第四十七話 絵
「え、この町でも有名な冒険者だけど」
「違います。そういう意味じゃありません。その人は女性ですよね? 間違っていますか?」
「間違ってないけど……」
責められているような気がして、何故だか急に僕の口から言葉が出ずらくなった。
「その方は美人でしたか? いえ、きっと美人なんでしょうね。プリムラさんの噂は一般人の私も聞いた事がありますから。その方に“たまたま”助けられただけですよね? その後は何もないですよね? 大丈夫ですよね?」
「う、うん。そうだよ。何もないよ」
僕は何故だかランファが急に怖くなって、本当の事が言えなかった。まさかそのプリムラさんが師匠になって、親しい関係になっているって言ったらなんだか恐ろしい事が起きそうな気がしたのだ。
何故だかは本当に分からないけど。
こんなランファを見るのは初めてだった。町に来たことでランファにも何か変化があったのかもしれない。いい事だと思おう。
「ならよかったです!」
いつもの優しいランファに戻ったようだ。
よかったよかった。どうやら僕の言葉のチョイスは間違っていなかったらしい。
「ところで、話を戻すけど、ランファは自信が欲しいんだよね?」
「そうなのです! だから題材を探して、という名目で逃げているのと一緒なのです。でも、本当は自信をもって、新しい絵を描きたいのです! どうすればいいですかね?」
僕はそんなランファの話を聞いて、徒弟制度に入る時を思い出した。
思えば、あの時も一歩踏み出すのが怖かったと思っている。
冒険者になる為に僕はこの町に訪れた。それから冒険者組合に行き、徒弟制度を利用するための手続きを受けた。その際にこの町での冒険者養成施設は徒弟制度であるが、その制度は二つある。
一つが誰か特定の冒険者を師匠として免許皆伝を貰う事で冒険者として認められるだ。だが、この制度を利用する者は少ない。師匠となる冒険者には幾つもの条件が必要で満たしている者はミラでも少なく、冒険者と縁故がある者は少ない体。もちろん、僕もない。
だからもう一つの、組合側が指定した教官に訓練を一定期間付けて貰い、迷宮の中で暫く生活し、冒険者の基礎技能とアビリティやギフトなどの力を得る事で認められる制度の方を僕は利用した。
その訓練を受ける時は、やっぱり僕の足は震えていたと思う。大きな緊張とちょっぴりの期待で。
今のランファと同じかもしれない。
その時に僕がしたことは一つだけだ。
「一歩踏み出すのに必要なのは自信なんかじゃないさ。僕だって自身はなかったからね。自信はね、やり遂げた後でつくものだと思っている。僕は未だって自信がないから」
「じゃあ兄さんはどうやって一歩踏み出したのですか? 不安で不安で仕方がない道を」
「――ちょびっとの勇気で最初の一歩を頑張れば、二歩目は自然と出るよ。その一歩が大変なんだけどね」
僕は苦笑いしながら言った。
最初の一歩を踏み出す時にいつも心がけているのは、少しの勇気を持つことだけ。それしか僕にはないかもしれない。
でも、そのなけなしの勇気が冒険者には必要だとプリムラさんが言ってくれたから、僕は今でも勇気を持って冒険者を続ける事が出来ている。
「最初の一歩、ですか。その勇気が。私、頑張ります!」
「うん。頑張って!」
「兄さん、その為に兄さんの手助けがあれば、私はもっと頑張れそうな気がするのです」
「いいよ。何をすればいいの?」
「手を握ってほしいのです。そして頑張れ、って言ってください!」
僕はそう言われるとすぐにランファの手を握った。両手で優しく机の上で。
「頑張って! 絵の題材を見つけるのも、その絵を描くのも、コンクールに出すのも、ランファだったら絶対に大丈夫! 保証する!!」
僕はランファを激励するために、心の底から思っていることをランファの目を見つめながら素直に告げた。
ランファは僕の目をずっと見つめて、少し経って暑くなったのか頬がほんのりと赤くなると慌てたように手を離した。
「兄さん、ありがとうございます!」
ランファは僕から視線を外しながら言った。
「ランファの為になったのなら何よりだよ!」
それから暫くランファは考え込むように唸っていた。それから思考を纏まったのか、ぴーんと閃いたように目が輝き始めた。
「そう言えば兄さん! さっき、トカゲのようなモンスターと戦う、って言っていましたか?」
「うん、今度の獲物だね! 狩れるかどうか分からないけど」
「兄さん、迷宮って、色々なモンスターがいるんですよね? それこそ地上にいないようなモンスターでさえも」
「うん、そうだよ」
どうやら僕の話を聞いて急にランファは迷宮に興味を持ったようだ。
「例えばどんなモンスターがいるのですか?」
ランファは何かを思いついたようだったが、僕にはまだ想像が出来ていない。
「僕がよく狩っているのは大きな蟻だね! 初心者御用達のモンスターなんだけど、こんなにも大きいんだ!」
僕は手を大きく広げながら言った。誇張かも知れないけど、迷宮内にいるモンスターはどれもこれも大きい。まだ僕は地上の動物が大きくなったようなモンスターしかこれまでに出会ったことがない。
だが、迷宮にはもっと多くのモンスターが存在する。それこそ地上には存在しないオーガのような人の形をした人よりも大きな生物さえ存在するのだ。
そして、迷宮で一般的に最も強いとされているのが“龍種”である。
冒険者にとっては憧れのモンスターであり、狩ることが出来れば冒険者の誉れであるとされる。
もちろん僕が普段潜っているミラにも龍種は存在するが、奥地でのみ発見されており、トップパーティーしか狩ったことがないとされている。
僕はそんなモンスター達をたっぷりとランファに語った。
どれも僕が倒してみたいモンスター達だ。
「そんな様々なモンスターがいるのですね……」
ランファは顎に手をやって思案中だった。
「どうしたの?」
「いえ、画家には様々な題材を描く人がいます!」
「うん、知っているよ。風景画だったり、静物画、肖像画、人物画、人によって得意なものは違うよね! ルイザさんは風景画だったよね?」
「そうですよ! セウは大きな港町で、船や港が沢山あります! 表情は季節によって変わるので、それらを数多く描いています!」
「え、でも、他の絵もあったよね?」
僕は過去に見たルイザさんの絵を思い出す。近々個展を開くらしいルイザさんの絵には、船や港以外のモチーフが沢山あった。例えば断崖絶壁の森の中だ。セウという都市の中に森はないので、どう考えてもセウ以外の場所だった。
「どうやらルイザさんは津々浦々国内を回っていたようなのです。絵についての武者修行ですね! 羨ましい限りです!」
殆どの画家が男の世界で、女だてらに画家になろうと思ったルイザさんであるが、どうやらその裏には実家による太いパイプがあったようだ。絵が売れたのも、実家の当主が重宝してくれたのが最初の切っ掛けだったようだ。
「なるほどー」
「そこでです! 私は外にはあまり行けないので、ルイザさんと同じことはできません! つまり、風景画はやっぱり経験で劣りますし、そこで勝負しても私は全く歯が立ちません!」
「そうだね――」
確かにランファが出すコンクールには、ルイザさんも一緒に出すと言う。師匠であるルイザさんの絵はよく知っている。僕も何度も見た。とても上手い絵なので、まだまだ幼いランファの絵では、同じ題材だと話にならないかもしれない、というのがランファの意見だった。
「だから私は題材を全く違うものにしなければいけません! それこそ、誰も描いた事がないのに、誰もが興味を惹くものがいいと思ってしまったのです!」
「それは、そうだね――」
もしもそんな題材があれば、夢のような話である。
だけど、ランファの様子を見るに、そんな夢のような話の題材を見つけたようだ。それも悩んでから、僕と話していた間に。
「それが――迷宮画です! 今まで迷宮が題材の絵はあまり描く人がいなかったのです!」
「どうしていなかったの?」
僕には不思議だった。
どんな者でも一攫千金が狙える冒険者は僕のような市井の人にとっては憧れの職業であると共に、迷宮内は夢の世界だ。地上では考えられぬような景色があって、想像を絶するようなモンスターがいて、まさしく地上とは別世界である。ある意味、地上に生きる人たちにとっては実際に存在する“幻想”だ。
夢のような世界を絵にする画家がいてもおかしくはないと思うのだ。それこそ売れそうでもあった。
「さあ? どうしてでしょうか? もしかしたら流行ではないのかも知れません。今の流行は写実主義ですから。ありのままの現実の絵画を描くのが流行っているのです!」
「なるほどね――」
「だから兄さん! 私は絵画の新しい風となります! 私は――モンスターを描いて一世を風靡します!」
ランファは天井に小さな右手を突き上げた。確かに彼女の目には強い意思が宿っていた。
「それは頑張って、応援しているよ!」
「そこでですね! 兄さんには一つお願いがありまして……」
普段ではあまりしない上目遣いをするランファに、僕は嫌な予感が過りながら聞いた。
「いいよ、なに?」




