナが珈琲をすすりながら言う。
「まぁ」
数式自体は見た事のある物ばかりだ。なのにどこを見ても、もっと上手くできそうと思える場所はひとつも無い。全てが綺麗に収まっている。
むしろここから、回避モーションの為に触って色々崩れていくのが怖い。
別のメモリーカードにバックアップを取りながら、私はひとつのファイルを開いた。オーディオ関係のリストがずらりと並ぶ。
「なんで音声用ファイルなんてあるの?姿勢制御とは関係ないじゃん」
「対応した姿勢で、スピーカーをどう機能させるのかの調整用だね」
サナは分かったような分からないような顔をする。当然だ。例え姿勢に対応したスピーカーの機能調整だとしても、ここに入れる必要は無い。
何か別の、特別な姿勢の時に音声を弄る何かがあるはずだ。
手が止まる。見つけた。
「……これって」
サナが言いかけた時、インターホンが鳴った。
「は。はーい」
サナが玄関を開けると、アルトが立っていた。手にはドーナツ屋の箱がある。
「どうも!」
「はぁ」
「え?え?」
「何しに来たの?」
「今後の大規模作戦について、少し話しておきたくて」
当たり前のように靴を脱いで部屋に入りやがる。サナが私に顔を近づけて耳打ちする。
「もう彼氏できたの?」
溢れんばかりの否定の顔をすると、サナは口をへの字にして顔を引っ込めた。
「私らよりも、現場の兵士さん達にドーナツ買ってあげたら?」
「いやいや、60人近く居るんですよ?全員に買えませんって」
「別に、あんたの近くの仲良しに買えばいいじゃん。それこそ、トゥエルブとか」
サナがもう一人分の珈琲を持ってくる。アルトは小さく感謝しながら、その1杯にミルクと砂糖を2人分入れる。
「あいつ、あんまり食べないんですよねぇ」
確かに私のイメージでも、クールなトゥエルブは甘味は食べなさそうだ。珈琲もきっとブラックだろう。
「で、大規模作戦の話って?」
アルトがニヤつきながら姿勢を正す。サナもつられて背筋を伸ばすが、私は変えない。
「Cz北東部の端にある、オートノミア兵站工場の破壊が、今日の25:00から始まります」
「へ?破壊?戦争辞めるの?」
「逆ですよお姉さん。始まるんです」
「試験運用を兼ねた攻撃作戦を通して、停滞気味のGHOSTの拡張性と可能性を市場に見せると共に、市民に安心を与えようって事ね」
「恐らくそうだと思いますよ。実際、終わらせたい派閥も一定数居ますからね。彼らの溜飲を下げないと」
「随分と他人事ね。怖くないの?」
「まさか。GHOSTの仕事は、本来こうあるべきだとすら思ってます。ただインベーダーゲームをしてるだけで収まっていたらダメじゃないですか」
「そんなこと、他の兵士も思ってる訳?」
「そこが問題なんですよ」
急に真顔で、深淵を覗き込むようにこちらを見やる。
「GHOST部隊が結成されてすぐの頃は、本当に地獄だったと思います。Cz区画は、安定した拠点を手に入れるまでに90程のGHOSTを投入しました」
アルトが甘ったるそうな珈琲をチビりと飲む。満足気な、恍惚とした顔をする。
「結果的に生き残ったのは10人程度。トゥエルブもその1人です」
話自体は聞いたことがある。俗に言う黎明期は、とにかくGHOSTとその拠点を配備し、オートノミアを食い止める場所を確立させるまでに、何体も撃破されて死んだ。
ただしその分、あらゆる場所で戦果を上げた。それはひとえに、参加していた人らの覚悟と熱量だと言われている。
人類初の有人人型兵器。どうなるかも分からない。死ぬかもしれない。そんな物語の世界だったはずのパイロットの募集に集まった人達。
こいつ、アルトも、トゥエルブも、その1人。
「その、あんたらと新人の価値観のズレが、厄介ってこと?」
「厄介と言えば、まぁ。はい」
取り繕うような素振りをして、アルトは小さく息を吐く。
「それをわざわざ言うために、直接来たの?」
身も蓋もない事を投げかけると、アルトはニヤリと笑う。
「えぇ、だって。逃げてますよね?あなた」
「……」
「俺、ホオヅキさんは主人公になれると思ってるんですよ」
「主人公?」
「楽しみにしてますね」
ゆったりと立ち上がったアルトがぺこりとお辞儀をして部屋を出ていく。黙って目で追いかけていたサナが、ゆっくりと私の方を見る。
「……変な人」
「あれ、彼氏にしたいと思う?」
「えぇ?うーん……いいや」
主人公か。実際に戦ってるあんたらの方が、よっぽど主人公なのに。モニターの電源を入れ直す。放置されていたファイルを見つめる。
「……それ、ヤバくない?」
「……ヌルに聞いてみる」
GHOSTに積まれた音声認識のファイル。そのひとつに付けられた名前は"自動インカム切断"
制御が効かなくなった時、自動でパイロットの通信を遮断するシステムだ。




