2.仲間
妖の気が漂い、邪気でむせる一人の女性。それぞれの陰陽師が倒しているが、女性が妖に襲われるのも時間の問題だろう。
―やはり、彼女の出番か。
一人の青年は人型の紙を宙に放つと、自身の霊力を込め顕現させる。霊力が吸い取られると共に五芒星が眩しく暗闇に輝いた。
『さあ、出番だよ―大陰』
◇
神祇伯が当主を務める名家・岩梨家。
その一家の娘の岩梨奏の傍にいる、陰陽師・安倍晴明は只今護衛任務中だった―。
(はずなんだけど)
「どうぞ、召し上がれ」
「唐菓子だ!うわ、|甘葛《あまずらもある。流石岩梨家だな、菓子が貴族だ」
「い、いえ、そんな。晴明様も良かったらどうぞ」
「ありがとう」
黄昏時の空を背景に、縁側で菓子を進める奏。
隣ではライバルであり陰陽師の蘆屋道満が、ため口で菓子を頬張っている。
晴明はため息をつくと、菓子を手に取り、夕日にかざした。
師匠の賀茂忠行から、護衛任務に遣わされてから一週間。ちまちまと沸く妖を祓う日々は、驚くほど平穏だった。むしろ家に結界を張れば防げるのでは?と考えてしまうほど。
(けど姫の霊力に対し、どうにも妖の動きが鈍すぎる)
姫は想像以上に膨大な霊力を所持しており、晴明が妖なら今すぐにでも手に入れたい含有量だ。
まだ妖たちには広まっていないのか。もしくは―
「力を持つ妖が、虎視眈々と狙う機会を待っている・・・・・・?」
「晴明様・・・・・・?」
不意に視界に飛び込んだのは、護衛対象こと岩梨奏の顔。
黒曜石のような澄んだ瞳に、神聖な気を纏う霊力。射干玉の黒髪は白い肌を縁取り、首を傾げる姿は非常に愛らしい。
(って僕は無礼にもほどがある)
「大丈夫ですか?顔色が優れないような」
「今朝奇怪な夢を見ただけで、何でもありません。それにしても綺麗な形の唐菓子ですね」
「ええ、そうでしょう。私のお気に入りです」
唐菓子、『からくだもの』とも言う。これは食べられないことはないが、あくまで庶民のおやつは水菓子や木の実。手間のかからず簡単に摂取できるもの。
(にしても甘葛を出すなんて、所詮護衛の陰陽師には些か分不相応すぎないかな)
甘葛とは植物の樹液を煮詰めた天然甘味料のこと。言わばシロップで、餅などにかけて食べる。庶民には手の届かない、貴族ならではの贅沢品だ。
早速唐菓子の一つ・団喜を口に入れると、あんこの甘さと餅の柔らかさ、そして甘葛がじんわりと体にしみこんでくる。大変美味だ。
しかし、庶民の出での陰陽師に易々と出すなんて、裏があるのでは。
(なんて考える僕はつくづくひねくれてるなぁ)
「おい、晴明!出された茶菓子そっちのけでなに考えてんだよ。礼儀わきまえろ」
「護衛対象で自分より格式高い奏姫に、ため口の道満に言われたくないけどね」
「わ、私は気にしておりませんよ」
そう必死に弁解する姫は、ずいぶん体調が良くなった。不安定な霊力も今は凪いだ海のように穏やかだ。より一層淑やかさが磨かれているのではないか。
「晴明様も、出来ればもう少し対応を柔らかくして頂きたいのですけれど・・・・・・」
「格式高い一族で護衛対象の奏姫に、本来は易々と話しかけられる立場ではありませんから」
晴明は完璧な笑みを浮かべ、返事を返す。
(父上がよく言っていたことだし)
【忠義を忘れず、自分の全てを捧げてでも仕えよ】
占術で数多の人柄を見てきた父からの教えだ。
全ての人に、とは言わないが信頼できる、自分を頼ってくれる人にはその心得を忘れるなと。
―つまり晴明は、暗に「全力で護衛します」と言ったのだが。
「そ、そう、ですか・・・・・・」
「悪い姫、こいつ他人の感情汲めないんだ。辛抱強く付き合えばいつか分かる」
「あの、どれくらいでしょうか?」
「んー、一か月くらい?俺の場合はあんまし好かれてなかったから一か月と二週間かかったけど」
「いっかげつ」
しょぼんと意気消沈の姫に、晴明は僅かに焦る。何か失礼なことを抜かしただろうか。
「え、えっとその」
「お前、関係ないふりするくせに奏姫には弱いよな」
「道満は口を慎んだらどうかな?」
奏がいよいよ仲裁に入ろうとした時―ふと空気が変わった。
禍々しい、背筋が寒くなるような奇妙な気配。晴明は目を細め、道満は縁側から庭へ飛び下りる。
「道満」
「分かってら。はぁ、逢魔が時とはよく言ったものだな」
奏姫は状況が飲み込めずおろおろとしていたが、不意に屋敷を囲む塀に視線を投げる。
そして、微かに悲鳴を上げた。
「あ、あれは妖、ですか」
「がしゃどくろだね。夜に活動する巨大な骸骨だ」
「鎌鼬に飛縁魔、魂みたいな青鷺火。他は雑魚ばっかだが、多すぎだろ!」
「姫は御簾の中に隠れていてください」
「はいぃ!」
完全に怖気づいた姫は、光の速さで隠れる。その間も道満は周囲を警戒していた。
(厄介だなぁ、前回より実力の高い妖が多い)
あたりは暮色蒼然で一層がしゃどくろが恐ろしく見える。手が刀の鎌鼬は今にも飛びかからん勢いだ。
―そして、美しい女性を模倣した人型の妖・飛縁魔。男性の生き血を吸う妖怪で、見る人振り返る美貌の持ち主だ。
彼女は晴明と視線が絡むと、艶やかな嬌笑を浮かべ恍惚とした声で語りかける。
「ああ、愛しいお方。また会えるなんて麿は有頂天外です」
「そう、僕は君の恋人になった覚えはないけどね」
冷ややかに返す晴明を、道満が憐憫を含んだ目で見てくる。若干引いているようだ。
「・・・・・・お前やべぇな。人たらしじゃなく妖たらしだったのか」
「誤解しないでくれないかな?昔、近所の男性の生き血を吸っていたところを祓おうとしたら、変に執着されただけ。彼女が生粋の被虐趣味者なだけであって、僕からしたら吐き気を催す存在だよ」
「・・・・・・まじか。あいつ、キモいな」
「あら、出会いの瞬間まで覚えていらしているなんて光栄ですわ♡」
頬を染める飛縁魔に仲間の鎌鼬は白眼視する。青鷺火は相当気持ち悪かったのか火が弱火だ。がしゃどくろに至っては、敵の晴明たちにすみませんと大きな頭蓋骨を下げる。
―が、次の瞬間疾風のごとく手を伸ばしてきた。
「!?」
「くそ、騙された!」
晴明は動揺を隠すように深呼吸をし、彼女を見る。ほくそ笑んでいるところ、狙ったようだ女狐め。
(見事に意表を突かれたな)
間髪入れず青鷺火が火をはくが、それは道満により、無効化された。
「―列 在 前!散れ、鳥!」
「キィィィィ!!」
格子状の陣が現れるとともに、青鷺火が悶え、瞬く間に塵となった。道満お得意の九字切りだ。
―と、同時にばちりとはぜる音がする。どうやら咄嗟に晴明が式神で守ってくれたようだ。
「僕のがなかったら死んでたよ?」
「礼は言うが、死にはしねぇ!」
そんな軽口を叩きつつ、晴明は焦っていた。
(困ったな、このままじゃ姫まで守れない)
現在はかろうじて紙の式神が役割を担っているが、もうボロボロだ。辺りには妖特有の邪気が立ち込み、姫のむせる声が聞こえる。
(やるしかないか)
晴明は胸元から式札を取り出し、呪文を唱えた。
「さあ、出番だよ。 急急如律令―」
「大陰召喚」
五芒星が眩しく地面に輝くと共に、一人の少女が現れる。
下げみずらに叶結びの髪飾りの紐を靡かせ、月を背中に佇む姿はまさに”神”。
彼女は視線を上げ晴明を見ると、ふんわりと花開くような笑みを浮かべた。
「お呼びでしょうか、晴明様」
事情により早めの投稿。面白かったらリアクション・コメよろしくお願いします。




