4.式神・青龍と決着
がしゃどくろの手によって捕らわれた晴明は、脱出を試みて身をよじる。
しかし、察知したがしゃどくろによってさらに締め付けられるだけだった。
みしみしと骨が悲鳴を上げ、晴明は飛びそうな意識を必死に手繰り寄せる。
「あ、ぐっ」
『カマイタチ、ダメ。ココデ、オワリ』
「が、しゃどくろ、か」
(油断した)
がしゃどくろに対し反対の位置に移動したことで油断した。目の前から手を伸ばされ、あっという間に晴明はがしゃどくろに捕らえられた。もちろん鎌鼬は祓えていない。
(そうだ、彼女の相手をしていた道満は)
「ど、どうまん」
「彼は無理ですよぉ」
悠々と歩いてくる飛縁魔。背後には倒れた道満がいた。狩衣からのぞく腕には歯形がある。
「ちょーっと血を吸っただけで失神してしまいました。うふふ、麿はすごいでしょう?」
「ひ、めは」
「何もいたしません。貴方が要求を呑めば、ですが」
軽い身のこなしで晴明の元に辿り着くと、彼女は耳元でささやいた。
「貴方が―――として妖の下に来てくださるなら。すぐに貴方を解放し、麿たちは何もせず帰りましょう」
「こと、わる」
そう言った瞬間―晴明の体は宙に落とされる。
(!?)
咄嗟に式札を取り出す晴明に、飛縁魔は眉を下げ切なそうに言葉を紡ぐ。
「残念です。ここでお別れ、なんて」
「なっ」
啞然と彼女を見る晴明の耳に風を切る音がした。銀色に光るものが近づいてくる。
「おいたが過ぎるさ、陰陽師」
「かまいたち・・・・・・!」
鋭い刀が背中に向かい、振り下ろされる。
衣が破れ、鮮血が滲み出る。痛みで動きが止まった晴明に、敗北の壁が迫ったように見えた―しかし。
晴明の表情の変化に気づくことは、誰にもできなかった。
「急急如律令―青龍召喚」
◇
突如として夜空に踊る一匹の龍。神々しい光に飛縁魔は目を眇める。
(なにかしらあれは。新たな式神を召喚されたけれど、人型ではないのね)
月光に輝く緑の鱗に、金色の目。大きな口は底なし沼のようで、飲み込まれたらきっと出られることはないだろう。
がしゃどくろが手を伸ばし、捕まえようとするが簡単に回避されている。地上に降りることはなく、空中でただ飛翔しているだけだ。
(あの方の式神の中で龍は―)
「!!」
やがて答えに辿り着いたとき、すでに勝敗はついていた。
そう、青龍の出した茨に捕らえられていたのだ。宙に浮かされ体制を整えることもできない。
「全く晴明様に無礼を仕掛け、あまつさえ怪我まで負わせるとは」
龍から変異し、地に降り立つ人間と目が合う。一つに結った藍白の長髪をなびかせる彼は、鋭い双眸でこちらを射抜いた。
「これは万死に値する。観念しろ妖が」
「!!」
ぎゅっとつるに力がこもり、茨の棘が皮膚に突き刺さる。首にないのは情報を吐かせるためだろう。しかし、それでも突き刺す痛みはまるで拷問。動くたび血が滲み、飛縁魔は自分の血の香りに理性がかき乱されるのを感じた。
血の雨が降り注ぐというのに、青龍も晴明も動かない。
「いやああああああああああ」
「ふん、せいぜい己の血でも舐めるがよい。それすら出来ないかもしれないが」
「くっ、四神だからと自惚れ、痛みに悶える麿たちに講釈垂れるなんて、どちらが悪いのか分かりません。せいぜい崇められたその力によって破滅をもたらし、主のもとを去るがよいです。妖を仕留められない貴方は」
「なに?」
―そう、勝敗はついていた。青龍が顕現した時から。
「鎌鼬」
「おうよ!」
彼は自慢の刃で飛縁魔たちを取り巻くつるを微塵切りにする。がしゃどくろは自らつるを引きちぎった。
驚愕の表情を浮かべる青龍の前で、勝利という名の息を吹き返した飛縁魔は指に伝う血をぺろりと舐める。
血液の摂取からくる興奮で頬を紅潮させ、妖笑を浮かべる姿は人を誑かす妖そのものだった。
「刃を持つ鎌鼬につる攻撃何て、貴方はそれでも式神ですか?」
◇
「貴様っ、我になんと!」
「青龍、もういい」
ついに晴明は我慢できず、座り込んだ。式神を二体召喚したことによる霊力切れと、背中の傷でもう体力がない。道満も貧血状態で早く治療をしないと危険だ。
「そろそろ日の出だよ。人の目に触れながら妖と対峙するより逃がした方が得策だ」
「でも、それではっ」
「お灸をすえたから、自分から来ることはもうないよ。・・・・・・そもそも彼女は僕が目的で姫が目的じゃないから」
暗い影を落とす晴明の表情はきっと朝日で見えないはずだ。
これは独り言。だからその言葉の裏にある意味を理解する必要はない。
青龍は手を握りしめしばらく葛藤していたがやがて不承不承に頷いた。
「かしこまりました。・・・・・・もう二度と来るな」
「ふふふ、流石に棘で肌が傷だらけですもの。こんな醜い姿、愛しいお方に見せるわけにはいきません。それに、貴方の主には早急にお怪我を治していただきたいですし」
先ほどまで茨の中で傷だらけになっていたとは思えない笑顔で、軽々と塀に上る飛縁魔たち。
睨みつける青龍と疲労困憊の晴明をじっくりと見渡すと言った。
「それでは、またいつかお会いしましょう」
そうして彼女らは、後ろから倒れるように塀から姿を消した。
噎せ返るような邪気も過ぎ去り、晴明は脱力感に襲われる。
(少し力を使いすぎたなぁ)
石が取り付けられているように体が重く、じくじくと疼く背中の痛みが煩わしい。
あのかまいたちめ、浅い代わりに長く皮膚を斬ったようだ。
「晴明様、手当てを致します」
「ううん、自分でやるから大丈夫。青龍は道満を回収してくれるかな?僕は姫の安否確認と太陰の様子を見ないと」
「承りました」
おぼつかない足取りで青龍と共に、奏姫のいる部屋へと向かう。
そこには疲労の蓄積で焦点の合わない太陰と、恐る恐る御簾の奥から顔を出した奏がいた。
(よかった、けがはない)
安堵する晴明に対し、奏は顔を真っ青にして近づいてきた。その視線は血の付いた狩衣だ。
そして青龍の抱える道満に目線を映し、口元に手を当てた。
「せ、晴明様そのお怪我はどうされたのですか!?道満様も気を失っているようでっ」
「少し油断してしまい、妖に隙を取られてしまいました。このような格好で重ね重ね申し訳ございません。ご無事でよかったです」
「そ、そんな・・・・・・とにかく手当をしましょう」
奏が薬箱を取ろうと晴明に背を向けた瞬間、その動きが止まった。
疑問と動揺を浮かべた表情で廊下へ続く扉を凝視する。
その時―錯覚かもしれないが―晴明には、彼女の瞳が淡く発光しているように見えた。
「奏姫?」
「あ、すみません。その・・・・・・私の部屋に向かっている足音が聞こえて」
「それは僕たちがいると迷惑でしょうか?」
「いえ、今後の為も顔合わせをしたほうがよろしいかと思います。ただ式神の同席は控えていただけると」
「分かりました。二人とも戻っていいよ」
晴明が二人を式札に戻すと同時に、襖が空気を断ち切るように開く。
奏のとは違う、海のように穏やかで微かに既視感を覚える霊力。
入室した彼女は晴明たちに目を向けると、戸惑いを含んだ顔で奏を見た。
「奏?何かあったの?」
「いえ、こちらは私の護衛の陰陽師の方です」
「―乙姉さま」
忙しくて投稿がスローペースになります。気長にお待ちいただけると嬉しいです。
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