第四十五話 挑戦
「勿論です!」
僕は真っ先に答えた。
僕は、冒険者だ。それもただ日銭を稼ぐわけではなく、数々の本になっているような英雄を目指している。英雄になろうと思えば、浅層で立ち止まっているわけにはいかない。いつかは中層を突破し、深層に辿り着かなければならない。その為には凶悪なモンスターを倒すことも大切だろう。
「勿論だ」
「そうだよね~!」
「オレハ賛成ダ」
「私も頑張ります!」
他の仲間達も僕に続くように答えた。
やっぱり、『ブロート』はいい冒険者が集まっていると僕は思うのだ。確かに、一人で中層のモンスターに、例えばオーガに通じるアビリティやギフトを持っている物は一人としていない。僕が言うのも失礼かもしれないけど、一人としてアビリティは並みかそれ以下である。
でも、こうやってずっと上を愚直に目指し続けるのは、僕たちのいい所だと思うのだ。
例え、力が心に見合っていないとしても。
「なら、私たちは次を目指そう。『フォーゴ・ラガルト』なんてどうだい? 準備を整えて、全員が戦えるレベルまで達したら、初心者を脱するために新たなる挑戦をしよう!」
「はいっ! 頑張りましょう!」
僕達は全員で思いを確かめ合った。
『フォーゴ・ラガルト』という名前を僕たちはもちろん知っている。以前にエンリケさん達の同期の冒険者が、挑戦して倒すのが無理だった、というモンスターだ。
だけど、『フォーゴ・ラガルト』は聞く話では、それほど強いモンスターではないという。小さき龍と呼ばれていても、龍と比べると圧倒的に弱いモンスターだ。もちろんオーガはフォーゴ・ラガルトを簡単に踏み潰せるほどの強さを持っている。
フォーゴ・ラガルトの体長はロシャ・フォルミガやハト・デンテよりも少し小さく、最も大きな特徴は“火を吐く”ことである。
そう。火を吐くのだ。
突進や、噛みつき、ひっかきなどではなく、当たるだけで人体に重大な損傷を与える“火”である。
「火に、勇気を持って立ち向かわなければいけない――」
僕は心に強く決めた。
フォーゴ・ラガルトは、ロシャ・フォルミガたちとそう強さ自体は変わらないと、多くの冒険者は語る。だが、恐ろしいモンスターに立ち向かう事が、最も重要だと言うのだ。
それを乗り越えれば、駆け出しの冒険者として一人前と評価する冒険者も多いようだ。
「頑張らないとですね!」
隣にいたリーリオさんが僕を元気づけるように言った。
僕は思わず聞いてみた。
「リーリオさんは、怖くないの? だって、『フォーゴ・ラガルト』は火を吐くんだよ?」
怖くない、と言えば嘘だ。
僕は怖い、と思っている。それでも立ち向かうのが冒険者だから、今は楽しみの方が勝っているけど、実際の戦いになったら体がちゃんと動くかどうかは分からない。
「怖いですよ」
「一緒だね」
「そうですね! でも、私はもっと怖い経験をしたことがありますから大丈夫だと思うのです!」
「怖い経験?」
そんな話をリーリオさんの口から聞くのは僕も初めてだった。
「そうですよ! 実はですね、私も正式に冒険者になったのは、もう一年以上の前の話なんです! そこはティエ君と一緒ですね!」
「そうなんだ……」
僕は冒険者としては、非常に遅咲きの部類だ。同期の冒険者が今ではどんな活躍をしているのか詳しくは知らないけど、才能のある冒険者ならもう中層、あるいは深層に挑戦している冒険者はいると思う。
まさかリーリオさんもそんな僕と同じだとは思わなかった。確かに同い年だけど、見た目だけだともっと幼く見えるからなー。
「私はですね。冒険者になってから暫くは今と同じように冒険していたんですけど、途中で“はぐれ”と出会ってしまって。それも凄く強いはぐれです! 中層のモンスターだったのですから!」
「それは怖いね。中層のモンスターなんて、今の僕たちが全員で死ぬ気で戦っても、全く勝てる気がしないよ」
僕にとって中層のモンスターとは、以前に襲われたオーガの事だ。あれには勝てる気が全くしないのである。
「でも、勇気ある冒険者の先輩が私の事を救ってくれたのです! きっと一人で挑んだのですから、有名な方だと思っています! でも、私はあまり顔を見ていなくて、よくは覚えていないのですよ!」
「僕も救ってもらった経験があるから分かるけど、本当に上の人って凄いよね。僕たちが逆立ちしても勝てないような人がゴロゴロいる」
僕が思い浮かぶ“上の人”とは、もちろん師匠であるプリムラさんの事だ。
プリムラさんは、強い。現在のミラにおいて、トップクラスの冒険者の一人だ。それでもまだ上には上がいるし、プリムラさんはどうやら“英雄”ではないと言う。
「――英雄はね、強さの次元が違うよ。私が名乗るなんておこがましいぐらいだ。ティエ君、もしも君がいつか英雄を目指すなら、覚悟した方がいい。彼らはね、一人でも悠々と深層を突破し、迷宮の果てにまで到着するような人なんだよ」
との言葉を僕は思い出していた。
どうやら僕の目指す英雄は、ぼくが死にかけた中層のモンスターを一人で倒すどころか、もっと奥へ一人で行き、ましてや迷宮を攻略するような存在らしい。彼らがどんな化け物か、僕には全く想像がつかなかった。
いずれ僕は底まで行くことが出来るんだろうか、未だにプリムラさんも届いていない領域に辿り着くことが。
「でも、目指さないと辿り着きません!」
リーリオさんは胸の前に両手を握って、強く言った。
「その通りだよね! 頑張らないと!」
「そうですよ! 私も憧れの人に追いついて、再会したいのです! その為に私は頑張っていると言ってもいいです!」
リーリオさんの目は輝いていた。
「一緒だね。僕も憧れの人がいるよ!」
「それは誰なのですか?」
「僕はね、“英雄”に憧れているんだ――」
僕を救ってくれたプリムラさんには申し訳ないけど、僕の憧れはプリムラさんじゃない。
「どの英雄ですか?」
この世界にそう英雄は多くないけど、過去には数多くいる。
アルタイル様やレグルス様はもちろんのこと、現代だとマナ様、もっと大昔には大英雄と言われるアダマス様と呼ばれるような英雄もいるのだ。そんな数多くの英雄の中で、僕が子どもの時に呼んだ絵本の主人公は――
「――僕は憧れているのは、もちろんアルタイル様だよ。アルタイル様の本が家にあったからね」
家にあった英雄の本は、アルタイル様だけだった。それは数ある英雄の中で様々な伝承が数多く残っているのがアルタイル様で、ここミラでも長期間活動していただけあって、アルタイル様の爪跡が多い。特に老舗の定食屋には、アルタイル様御用達、と宣伝された料理まであるほどだ。
「アルタイル様! 素敵な英雄様です! このミラでは特に憧れている人が多いですね! 身近ですから!」
「そうだよね! 他の町でも活躍したみたいだけど、終生をここで追えたという話だから、アルタイル様のファンは、多いみたいだしね!」
冒険者じゃなくても、英雄マニアは多い、と聞く。英雄たちの話は様々なお話となって人の間に出回り、多くの人の憧れとなっているからだ。そんな中でもアルタイル様のマニアは、ここ港町セウが聖地とされている。数々の伝説をここの迷宮『ミラ』で残し、未だにアルタイル様が作ったと言われるパーティーも残っているからだ。
「でも、アルタイル様なんですね! 私はアダマス様かと思いました! 多くの冒険者が憧れているのは、やはりアダマス様ですから!」
「……そうだね。アダマス様は特に偉大だからね」
大英雄アダマス。その名前は、冒険者の中では伝説の中の伝説である。
活躍は太古であり、現代では既に亡くなっている。その伝説も尾ひれがついており、どこまでの話が本当かは学者が真偽を研究しているほどだが、彼の逸話の一つに“全ての迷宮を踏破した”というのがある。
迷宮を一つでも踏破するのが冒険者の大きな目標であるのに、アダマス様は一代で全てを攻略したのだ。だから大なり小なりアダマス様に全ての冒険者は憧れるのである。
「彼らみたいになれるように私達も頑張りましょうね!」
「もちろんだよ!」
僕はリーリオさんと一緒に片手を天井へと着きあげて、お互いに次の冒険へ向けて意識を高めた。
ふと振り返ってみると、そんな僕を温かいまなざしで見守っているエンリケさん達がいた。




