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美人な師匠の愛が重い  作者: 乙黒


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第四十六話 挑戦

「兄さん、お帰りなさい!」


 その日の夜、自宅へ帰ると僕はランファに出迎えられた。


「うん! ただいま!」


 玄関まで来たランファのエプロンは、赤や青、緑などの絵の具がべったりとついている。どうやら今日も絵を描くのを頑張っていたようだ。


「兄さん、晩御飯は出来ていますよ。今日はよく実家で食べていた魚のシチューです! 兄さんが朝に持って帰ってくれた魚を使ったのです!」


 えっへん、とランファは胸を張った。

 僕が行っている漁船の荷卸しのバイトでは、給料とは別に余った魚をくれる。今日はたまたまそれが大きな白身魚だった。

 僕たちの実家は小さな島で、漁業が盛んだったので魚を食べる機会が多かった。もちろん僕もランファも料理を手伝っていたので、魚料理は得意だ。その中でもランファの方が実家の味によく似ている。


 僕はランファに促されるがまま、食卓につくと目の前に鍋から木の器に入れたばかりの魚のシチューに大きなパンだ。どうやらパンはランファの師匠に貰ったようである。


「はい、兄さんの分ですよ」


「ありがとう」


 僕は受け取ったシチューをスプーンですくって食べる。

 美味しかった。海水だろうか。塩がしっかりとほんのりと効いており、懐かしい味付けなので故郷を思い出す。とても食欲が進む味だ。


「兄さん、嬉しそうですけど何かあったのですか?」


 どうやら僕は浮足立っていたらしい。

 ランファとは生まれた時から一緒だからすぐに気づかれるのだ。だから僕は素直に言った。


「僕のパーティーでね、新しい事に挑戦することになったんだ! フォーゴ・ラガルトだよ!」


「フォーゴ・ラガルトですか! どんなモンスターなのですか?」


「トカゲみたいなモンスターだよ。火を吹くみたい」


「トカゲとは可愛らしいですね! 私は好きですよ! でも火を吐くのは恐ろしいですね! そんなモンスターは島にはいなかったので是非見てみたいです! 私が冒険者だったら迷宮に入ると、モンスターを倒すのではなくじろじろと見てしまいます!」


「ランファは動物が好きだもんね」


 僕は島にいた頃を思い出す。

 ランファは日が落ちてから島を時たま歩くのだが、その時にはいつもの家の中だと会えない動物を追いかけていた。例えば島に住んでいる野良猫やそのあたりにいるカタツムリや羽虫でさえも。

 とても楽しそうだった記憶がある。


「可愛いものは女性なら皆好きですよ!」


「羽虫は可愛いとは思えないけどね」


 僕は呆れたように言う。島にいたもう一人の女の子はそんな虫が苦手だったからだ。


「そうですか? 私には可愛いんですけどね。他の人は変わっているのかも知れませんね!」


「そういうことにしておくよ」


 僕はあははと笑った


「ところでさ、。ランファの絵はどうなの?」


「私はですね。最近は絵の題材に困っています。ルイザさんから、次のコンクールに絵を出せ、と言われているのです! でもこれまでは模写や静物画ばかりで何を描いたらいいか――」


 ランファは小動物のように可愛く唸った。


「いつも書いているリンゴやお花じゃダメなの?」


「それが静物画ですね。ルイザさんからもそれを勧められているのですけど、どうにもしっくり来なくて。静物画って、他の人も沢山描くんですよ」


「それの何が問題なの?」


「だって、コンクールから落ちたくないですから。他の人と同じ題材で競うと負けてしまいますので、それなら捻った題材を使いたいのですがどうもうまく行かなくて」


 ランファは困ったように言った。


「……失敗は怖いよね」


 その気持ちは僕も凄くよく分かる。


「そうなんですよ! 今度のコンクールは沢山の人が出すみたいなんです!それこそ何度もコンクールに受かっている人も出します! ルイザさんも久しぶりに出すと言っていました! だから私の絵が受からないのはほぼ決まっているのですけど、それでも自分の絵が評価されない事は寂しいのです!」


「それはそうだね――」


「でも、出さないと私は誰にも評価されず、一生このままです。それはそれで嫌なのですが……」


「どう転がってもコンクールに出て、戦うしかない、ということだね」


「そうなのです! 最初だからどうしてもいい作品書きたいのですが、その自信が無くて……」


「それは大変だ」


「兄さん、どうすれば自信って出ますか? 兄さんって冒険者ですよね? 冒険者は私がコンクールに絵を出すよりももっと難しい事をしています! だって命がかかっているんですから、失敗すれば死んでしまいます!」


「一つの失敗で、引退することもあるみたいだからなあ」


 引退と言っても様々なパターンがあると言う。

 例えば怪我だ。大抵の怪我は冒険者お控えの診療所で治る。それこそ大金を積めば、四肢の欠損でさえも治ると言う。とはいえ、そんなお金を払える者も少なければ治ったとしても心にトラウマが残り冒険者を諦める人もいると聞く。


「やっぱり冒険者は危険な職業なんですねー」


「そうだよ。僕だって死にかけたことあるし。もう二度とあんな目はごめんだよ」


 僕はそう言いながら、嫌な記憶を思い出した。

 それは初めて潜った迷宮でオーガに殺されかけたのは、今でも夢に見るほどの嫌な思い出だ。迷宮に潜る時に今でも足がすくむことがあるのは、きっと気のせいではなくオーガのせいだ。

 それでも何とか踏ん張って冒険を続けているのである。同じような目にあって冒険者を引退するのは、そう恥ずかしい事じゃないと個人的には思うのだ。


「え、兄さん! 死にかけた事があるのですか? そんなことは初耳ですよ!」


 ランファは椅子に座って大人しくシチューを食べていたのに、いきなり勢いよく机を叩きながら立ち上がった。その際に机の上に置いていた木のお皿や木のグラスがぐらぐらと揺れた。とても驚いているようだった。それと共に頬をぷくーっと膨らまして、怒っているようでもあった。


「昔にちょっとね。突発的に強いモンスターと出会ってしまってね。でも、大丈夫。僕よりも強い冒険者に助けてくれたから」


「そうなのですか? 無事ならよかったですけど」


 落ち着いたようにランファは席についた。


「うん! 大丈夫だよ! プリムラさんが助けてくれたから!」


 僕はとても尊敬しているプリムラさんの名前を出した。

 そう言えば、ランファにはプリムラさんの事は言っていなかったような気がする。


「――プリムラさん? 誰ですか、その人は?」


 何故だか急にランファの声が冷たくなったのは僕の気のせいだろうか。気のせいだと思っている。

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