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3.式神・太陰

 カラスが鳴き、薄暮冥々(はくぼめいめい)の岩梨邸に、神光(しんこう)が降り注ぐ。

 妖の邪気が立ち込める中、月を背中に優雅に降り立つのは一人の少女。


「お呼びでしょうか、晴明様」


 彼女の名は大陰(たいおん)。晴明の式神・十二天将(てんしょう)の一人である。



「こ、これが陰陽師の眷属・式神・・・・・・」


 呆気にとられる奏に反し、妖たちは金縛りにあったように固まる。道満は相も変わらず易々と式神を出す彼に、舌打ちをした。

 そんな彼らを一瞥すると、晴明は大陰に向き合い命を出す。


「久しぶりだね、大陰。悪いけど、少し頼みごとが―」

「晴明~!!」

「うぐ」


 光の速さで突進すると、間髪入れず抱きつく大陰。晴明は首に手を回され動けない。


「もう、一ヶ月も召喚してくれないなんてひどい!大陰傷ついた!」

「そ、そう」

「ねー、それより大陰の衣装どう?萌えない?」

「いやぁ」


(どうやって見ろと?)


 べりりと離すと名残しそうな顔をしながらも、くるりと一回転。晴明は渋々彼女の服装を見る。


 淡い桜色に濃い桃色を組み合わせた服で、幾重にも布が重ねられた豊かな(スカート)がひらひらと揺れる。確か斉胸襦裙(せいきょうじゅくん)、と言ったか。

 胸の位置より上で紐を結ぶことで、見映えが良いらしい。知らないけど。


 しかし、晴明とて多数の式神を従える陰陽師。乙女心は全く分からないが、そのまま言えば、二時間は拗ねられることを学習済みだ。

 面倒と困惑の感情を打ちのめし、あたかも理解があるように賛辞の言葉を述べる。


「良いと思うよ」

「やったー♡」

「でも下げみずらは男児の髪型って言ったよね」

「大陰は式神だもーん。可愛いと思えば何でもいいの!」

「そう。ならそんな式神にお願いです」


 脱線した話を無理やり戻すと、大陰はため息をつく。道満からの冷たい視線と奏の複雑な表情は気にしない。


「はーあ。また妖に襲われてるの?晴明、自分の身は大切にして!

 ・・・・・・それで誰から隠してほしいの?」

「今回は僕じゃなくて、彼女を隠して欲しいんだ」


 御簾(みす)に息をひそめている奏に視線を向けると、大陰が凍り付いた。心なしか気温が下がった気がする。


「え?え??」

「護衛対象なんだ。僕と道満が妖を倒すまで、君お得意の隠蔽(いんぺい)結界で守ってほしい」

「あ、あの弱そうで非力のくせに霊力だけは馬鹿高い子を?」

「こら、失礼だよ」


 どうやら冗談ではないと理解した大陰は――泣き叫んだ。


「うわああああああん!晴明が、晴明がウワキした!」

「え」

「晴明、まさか式神と」

「うぐっ、ひどい!大陰を一ヶ月も放置しておいて女人(にょにん)のいる屋敷に入り浸ってるなんて!ウワキだよ、ひどおおおおおい!!」


 どしゃぶりの雨のように泣く大陰。晴明の名誉のために添えるが、彼女の重すぎる片想いであって晴明は被害者だ。ああ嘘じゃない。晴明が魔性の男なだけだ。


「と、取り合えず倒そうか」

「いいのかよ」

「あれでも三十秒しか続かないんだっ、と」


 迫りくる鎌鼬(かまいたち)の猛攻をよける晴明。道満はすぐさま切り替え飛縁魔(ひのえんま)と対峙する。


「あら、やっと獲物を見つけたと思いましたのに。行く手 阻まれてしまいました」

「百年はえーよ。まずは俺を倒してからだな」


 一方晴明は弱い妖を倒しつつ、鎌鼬に式札を投げる、が。


「ふんっ。刀で斬ればただの紙さ!」

「へえ、痺れないのかな?すごいね」


 あっさりかわされる。素直に誉め言葉をこぼすと鎌鼬の表情が一変し、顔を歪める。


「痺れるに決まってるさ!死にそうだよ!」

「つまり妖力が削られてるんだね」


 晴明の質問には答えず、鎌鼬はどんどん庭の隅に追い詰めていく。


(なるほど、足が速いんだ)


 動きの粗が目立つものの、小柄な体格を生かし俊敏(しゅんびん)な身のこなしで優勢を極めている。晴明は攻撃を避けながら、ちらりと後ろを見る。


(どうしようかなぁ、背後の塀の向こうにはがしゃどくろがいるんだよね)


 このまま鎌鼬の攻撃を避け、後ろに下がったらがしゃどくろが捕まえてくるだろう。腕の届く範囲に入るのも時間の問題だ。

 そして現在、晴明はちょうど塀の角にいる。左右に避けることはできない。


「終わりだ陰陽師」


 喉元に刀が突きつけられると同時に、がしゃどくろの腕が晴明を捕らえる―


「ざんねん」


 ことはなかった。


 ◇


「なっ、姿が消えた!?」

「ちょっと、主を傷つけたら許さないんだから!」


 高らかに響く大陰の声に、鎌鼬(かまいたち)は舌打ちして目を走らせた。どこだ、どこにいる。


『ふーん、足が良くても目は良くないんだね』

「お、おいらを馬鹿にするな!どこにいる!」



「―ここだよ」


 後ろから鼓膜を揺らす青年の声。振り返ると塀から飛び降りる陰陽師が見えた。

 微笑んでいるのに、その瞳はただ冷淡な光をたたえている。


「な」

「おいたが過ぎるよ、鎌鼬くん」


 黒髪を靡かせ、指の隙間に挟まる式札を見せつけながら、飛び込んでくる彼に鎌鼬は立ちすくむ。


(あ、あ、)


「もう終わりだよ」


 彼の声は死刑宣告。背後の月は冥府への扉。そして式札はあの世に行くための切符。

 視界いっぱいに見えるその白が、どんなものよりも恐ろしく見えて。


(おいら、ここで・・・・・・)


 がたがたと震え真っ青な顔で彼を見るも、慈悲の一つも感じなかった。


(嫌だ、黄泉(よみ)にはまだ行きたくない!)


 しかし抵抗するだけの勇気と力を彼は持ち合わせていなかった。

 目をつぶり、体に駆け巡る痺れを覚悟した瞬間―


「ぐはっ」


 青年の苦し気な呻き声が聞こえた。

面白かったらリアクション・ブクマ・コメよろしくお願いします。

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