鬼灯 価値観
窓の向こうの夜の外で、色んな人が蠢いている。時刻は22時。都会の繁華街とは訳が違う。
さっきまでぐちゃぐちゃになったGHOSTの横で座り込んでいた人も、立ち上がって仕事に戻っている。
「あ、ここに居ましたか」
アルトの声に、勢いよく振り返る。へへへと字幕が着きそうな顔で部屋に入ってくる。
「……生きてたんだ」
「え?えぇ。トゥエルブも生きてますよ」
それを聞いて、少し長めの息を吐く。
「今、安心したでしょ?死んだのが知ってる人じゃなくて良かった。そういう顔だ」
アルトはニヤニヤと、顎を引いて私を見る。本当に、全くもってその通りだ。
「……ごめん」
「やだなぁ。価値の順番が明確な事は、決して悪い事では無いですよ?」
こいつに諭されるとムカつく。そもそも揺さぶってきたのもお前だろう。顔を背けるように窓の外を見る。
「あの中に、トゥエルブは居るの?」
アルトが顔を乗り出して探し始める。
「えーっと……居ませんね。サボったかあいつ」
アルトまでこう軽々していると、どういう感情で居ればわからなくなりそうだ。本来は悲しむべきなんだろうに。
「……アルトは悲しくないの?」
「え?いやいや、そういう仕事ですから」
「感情論の話なんだけど」
「俺はあまり。ドラマみたいなんで」
「ドラマ?」
「画面の向こうしか感動の無かったあの頃の虚無感。俺もこっち側に居たかったと、常に思っていましたし」
別れを感動だと言うのも暴論みたいだが、言いたいことはよく分かる。そもそも人と深く繋がらないし、別れも大した事じゃないし。そういえばアルトとは歳も近そうだ。
「昔は失礼だって言われてたけどね」
「本当の辛さを知らない癖に!でしたっけ?」
「そう言ってた老いぼれは、もう前線には立てなさそう」
「確かに」
アルトのスマホが鳴る。無言で手を上げながら、スマホを耳に当てて部屋を出ていく。そのまま廊下を離れていく足音が消え、また一人になる。
これまでの人生で、密接な関係になった人なんて居ただろうか。友達はそれなりに居るし、フリーになった後も、仕事仲間としてサナが居る。
私の中で、まだ死別と言うものの輪郭が薄い。始まったオートノミアとの戦争すら、私の住んでる街はなんの被害も無かった。
それすらも、当時はまだ、画面の向こうの感動だった。
部屋を出てフラフラ歩く。すれ違う男性がチラチラと私を見る。この中にトゥエルブが居るのかもしれない。
仕事をする上では、やっぱり顔は見たくない。それでもあの、命を預かるという重い感情は、逃げちゃダメな気がして居る。
廊下の自販機で珈琲を買う。缶を取り出す際、横に立ってる男の子と目が合う。顔つきから16から18程度。軍だからか、それなりに身体つきはある。
……この子がトゥエルブだろうか?
「お、お疲れ様」
「え、あ。お疲れ様です」
男の子はレモンジュースを1つ買って、チラチラとこちらを見る。
「えっと……軍の人ですか?」
「え?いや、違うよ?」
「え」
「……」
どうしよう。逃げたいけどそれはダサいし、とりあえず近くのベンチに座る。
「君もパイロットなの?」
「まぁ、はい」
「凄いね。私はプログラマーで、ちょっとGHOSTを生で見てみたくて来てみたの。思ったよりみんな、生き死にに乾いててビックリしてるけど」
男の子が少し目を逸らす。頬を掻いて唸る。
「……みんながみんなそうじゃないですよ。苦しくても言えない人だって居ます。そういう空気というか」
まぁ、そりゃあそうか。男の子はレモンジュースを握りしめる。この歳で酸味を欲するなんて、やっぱり疲労とかストレスなのだろうか。
「死んでく奴も、文句の一つも言わないで、黙って死ぬんですよ。俺なら泣き喚く気がします」
そう笑う男の子の顔が疲れているのが分かる。アルトや私の世代とは、やはり考え方が少し違うのかもしれない。
アルトがこっちに歩いてくるのが見える。男の子もそれに気付いて、私にお辞儀をしてそそくさと立ち去って行った。
スマホを開いたまま私の横に立ったアルトが、男の子の方を見つめる。
「逃げられた」
「何か用事が?」
「いや、多分あいつもサボってますんで」
あいつ「も」?あぁ、あれはトゥエルブでは無いのか。
「あの子の名前は?」
「リオです。ナンバーは144。さっきも出てましたよ?トゥエルブと仲が良いんで。もう一人と3人で見掛けない時は、大体サボって何処かに消えてます」
トゥエルブじゃなかった事に、少しだけホッとしている。それと同時に、勇気を出して会話してみたのに違った事にも落胆している。
でも仲の良い人ならば、また話す機会があるのかもしれない。そして次に話す時には、横に居る男の子こそトゥエルブなのかもしれない。緊張してきた。
「そうだ。トゥエルブに渡す連絡先が欲しいんですけど、メールの連絡先でいいですか?」
そう言いながら、アルトが手に持ってるスマホを見せつけるように動かす。
「え」
「え。本人との連絡はトークのみですよね?」
確かに言った。自分の私用スマホを取り出し、QRを出す。
「ここでいいよ。一応、あんたのもこっちでいい」
アルトのスマホと連絡を交換する。飾り気の無い、無機質なアイコンと名前が乗る。
「あと、Cy区画で部屋を借りたい。手配してくれる?」
ここから離れてしまうと、私はもう、ここには戻って来れなくなる気がする。そうしてまた、画面の向こうだけの無感動な仕事に戻った時、後悔で潰れてしまう気がする。
責任感とは聞こえはいいが、呪いとも近い。でもその責任感は、多分人の命を扱う事じゃなくて、自分の仕事に対するプライドに近い気がする。
多分、他にやることが無いからだ。仕事以外の娯楽はそんなに無いし、実際私も、アルトと同じで、この負の感情を持った事に少なからず高揚があった。
私は昔からこんな性格だっただろうか。思い出そうとしても思い出せない。




