3.式神・太陰
カラスが鳴き、薄暮冥々の岩梨邸に、神光が降り注ぐ。
妖の邪気が立ち込める中、月を背中に優雅に降り立つのは一人の少女。
「お呼びでしょうか、晴明様」
彼女の名は大陰。晴明の式神・十二天将の一人である。
◇
「こ、これが陰陽師の眷属・式神・・・・・・」
呆気にとられる奏に反し、妖たちは金縛りにあったように固まる。道満は相も変わらず易々と式神を出す彼に、舌打ちをした。
そんな彼らを一瞥すると、晴明は大陰に向き合い命を出す。
「久しぶりだね、大陰。悪いけど、少し頼みごとが―」
「晴明~!!」
「うぐ」
光の速さで突進すると、間髪入れず抱きつく大陰。晴明は首に手を回され動けない。
「もう、一ヶ月も召喚してくれないなんてひどい!大陰傷ついた!」
「そ、そう」
「ねー、それより大陰の衣装どう?萌えない?」
「いやぁ」
(どうやって見ろと?)
べりりと離すと名残しそうな顔をしながらも、くるりと一回転。晴明は渋々彼女の服装を見る。
淡い桜色に濃い桃色を組み合わせた服で、幾重にも布が重ねられた豊かな裙がひらひらと揺れる。確か斉胸襦裙、と言ったか。
胸の位置より上で紐を結ぶことで、見映えが良いらしい。知らないけど。
しかし、晴明とて多数の式神を従える陰陽師。乙女心は全く分からないが、そのまま言えば、二時間は拗ねられることを学習済みだ。
面倒と困惑の感情を打ちのめし、あたかも理解があるように賛辞の言葉を述べる。
「良いと思うよ」
「やったー♡」
「でも下げみずらは男児の髪型って言ったよね」
「大陰は式神だもーん。可愛いと思えば何でもいいの!」
「そう。ならそんな式神にお願いです」
脱線した話を無理やり戻すと、大陰はため息をつく。道満からの冷たい視線と奏の複雑な表情は気にしない。
「はーあ。また妖に襲われてるの?晴明、自分の身は大切にして!
・・・・・・それで誰から隠してほしいの?」
「今回は僕じゃなくて、彼女を隠して欲しいんだ」
御簾に息をひそめている奏に視線を向けると、大陰が凍り付いた。心なしか気温が下がった気がする。
「え?え??」
「護衛対象なんだ。僕と道満が妖を倒すまで、君お得意の隠蔽結界で守ってほしい」
「あ、あの弱そうで非力のくせに霊力だけは馬鹿高い子を?」
「こら、失礼だよ」
どうやら冗談ではないと理解した大陰は――泣き叫んだ。
「うわああああああん!晴明が、晴明がウワキした!」
「え」
「晴明、まさか式神と」
「うぐっ、ひどい!大陰を一ヶ月も放置しておいて女人のいる屋敷に入り浸ってるなんて!ウワキだよ、ひどおおおおおい!!」
どしゃぶりの雨のように泣く大陰。晴明の名誉のために添えるが、彼女の重すぎる片想いであって晴明は被害者だ。ああ嘘じゃない。晴明が魔性の男なだけだ。
「と、取り合えず倒そうか」
「いいのかよ」
「あれでも三十秒しか続かないんだっ、と」
迫りくる鎌鼬の猛攻をよける晴明。道満はすぐさま切り替え飛縁魔と対峙する。
「あら、やっと獲物を見つけたと思いましたのに。行く手 阻まれてしまいました」
「百年はえーよ。まずは俺を倒してからだな」
一方晴明は弱い妖を倒しつつ、鎌鼬に式札を投げる、が。
「ふんっ。刀で斬ればただの紙さ!」
「へえ、痺れないのかな?すごいね」
あっさりかわされる。素直に誉め言葉をこぼすと鎌鼬の表情が一変し、顔を歪める。
「痺れるに決まってるさ!死にそうだよ!」
「つまり妖力が削られてるんだね」
晴明の質問には答えず、鎌鼬はどんどん庭の隅に追い詰めていく。
(なるほど、足が速いんだ)
動きの粗が目立つものの、小柄な体格を生かし俊敏な身のこなしで優勢を極めている。晴明は攻撃を避けながら、ちらりと後ろを見る。
(どうしようかなぁ、背後の塀の向こうにはがしゃどくろがいるんだよね)
このまま鎌鼬の攻撃を避け、後ろに下がったらがしゃどくろが捕まえてくるだろう。腕の届く範囲に入るのも時間の問題だ。
そして現在、晴明はちょうど塀の角にいる。左右に避けることはできない。
「終わりだ陰陽師」
喉元に刀が突きつけられると同時に、がしゃどくろの腕が晴明を捕らえる―
「ざんねん」
ことはなかった。
◇
「なっ、姿が消えた!?」
「ちょっと、主を傷つけたら許さないんだから!」
高らかに響く大陰の声に、鎌鼬は舌打ちして目を走らせた。どこだ、どこにいる。
『ふーん、足が良くても目は良くないんだね』
「お、おいらを馬鹿にするな!どこにいる!」
「―ここだよ」
後ろから鼓膜を揺らす青年の声。振り返ると塀から飛び降りる陰陽師が見えた。
微笑んでいるのに、その瞳はただ冷淡な光をたたえている。
「な」
「おいたが過ぎるよ、鎌鼬くん」
黒髪を靡かせ、指の隙間に挟まる式札を見せつけながら、飛び込んでくる彼に鎌鼬は立ちすくむ。
(あ、あ、)
「もう終わりだよ」
彼の声は死刑宣告。背後の月は冥府への扉。そして式札はあの世に行くための切符。
視界いっぱいに見えるその白が、どんなものよりも恐ろしく見えて。
(おいら、ここで・・・・・・)
がたがたと震え真っ青な顔で彼を見るも、慈悲の一つも感じなかった。
(嫌だ、黄泉にはまだ行きたくない!)
しかし抵抗するだけの勇気と力を彼は持ち合わせていなかった。
目をつぶり、体に駆け巡る痺れを覚悟した瞬間―
「ぐはっ」
青年の苦し気な呻き声が聞こえた。
面白かったらリアクション・ブクマ・コメよろしくお願いします。




