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人類誕生時代に来たので、人類の支配者になる  作者: 浅霧 瀬智
第三章

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66.ドルト

―― 地上 本部教会 ――


~ ロフィ視点 ~


孤児院の中庭には、昼下がりの柔らかな陽光が降り注いでいた。洗い立てのシーツが風に揺れ、子どもたちの笑い声が石壁に反響する。俺は、その中で木箱を抱えながら、孤児たちに配る昼食用のパンを運んでいた。


「ロフィ、そっちはもう終わった?」


声をかけてきたのはリーネだ。肩までの淡い金髪を揺らしながら、彼女は小さな子どもに目線を合わせて靴紐を結んでやっている。俺と同じく、教会の仕事を手伝う友人だ。


「ああ。次は倉庫だな」


そう答えた瞬間だった。中庭の入口から、一人の男が歩いてくるのが見えた。黒と白を基調とした教会服。装飾は最小限だが、布地の質と仕立ての良さが一目でわかり、教会の上役の証がにある。年齢は三十代半ばほど。背筋は自然と伸び、視線には無駄がない。俺は、反射的に姿勢を正した。


「……あれ?」


男は俺たちに気づくと、わずかに目を見開いたあと、こちらへ歩み寄ってきた。


「君たちは、ここの手伝いか?」


低く落ち着いた声だった。威圧感はないが、場を支配する種類の静けさがある。


「はい、そうです」


俺は即座に一歩前に出て、頭を下げた。


「教会所属のロフィと申します。本日は孤児院の雑務をお手伝いしております」


敬語が少し硬くなるのを自覚しながらも、失礼のないよう言葉を選ぶ。


「同じくリーネです。よろしくお願いします」


リーネも丁寧に会釈した。男は短く頷く。


「私はドルト。大聖堂にて、天使様の補佐を務めている」


その一言で、背筋に冷たいものが走った。本部教会のトップ、その直下にいる人物だ。現場に来るような立場ではないはず。


「新人か?」

「はい。今年、教会に入ったばかりです」


そう答えた瞬間、ドルトの視線がわずかに鋭くなった……気がした。彼は何かを考えるように、ほんの一瞬だけ言葉を切る。


~ ドルト視点 ~


ロフィ。天使様が、何度か口にしていた名だ。だが、目の前にいるこの青年はどう見ても新人。所作は丁寧だが、まだ癖が抜けきっていない。それなのに、あの方が気にかける理由がある?


表には出ていないが、何か特別な何かがあるのだろうか?。



~ ロフィ視点 ~


ドルトは一人で納得したように頷いた。


「孤児院の仕事はどうだ?」

「はい。大変ですが……嫌いではありません」


正直な気持ちだった。神や天使の名の下で行われる大きな仕事よりも、こうして目の前で誰かの役に立つ感覚の方が、俺には性に合っている。


「そうか」


ドルトはわずかに口角を上げた。それは笑みというより、評価に近い表情だった。


「リーネ、だったな。君もだ」

「はい?」

「孤児たちの表情が明るい。よく世話をしている証拠だ」


リーネは少し驚いたように目を瞬かせ、それから照れたように微笑んだ。


「ありがとうございます」


そのやり取りを見ながら、俺は胸の奥がざわつくのを感じていた。天使の補佐であるドルトが俺の名前を知っている様子。


(……俺、何かやらかしたか?)


宝珠の件が、頭をよぎる。いや、あれはまだ表に出ていないはずだ。


孤児院での雑務が一段落した頃、ドルトは俺たちの横に座り、手に持った書類をちらりと眺めた後、静かに口を開いた。


「ロフィ、少し話をしないか?」


俺は警戒しつつも姿勢を正す。どうやらただの雑談ではなさそうだ。リーネは少し後ろに下がり、俺の隣に立っている。


「はい、承知しました」


挿絵(By みてみん)


丁寧に、そして明瞭に返答する。だが内心では、これが探りだということを瞬時に見抜いていた。ドルトの立場と、さっきの態度からして間違いない。


「教会という組織について、君はどう思っている?」


質問は単刀直入だ。教会の内部事情を探りたいのは明らかだが、その顔は穏やかで、笑みを含んでいる。威圧感はなく、むしろ友好的だ。


「教会組織についてですか……」


一呼吸置く。ここで妥協して嘘をつくつもりはない。論理と観察に基づいた意見を述べるだけだ。


「率直に申し上げますと、教会はあまりに巨大で、王権を上回る権力を有しているがゆえに、しばしば組織内の情報伝達が遅く、意思決定は形式化され、現場の柔軟性を著しく欠いております」


リーネが小さく「あの……」と声をかけるが、無視して続ける。


「例えば、各地方教会の判断が中央の意向に依存するため、迅速な対応が求められる局面で遅延が発生することが多く、結果として弱者や現場の声が軽視されやすい構造になっています。さらに、権力の集中が監督者の個人的判断や倫理に依存しやすく、これが不公平や理不尽を生む原因になっています」


「ロフィ……それ、ちょっと言いすぎじゃ……」

「言いすぎ……? 事実を述べているだけだ。」


リーネの声は徐々に震え始めた。普段は冷静で突っ込み役の彼女も、ここまで遠慮のない論理的批判を敬語で繰り出す俺に、完全に翻弄されている。


「続けてよろしいでしょうか?」


ドルトは軽く頷き、笑みを崩さない。むしろ興味深そうに見えている。


「教会は秩序を守るための存在であると教義で謳っていますが、現実には秩序の維持が目的化し、組織自体が自己保存を最優先する傾向があります。その結果、改革や新しい技術の導入が遅れ、社会全体の発展を阻害することさえあります。特に、王権とのバランスにおいて、権力の集中が過剰になる場合は、政策が公正ではなくなるリスクが高まります」


リーネの顔が次第に青ざめる。

「ロフィ、やめて……もう少し……」


声のトーンは冷静。敬語で丁寧だが、内容は全く遠慮がない。論理的に観察した通りの事実を、感情を挟まず述べるだけだ。ドルトは微笑んだまま、指先で書類を弄る。


「なるほど……君、面白いな」

「面白いとは?」

「これほど率直に、理論的に、組織の欠点を分析する新人は珍しい。しかも、敬語を使って完全に遠慮のない意見を述べる。ふふ、普通なら潰されて泣き出すところだ」


俺は目を細める。相手が笑うことで緊張を和らげるのか、それとも……。


「私は事実を述べているだけです」

「もちろん、それは理解している。だが、君の観察眼は優れている。普通の新人なら、敬語で誤魔化しながら自分の意見を抑える。君はそのまま表現している」


リーネは目を潤ませ、頭を抱えながら小さな声で親に謝罪をしている「あ、あの……お母さんごめんなさい、教会の破門は一族の恥なのに……」と声を絞り出す。


「はは、君、リーネちゃんの精神も試しているのか?」

「……!」

「いや、冗談だ。だが、君の分析力と正直さは、実に評価に値する。面白い」


俺は一瞬、思考を止める。面白い?


「君のような新人がいるとは……」

(天使様の口から何度も名前が出ていたが、まさかこの新人が……これほど観察力が鋭いとは。将来、何か面白いことになるかもしれんな……)


俺は表情を変えずに答える。


「ありがとうございます。俺は常に観察と分析を最優先に行動しております」

「ふふ、良い心構えだ。教会組織の欠点も正確に見抜けるとは、恐ろしい新人だな」


リーネは小さく呻きながらも、目を丸くしている。情緒が完全に崩れているな、と思いながらも、俺は冷静に状況を整理する。


「……君の分析には、改善点も多く含まれている。だが、君がそこまで正直に論理を突き通すとは予想外だった。面白い。気に入った」

「評価していただき、光栄です」


ドルトは微笑んだまま席を立ち、俺とリーネに一礼した。


「新人ながら、君のような観察眼を持つ者が増えれば、教会も少しは健全になるだろう。期待している」


俺は心の中で、冷静に状況を分析した。教会の欠点を正確に見抜き、なおかつ気に入られる。この男、ただの上司ではない。権力の内部を理解し、なおかつ自分の言葉で分析する者を楽しむ……知性を評価するタイプだ。


リーネはまだ頭を抱えているが、俺は視線を前に戻した。面白い男だ。この世界で、俺はまだ誰にも知られていないが、確実に駒ではなく、評価される存在として見られ始めている。


それを理解した瞬間、胸の奥で冷静な期待感が膨らんだ。

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