67.土下座
―― 地上 本部教会 ――
~ ロフィ視点 ~
数日が過ぎた。その「数日」は、俺にとって特別な意味を持つ時間だったわけではない。ただ、因果が熟成するのに必要な最低限の時間だっただけだ。
「ロフィ、リーナ。入れ」
重い扉の向こうで、ガルドの声がした。教会内部でも評判の悪い男。知能が低く、性格が陰険で、倫理性に乏しく、度量が皆無。つまり、典型的な“権力だけを持った無能”だ。
部屋に入ると、ガルドは机に肘をつき、俺を見下ろすように睨んでいた。リーナは俺の横で、明らかに嫌そうな顔をしている。
「まず言っておく。ロフィ、お前は確かに優秀だ。成績は常に上位。仕事も速く、量も正確性も申し分ない」
事実だからこそ、この後に続く言葉が何なのか、容易に予測できた。
「だがな、態度が最悪だ。上司への敬意がない。言葉遣いは丁寧だが、中身がなっていない。反抗的で、生意気で、組織に対する忠誠が感じられん」
能力は認めるが、人格が気に入らない、というやつだ。
「申し訳ありません。具体的に、どの点が業務上問題でしたでしょうか」
ガルドの眉が跳ね上がった。
「その言い方だ!」
「どの言い方でしょうか」
「今だ! 今のそれだ!」
論点が曖昧だ。俺は内心でため息をつく。
「上司に対して、すべてを理屈で返すな。感情を考えろ。空気を読め」
「業務の最適化に感情は不要かと存じます」
「口答えするな!」
「私は口答えではなく、業務改善のための確認を」
「黙れ!」
机が叩かれた。リーナがびくりと跳ねる。
「ちょ、ちょっと待ってください! ロフィは……ロフィは確かに変ですけど!」
「どこが変なんだ!?」
「いや変だからね!? 自覚しようね!?」
リーナは僕の方を見て、大げさに身振り手振りを加える。
「でも仕事はちゃんとしてますし! ちゃんとしすぎて怖いくらいで!」
「怖いとは何だ」
「誉め言葉だから!」
ガルドは額に青筋を浮かべ、こちらを睨みつける。
「ロフィ、お前は自分が優秀だと勘違いしている」
「事実として、成果は出しています」
「だからそれだ!。能力があれば何を言ってもいいと思うな! 教会は組織だ! 上司に逆らう者は不要だ!」
つまり、無能でも上にいれば正しい、という思想だ。
「確認させてください。ガルド様は、成果よりも感情的服従を重視されている、という理解でよろしいでしょうか」
「……貴様ぁぁぁ!!」
完全に火に油だったようだ。ガルドは立ち上がり、机を蹴った。
「リーナ! 見たか! これがこいつの本性だ! 礼儀も忠誠もない!」
「え、えっと……その……ロフィ! 今のはさすがにアウト! 完全にアウトだから! 私でも分かるアウト!」
リーナが大げさに頭を抱える。だが、ガルドはもう止まらない。彼は椅子から立ち上がり、指を突きつけてくる。
「いいだろう!。評価を下げてやる! 最低評価だ! お前はこの教会で一生、底辺の仕事だけをやらせてやる! 奴隷のようにな!」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが静かに確定した。この男は、教会の癌だ。怒りはない。恐怖もない。あるのは、完全な理解だけだ。
「承知いたしました」
「ロフィ!? ちょ、ちょっと!? そこで納得しないでよ!?」
ガルドは満足そうに鼻を鳴らした。
「分かればいい。出ていけ」
俺はそう言われたが、懐から小さな宝珠を取り出した。市場で手に入れた、あの宝珠だ。
「何をしている、さっさと出ていけ」
ガルドの言葉を遮るように、宝珠が淡く光る。マナを流し、起動して記録魔術を再生する。空間に、映像が投影された。
最初に映ったのは、薄暗い部屋である孤児院の一室だった。そこには、泣き叫ぶ子供と、それを殴りつけるガルドの姿。
「言うことを聞け。神のためだ」
次の映像には信仰を理由に金を巻き上げる場面。怯える信者、帳簿に消えるはずの金。さらに、画面が切り替わる。身分の低い女性信者を脅し、拒否を許さない場面。詳細は不要だったが、そこに映る恐怖と絶望が、全てを物語っていた。
「……っ」
ガルドの顔から、血の気が引く。リーナは両手で口を覆い、言葉を失っていた。
「こ、これは……!」
「すべて、日時・場所・対象を記録しています。改竄は不可能です。教会の宝珠と同一原理ですから」
ガルドは後ずさり、椅子にぶつかって崩れ落ちた。
「ち、違う……これは……!……や、やめろ……!」
ガルドの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
「それを……それを消せ……!」
俺は宝珠を止めない。
「教会の教義、第七条、教会の財は神と世界のためにのみ使われ、私利私欲に供することを禁ず”」
映像の中で、金貨に口づけをしてガルドは笑っていた。
「第十二条。聖職者は弱者に対し、常に慈悲と保護を示すべし”」
孤児の前で怒鳴り、殴る映像が流れる。
「……や、やめてくれ……!」
ガルドは椅子から転げ落ち、そのまま床に這いつくばった。
「頼む……! 許してくれ……! 何でもする……!」
額を床に擦りつけ、涙と鼻水を垂れ流しながら土下座をして、必死に命乞いをする姿。その様子を見て、俺の心は一切動かなかった。哀れでも、滑稽でもない。ただの結果だ。
「質問します。あなたは、自分が裁かれるべき存在だと理解していますか」
「し、しています! していますとも!」
「ではなぜ、これまで悔い改めなかったのですか」
「それは……その……」
「答えは明白です。罰せられないと思っていたからです」
ガルドは言葉を失い、嗚咽を漏らす。
「ロフィ……頼む……! 評価だ……! お前の評価を、最高にする! それでいいだろう!?」
必死の提案。だが、俺は首を横に振った。
「評価は、あなたの権限の範囲です。価値がありません」
「な……!?」
「金銭も同様です」
ガルドは慌てて自分の机から袋を取り出した。金貨の音が床に響く。
「これもやる! もっとだ! いくらでも――」
「不要です」
「私の要求は一つだけです」
「……な、何だ……?」
「私を、下級聖職者から中級聖職者へ昇格させてください」
ガルドの顔が、完全に凍りついた。
「む、無理だ……!中級への昇格は…どれだけの承認がいると思っている!? 根回し! 書類! 金……! 莫大な金が必要なんだ……!」
「出来ない理由の列挙は不要です。あなたの総資産の九十八%を使えば、可能です」
「な……なぜ……なぜそれを……!?」
ガルドの声が震える。
「二百三十七万金貨相当。隠し口座三つ。土地二つ。宝石類――」
「やめろおおおお!!」
ガルドは泣き叫んだ。
「それを使えば、昇格工作は可能です」
「……だが……だが……!」
俺は宝珠を軽く持ち上げた。
「いやなら、この映像を、ドルト様に提出します。……そうすれば、あなたとあなたの家族は、確実に処刑されます」
次の瞬間、ガルドは完全に崩れ落ちた。床に額を叩きつけながら、泣きながら叫ぶ
「やる……! やります……!だから……家族だけは……!」
「契約成立です。契約を遂行してもらうために契約魔術をします。」
リーナは、数秒俺を見つめ
「……ロフィ」
「なんだ?」
「今の笑顔、完全に悪役だからね!?」
「そうか?」
「そうです!! 自覚して!!」
彼女が頭を抱えるのを見ながら、俺は思った。教会は巨大だが、構造は単純だ。腐った部分から、切り落とせばよい。




